宙(そら)に散る。

星野そら

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4 まさかの遭遇

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 リュウは艦橋に戦闘員たちを残して、一人で下の層に降りていった。船長室はすぐにわかった。ノックをして、鍵のかかっていないドアを開ける。
 部屋に足を踏み入れると、ドアの陰に立っていた男がスッと銃を構えて、リュウの身体に押しつけた。

「話し合いじゃなかったのか?」

 突きつけられた銃を気にもせず、リュウは剛胆に言い放った。その声に、部屋の奥の机でパソコンに向かっていた男がくるりと振り向く。
 そして、身振りで男に銃を下ろせと命じた。

「マリオン、心配ない。リュウだよ、話しただろ。ほらっ、俺の弟の。リュウ、久しぶりだね」
「……エッ!」

 暗がりから聞こえたのは、夢に見た人の穏やかな声だった。
 見慣れないジャンプスーツ。顔を縁取るはずの蜂蜜色の髪はビシッと固められているが、吸い込まれそうなエメラルド・グリーンの瞳にはやさしい光が宿っている。忘れようにも忘られなかったきれいな笑顔。

「まさか……」
「リュウ、ほんとうに久しぶりだね。おまえが戦闘員を率いて船に入ってきたときはびっくりしたよ。モニターを見てたんだけど、あんまり堂々としてるんで、見違えちゃった。……ん、固まって、どうしたの?」
「レイ? レイなのか? 夢じゃなくて…」
「うん。そうだよ」
「死んだはず、じゃあ…」
「ん~。120%、死ぬはずだったんだけどね。なんの因果か生きている」

 レイモンドがニコリと微笑む。

「…ッ! レイ!」

 リュウはしゃにむにレイに駆け寄った。
 マリオンが遮ろうとするのを手で制して、レイモンドは飛びつくリュウを受け止めた。そして、リュウのたくましい身体をぐっと抱きしめた。
 レイの身体にまわしたリュウの手は空をつかんだりはしなかった。確かに、そこに死んだはずの男が存在していた。

「……、あったかい…」

 そうつぶやくと、顔を見下ろす。レイの温もりを感じて、微笑みにくらくらして、リュウは泣きたくなった。
 いや、すでに涙が頬を伝っていた。
 もう一度、あと一度だけでいいから、レイの笑顔が見たいと何度、神に祈ったことか。夢でも、幽霊でもいい、レイに会いたいと。

「ほんとうにレイだ。生きて、たんだね! 死ぬわけがないと思ってた! 会いたかったよ、レイ。ものすごく、ものすごく会いたかった」

 リュウは、子どものようにレイモンドにすがりつき、会いたかったと繰り返していた。自分が宇宙軍極東地区の隊長であることなどすっかり忘れてしまっているようだった。

「うん、俺も。もう二度と会うことはないだろうって思っていた。おまえが宇宙軍で頑張ってることは知ってたよ。ずっと気にしてたんだ…」

 もう二度と会うことはないという言葉に、リュウがつと顔をあげる。

「どうして? 生きてるならいつだって会えるじゃないか。どうしてもう二度と会うことはないなんて言うんだよ。
 ベルンのうち、俺たちのうちはあのままだよ。レイの部屋だって、あの日、出て行ったままになってる。レイが帰ってきたら、みんな元通りになる…」
「……」
「レイ、一緒に帰ろう。うちに、帰ろう」

 レイモンドはチラリとマリオンを見た。マリオンは口許に苦笑を浮かべて、2人を見ていた。

「リュウ…、あのね。俺はもう、うちには戻れないんだ。阿刀野レイは死んだんだよ」
「どうしてだよ。レイはこうしてここに、生きてるじゃないか」
「ううん。俺はもう、阿刀野レイには戻れない。おまえの兄には戻れないんだ」
「どうしてだよ、レイ。レイはレイじゃないか。それとも、あんなに嫌がってた海賊に、コスモ・サンダーに戻るというのか」
「確かに俺は海賊を嫌ってた。コスモ・サンダーにはむりやり連れ戻されたんだ。だけどね…」
「それなら。レイがむりやり連れ戻されたなら、前みたいに逃げ出せばいい。レイが一人で逃げられないなら、今度は俺がレイを連れて逃げる。レイが俺を逃がしてくれたみたいに。……頼りにしてくれていい」

