宙(そら)に散る。

星野そら

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8 捨てられた?

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 その頃、リュウたち第4部隊は極東地区本部への途上であった。
 気絶したまま宇宙艦『ジェニー』に連れ戻されたリュウは、医務室で気がついた。一瞬ワケがわからず、起きあがろうとして、腹の痛みにうっと呻いた。そうだった、レイにみぞおちを殴られたのだと気づいて苦い笑いがこみ上げる。
 リュウの動く気配に、椅子に座っていたルーインが身を乗り出した。

「気がついたか…」

 ああ、と短く答えた後、リュウは終始、無言であった。滅多に見せない厳しい表情で眉間にしわを寄せている。
 ショックを受けたのだろうとしばらく見守っていたルーインであるが、本部へ帰り着くまでにいろいろ相談しておかねばならない。

「阿刀野、報告しておくことがある。それにこれからのことも…」

 かけられた言葉に、リュウはイヤイヤをするように首を振った。両手を腹に持って行ったかと思うと、無意識のうちに自分で自分を抱きしめた。

「どうしたんだ。まだ、痛むのか? レイさんも酷いことをする」

 ふと口にしたレイという名にリュウが反応する。ルーインはキッと睨み上げられた。

「レイの…、悪口を言わないでくれ!」
「しかし……、わかったよ」

 何か言いかけたものの、ルーインは口をつぐんだ。
 そして長い、長い沈黙。呼吸の音さえ聞こえそうなほどの静けさ…。
 さまざまな思いがリュウの頭の中で渦巻いていた。そして、最後に浮かんだのが、家に帰ろうと繰り返したときのレイの哀しそうな顔。それから、腹に拳をくらった…

「なあ、ルーイン。俺はレイに捨てられたんだよな。俺なんか、必要とされていない。いてもいなくても、どうでもいい存在なんだよな…」
「そんなことは…」
「一緒に帰ろうって誘っても、首を縦に振ってくれなかった。俺の兄には戻れないと言った…。あの爆発から1年以上も経っているのに、レイは連絡ひとつくれなかった。俺が帰ろうって言い張ったら、床に沈め眠らされた。レイは俺のことなど、どうでもいいんだ。なあ、そういうこと、だろう?」

 今にも泣きそうな顔で訴えるリュウに、ルーインはかけるべき言葉を見つけられない。レイさんははっきりと阿刀野リュウより、あの背高く厳しい表情を崩さない男が大切だと言いきった。自分の意志でコスモ・サンダーにいるとも。
 それは、リュウにとっては捨てられたと同じことだろう。レイだけを求めていたリュウにとっては…。だが、リュウに聞かせなければならないことがある。

「レイさんは、キミの命を救うために、コスモ・サンダーにつかまったそうだよ」
「えっ?」
「レイさんは、コスモ・サンダーに戻るくらいなら死を選ぶつもりだったんだ。でも、キミの命には代えられなかったと…」
「どういう、ことなんだ?」

 ルーインはマリオンが語った話をリュウに聞かせた。レイがリュウを大切に思っていたこと、リュウの命を救うためだけに生きながらえたことを。

「レイさんが戻らなければ、キミは確実に殺されていたそうだ」
「レイに捨てられるより、死んで一緒にいられるなら…。そのほうがずっとマシだ!」
「レイさんはそうは思わなかったようだ。自分がどうなってもキミには生きていてほしかったそうだ」
「二度と会えないくらいなら、俺はレイと一緒に死んだ方が良かった」

 リュウの反応は思った通りのものだった。

「ああ、キミらしい言い草だな」

 ルーインは寂しそうであった。
 だが、今のリュウにはルーインの姿は見えなかった。ただ、レイへの思いだけが渦巻いていた。ルーインは胸にこみ上げる哀しみをこらえて言う。

