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 陽光が瞼を照らす。

 レンリの意識がまどろみから引っ張り上げられる。

 いつもより体が暖かい。

 目覚めきらない思考のまま隣を見る。

 そこには静かに寝息を立てているランジの姿。

 昨晩の出来事を思い出し、一瞬で目が覚める。

 互いに夜着は着ている。

 果てた後のふわふわした意識の中、彼が着せてくれた記憶がうっすら蘇る。

 ランジの寝顔を見るのは随分と久し振りだ。

 普段よりも幼く見える顔が可愛くて、にやけながら眺める。

 本当は頬や髪に触れたかったが起こしてしまいそうなので我慢した。

 からん、と門のベルが鳴る。

 商人が来たのだろう。

 ランジがもぞもぞと動き出す。

 ベルの音で目が覚めたらしい。

「おはよう、ランジ」

「ん……」

 目は半分しか開いておらずぼんやりとした表情。

 ここまで寝ぼけているランジを見たのは初めてだ。

 欲求が抑えきれず、手を伸ばし彼の髪を撫でた。

 かろうじて目は開いているが、あまり自身の状況がわかっていないような顔をしている。

 さらさらと感触を楽しんでいると、ランジの両腕が腰に回され抱きしめられた。

「起きた?」

 覗き込むとまだ眠そうな瞳。

「ああ、おはよう」

 頬に口付けられたがすぐに彼はベッドに逆戻りした。

 瞼が閉じかけている。

 まだ眠いのだろう。

「ランジ、荷物取ってくるから」

 彼の腕を抜け出そうと身をよじる。

 滅多にあることではないが、野生動物が寄ってきて荷を荒らしてしまう場合があるので早めに回収したい。

「……荷物か」

 ランジが声を発してからたっぷり間が空く。

 腕の拘束はゆるまない。

「ちょっと行ってくるね」

「いや、俺が行こう」

 やっと脳が働き始めたのか、さっきよりもしっかりとした口調でランジが言う。

「いいよ、私が行くから」

「体は大丈夫なのか?」

「平気。ありがとう」

 ランジの腕をくぐり抜けて彼の額にキスをする。

 手早く上着を羽織り門へ向かった。

「……なにかしら」

 荷袋に紙切れが結び付けられている。

『もう取引できない』

 見覚えのある筆跡。

 おそらくいつも荷を届けてくれる商人のものだ。

「えっ……どういうこと」

「そのままの意味です」

 突然誰かの声がしてびくりと肩が跳ねた。

 聞き覚えの無い声に辺りを見回すと、木の陰からひとりの男が現れる。

 村の人間のようには見えない。

 仕立てのいい服に清潔な身なり、ある程度の身分がある人間だと一目でわかる。

「どなたですか」

 男のまとう雰囲気が不穏で、おだやかな態度を装っているが決して友好的ではない。

 じりじりと後退り、家に駆け込む隙を窺う。

「そんなに警戒しないでください」

 男の顔は笑っているのに、貼り付けた作り物のように冷たい印象を受けた。

「あの商人にはあなたとの取引から手を引いていただきました。大丈夫、手荒なことはしていませんから。今はまだ」

 金を握らせ脅しでもしたのだろうか。

 だがなぜそんなことをする必要があったのか、疑問が次々に浮かぶ。

「ランジ様があなたの世話になっているとの情報が入りましてね」

 ランジの名前に心臓がどくりと跳ねた。

 どこから彼のことが洩れたのだろうか。

 彼がここに来てから、ランジは森とこの家の往復ばかり。

 街に言ったのは1回きりで、そこでは名乗っていない。

 直感的にこの男はランジの家に関わる人間だと悟る。

「なんのことですか」

「とぼけなくて結構ですよ」

 誤魔化そうとしたが一喝されてしまう。

「腹の探り合いは時間の無駄です。単刀直入に申し上げます。こちらの要望はランジ様。我々に彼をお返しいただけます?」

 男は一切表情を変えずに言い放つ。