 リュウが拳に力をためる。

「リュウ…、思い出したの?」
「ああ、まだ思い出せないこともあるけど、レイのことは全部思い出した。レイがコスモ・サンダーにいたことも。海賊だったことも」
「そう。それでも俺を連れて逃げてくれるって?」
「当たり前じゃないか。俺には、レイ以上に大切なものはない。大好きだよ、レイ」

 リュウがきっぱりと言い切った。レイモンドは何とも言えない表情になった。こんなに慕ってくれる弟を切り捨てたことがつらかったのだ。

「レイには海賊なんて似合わない。誰かに命じられて意に添わないことをやるのはごめんだって、言ってたよな」

 確かにそう思っていた。リュウに話した言葉に嘘はない。
 しかし、状況は変わったのだ。レイモンドはマリオンを選んだのだから。

「ありがとう。リュウの気持ちはとってもうれしい。でもね、今、俺は自分の意志でここにいるんだ」
「どういう意味だよ。まさか、海賊に戻るのか! そんなこと俺がさせない。レイに海賊などさせるものか!
 宇宙軍に入って、海賊のむごさを知ったよ。罪もない船を襲って、乗組員を皆殺しにして…、ゲームでもしているように逃げ出した救命艇を撃ち落とす…。レイにはあんなこと、できないだろう?」

 レイモンドはゆるく首を振る。

「リュウ、思い出したのなら分かるだろう? 俺はどんなことだってやってきた。俺にはどんなことだってできる。そりゃあ、楽しんだりはしないよ。でも、大切なものを守るためだったら、大切なひとを守るためだったら、俺にはなんだってできる。どんなに冷酷なことでもね」

 冷たく言い放った言葉をリュウは即座に否定する。

「そんなこと、嘘だ。やさしくて、温かくて、自分のことより他人のことを先に考えるレイに、海賊なんかできるわけがない!」
「できるよ」

 レイモンドはじっとリュウを見つめた。リュウはレイと目を合わせようとしなかった。レイが言うなら必ずできるということを知っていたから。レイの目に宿る強い意志を認めたくはなかったから。

「わからない、わからない、わからないよっ! そんなこと、どうでもいいや。ねえ、とにかく一緒に帰ろう。うちでゆっくり話をしようよ。海賊になんかならなくても、レイにはできる仕事がいっぱいあるよ。クーリエに戻ってもいいし、やりたければ他の仕事だって!
 そうだ、俺と一緒に何かやろうよ。今なら、レイのお荷物にはならない自信がある」
「リュウ…、聞いてほしい。俺はもう帰れない。コスモ・サンダーに正体がばれてしまったんだ、阿刀野レイには戻れない。わかるだろう。
 それに、おまえだって、今は立派な宇宙軍士官なんだ。極東地区で勤務についているじゃない。隊長が部下を放り出すなんてできないよね…」
「できる! 俺だってレイのためだったら何だってできるよ。いいんだ。レイさえいれば、俺は他に何もいらない。レイは俺が守る。コスモ・サンダーが束になってかかってきても守りきってみせる。だから、なあ、帰ろう」

 レイモンドは寂しそうに微笑んだ。

「ねえ、リュウ。俺はリュウを、仕事を放り出したり、部下を見捨てたりするような男に育てた覚えはないよ。それに、俺は誰かに守ってもらわなければならないほど、ヤワじゃない」

 静かに言い聞かせても、リュウは一緒に帰ろうと繰り返すだけ。レイモンドの話など聞いてはいなかった。レイモンドはため息を吐いた。

「こんな調子じゃ、話なんて、できそうにないね」

 そう言うとリュウの腹に拳を入れて床に沈ませ、首に手刀を叩き込んだ。意識をなくしたリュウにごめんねと囁くのに、マリオンの冷たい声が降ってきた。

「話になりませんね、その男。自分のことしか考えていない。レイモンド、おまえの育て方が悪かったんじゃないですか?」
「俺はあなたほど厳しくなかったからね。でも…、今はこんなだけど、リュウは正義感の強い、いい子だよ。まっすぐで人を疑うことを知らない。俺と違って、絶対に人を裏切ったりしない…」

 手の中でぐったりとしているリュウに注ぐまなざしには、愛しさがあふれていた。
 マリオンはその優しげなまなざしに、不快な思いを抱く自分に気づいた。
 まさか、俺が、そのどうしようもない甘えん坊の男に嫉妬している?
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