「安心しろよ、阿刀野。レイさんはキミに会えるように努力するって約束してくれた。レイさんは約束を破ったりしないだろう。だから、また会える。きっとすぐに会えるさ…」

 その時に僕は、どうすればいいのだろうかとルーインは考えていた。レイさんがいるなら、僕は阿刀野にとって少しも存在価値のない人間になってしまうと。
 だがリュウは、ルーインの心の動きになどまったく気づいてはいなかった。ただ、レイに捨てられたという思いだけが渦巻いていた。
 俺はレイを二度失った。もう、これ以上は俺の心が持ちそうもない。



 コスモ・サンダー、極東地区本部である。

「なんだ、おまえたちは! おめおめと、よくも戻ってこられたもんだ。宇宙船を爆破された上に、幹部連中を見捨てただと!」
「申し訳ありません、司令官殿!」

 戻ってきた乗組員たちを、胸板の厚い、堂々とした体躯のトニーが畏まる男たちの前で毒づいた。銅鑼声で恫喝するトニーに乗組員たちは小さくなるばかりである。

「幹部連中は処刑されたのか!」
「はい」
「それを、おまえたちは黙って見ていたと?」
「は、はい…」

 どすっ。ずさっ!

 手近なものに拳を打ち込み、さらに何人かを蹴り上げただけでは気が済まないようで、傷つき、憔悴しきっている男たちを睨みつけ、う~~と唸りながら歩き回る姿は、怒れる熊さながらである。
 操縦士のジェイムズは、中央艦隊の下っ端として残ればよかったのか、第4艦隊へ戻ってきた方がよかったのかと心の中で秤にかける。

「おまえたちは戦闘員失格だ。どうして、おとなしく捕まった! 最後の最後まで抵抗して、せめて傷でも負わせてやろうという気概はないのか!」

 極東地区司令官が怒るのも無理はない。海賊だから、普通は無傷で捕まったりしない。敵の命令に簡単に従ったりはしない。
 同じコスモ・サンダーの仲間だというだけでなく、逆らうことなどできなかった。向かっていくことなどできなかったのだ。あの場にいなければ、ゴールドバーグの凄さはわからない。命令されて、自然にひれ伏してしまったあの威厳…。
 冷たい表情を崩しもせず、静かに幹部連中に銃を向けた。幹部たちの非難にも、命乞いにも、眉一つ動かさず。どこまでもクールだった。こんなに冷酷な男は見たことがないと誰もが思った。

 今、ここで見上げる司令官の怒りは頂点だ。バイオレンスな雰囲気をぷんぷんさせている。静と動、柔と剛。違いはあるが、どちらがより恐ろしいだろうか。

「おいっ! ゴールドバーグはどんな男だった」
「背はこのくらいで、細くて、ものすごい美貌で…」
「大声を上げることもなく静かな口調で、鋭い視線で、ピシッと命令を下して…」

 説明すればするほど、実像がわからなくなる。

「くそっ、もういい…。全員、牢に放り込んでおけ。処罰は後だ!」

 カリカリするトニーに、西部艦隊ハーディ司令官が、まあまあと声をかける。

「おまえが怒るのはわかるが、怒鳴っているばかりでは相手のことはわからんぞ。おい、おまえたち、報告することはないのか? ゴールドバーグは何か言ってなかったか?」

 冷静なハーディ司令官の言葉に、ひとりが切り出す。

「はい。コスモ・サンダーを名乗るなら、規律に背く行動をするんじゃないと」
「なにいっ!」
「いえ、悪辣な行為は厳しく取り締まると…」
「認めたワケでもないのに総督気取りか!」

 イエロー・サンダーのトニーはもちろん、その場に立ち会った第6艦隊のカルロス司令官の口からも、辛辣な言葉が吐き出された。ゴールドバーグへの反感を高める台詞を吐いてくれた戦闘員に感謝しながら、ハーディが告げた。

「俺たちが独立した艦隊だと言うことをわからせてやる必要がありそうだな」
「ああ」
「叩きつぶしてやる」

 自分たちは宇宙一の海賊、コスモ・サンダーでも一目置かれる存在だ。海賊なのだから、武力なくしてやっていけるわけがない。これまでのやりかたを変えるつもりはない。
 その時、ゴールドバーグへの単なる反対派だった司令官たちの意識が、確かに変わったのだった。
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