「どこまで聞いているかは知りませんが、ランジ様のお兄様、次期当主が流行り病で亡くなりましてね」

 以前聞いた腹違いの兄のことだろう。

「妹君もいらっしゃいますが、現当主様がどうしても男児を跡取りに、と。それで行方をくらませていたランジ様を探していたわけです」

 現当主はランジの父のことだろう。

「ランジ様はお怪我をされたと聞き及んでおりますので、そちら」

 男の視線を追うと、いつもの荷袋とは別にもうひとつ袋があった。

「そちら、治療費です。ご確認ください」

 動こうとしないレンリに、男は手を差し出し確認を促す。

 このまま棒立ちになっていても埒が明かない。

 警戒を解かないまま袋を開けると、数えきれないほど大量の金貨が詰まっていた。

 人ひとり数年は不自由なく暮らせるだろう。

「こんなものは要りません」

 突き返そうとするが、眼前に手をかざされ制止される。

「いいえ、お受け取りください。あなたはこれを受け取るしかありません」

 一歩男が近寄ってくる。

 レンリは反射的に後退る。

「この家に火を放つなり野盗に襲わせるなり方法は色々あるんです」

 男は表情ひとつ変えず物騒なことを言い始めた。

「俗に言う手切れ金です」

 男が商人からの書置きを指差す。

「商人はもうここへは来ません。とすると、あなたはどうやって物資を調達するのでしょう。村へ行くしかありませんね。魔女であるあなたを疎ましく思う人間ばかりの村に。それが出来ないから今までこんな森の奥で暮らしていたのでしょう。これまでは心優しき商人の温情でこのような辺鄙な場所でも問題なく生活できていた。ただ、頼みの綱の商人はもう頼れない。孤立無援。さあ大変ですね」

「なにが言いたいの」

「ランジ様を解放したのち、あなたにはここを去っていただきたいのです。ランジ様に余計な枷は残したくありませんから」

 枷という言葉がレンリの胸を刺す。

 おぞましい魔女の一族、と罵られ邪魔者扱いされた記憶と重なる。

「猶予は一ヶ月。ああ、本当に商人が来ないのか確認したいでしょうから一ヶ月と十日としましょうか。それまでにランジ様を我々にお返しください。過ぎればそれ相応の対応を取らせていただきますので。大丈夫、ランジ様を悪いようにはいたしません。なにせ大切な跡取り様ですので」

 男の顔が一層不気味に見えた。

「それでは失礼いたします」

 言いたいことだけ言い放って男は去っていった。

 男の姿は見えなくなったのに、まだ心臓がどくどく脈打っている。

 荷袋を抱え急いで家に駆け込んだ。

「どうしたレンリ」

 様子のおかしいレンリに気付き、ランジが駆け寄ってくる。

「ぁ、いや……」

 ランジの目を見つめると言葉が詰まってしまった。

 このままここでふたりでの生活を続けることはできなくなってしまった。

 かと言って正直に話してふたりで逃げるのか。

 一生逃げ続ける?

 この家の存在も商人のこともばれて手を回されてしまっている。

 それほどの情報網や力を持った組織に、一介の村人であるレンリが太刀打ちできるのだろうか。

「レンリ?」

 無言で考え込むレンリの肩にランジの手が触れた。

 心配げに覗き込まれる。

「……なんでもない。朝食にしようか。準備は私がするから、ランジはお風呂入ってきて」

「あ、ああ」

 無理矢理頬を引き上げて笑顔を作り、まだ納得がいっていない様子のランジを脱衣所へ押し込んだ。

 どうすればいいのだろうか。

 ただひとつ言えるのは、ランジには穏やかで幸せな生活を送ってほしい。

 その為にはどうしたらいいのか。

 不穏な心音を立て続ける胸を押さえ、まだ落ち着かない思考を懸命に巡らせながらキッチンへ向かった。


 
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