呪われ作家と、小さなワケあり霊能者

餡玉(あんたま)

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2 幽霊ではなく、天使?

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「え? えーと、君は……?」
「すみません、とつぜん。なんだかさわがしかったので、なにかあったのかなと思いまして」

 律がぽかんとしていると、少年はちょっと申し訳なさそうに会釈をした。
 どこからどう見ても小学生くらいの年齢だろうが、それにしてはやけに大人びた口調で話す子どもだ。
 違和感がありまくりの少年を前にして首を捻りつつ、律は「あ、う、うるさかった? それはその、すまない」と謝罪した。確かにポルターガイスト現象などでうるさかったかもしれない。
 律の返事を聞き、少年は困ったような顔になった。

「あ、いえ。物音がというわけじゃなくて……」
「ん? どういうことかな?」
「あの……なにか困ったことはありませんか?」

 おずおずとした口調で、ふわふわ栗毛の美少年がドアの隙間からそう尋ねてきた。

「困ってる? いや、別に……」
「すごく困ってるんですよね。たくさん、家の中に霊がいるから」
「———え?」


      ◇


「はじめまして、ぼくは蓮堂れんどう天緒ておといいます」
「ああ……これはどうも、ご丁寧に」

 小さな白い手で社会人の名刺交換よろしく差し出されたのは、紺色の皮の手帳だった。
 生徒手帳だ。表紙をめくると、彼の写真と名前が書かれている。

「へえ、珍しい名前だな……。しかも御上山みかみやま学園の生徒さんなのか、すごいね」
「よく言われます」

 手帳を受け取った蓮堂天緒なる少年は、生真面目な口調でそう言った。そしてふと視線をリビングの中へと巡らせて、部屋の中をうろうろと歩きじめる。

 御上山学園は、子どもを持たない律でさえも知っているほどの名門校だ。
 幼稚舎から高等部までエスカレーター式の進学校で、地元の名士らの子息はもれなく御上山学園に通っているとかいないとか。

 ——名門校に通っているから、こんなにしっかりしているのか……?

 背丈は120センチくらいだろうか。
 紺色の詰襟に同色のハーフパンツ、ハイソックスという清楚なのか派手なのかわからないような制服は、彼によく似合っている。

 ただ不安なのは、天緒の勢いに負けて家にあげてしまったものの、これが誘拐事案になりやしないかということだ。

 いくら向こうから押しかけてきたとはいえ、小学生を——しかも名門校に通う良いところのお坊ちゃんを家に入れてしまった。はたから見たら、律が児童をどうにかしようとしていると捉えられかねない。

 しかも家の中は散らかり放題だ。せめてハウスキーパーの手が入った後ならまだ人に見られても恥ずかしくない状態だったろうが、連日発生するポルターガイスト現象のせいで、リビングの棚という棚から物は落ち、カレンダーは破れ、額に入れた賞状や写真なども全て床に落ち、裏面を天井に向けている。(それを園田がいつも律儀に元に戻してくれる)

 ……とにかく、よその子を招き入れるには治安が悪すぎる。

「蓮堂くん」
「あ、天緒って呼んでください。苗字でよばれるの、きらいなんですよね」
「そ、そう。じゃあ天緒くん。きみ、お家の人は? 見ず知らずの不審なおじさんの家に上がり込むってのは、冷静に考えるとちょっと……いやかなり問題があるように思うのだが、」
「霊障はいつからはじまったんですか?」
「ん? えーと」

 天緒は律の問いには答えず、クリッとした上目遣いでこっちを振り返った。

 家に上がり込んでくるまではどことなく遠慮がちというか、緊張しているようすだったけれど、律にそう尋ねる声は驚くほどしっかりしている。

 ただ、律は子どもとまるで接する機会がない人生を歩んできた。こっちの話を聞いてもらうにはどうすれば良いかまったくわからない。子どもは自由な生き物だというが、どうすれば会話が成立するのだろう……。

 ——ま、まあまずは彼の質問に答えて、その次に僕の問いに答えてもらうか……。

 律は気を取りなおすべく咳払いをした。

「れいしょう……ってのは、霊による障害のことかな?」
「はい、そうです」
「難しい言葉を知っているんだね。そうだな……ひと月前くらいからか」
「そうですか。それが始まったきっかけに心当たりはありますか? 心霊スポットに行ったとか、街角にある怪しい祠を蹴飛ばしたとか」
「ええ? いや、そんなことはなかったが……」

 そういった心当たりはまったくないけれど、一応、ここ最近の記憶を辿ってみる。

 ひと月前といえば季節は秋。
 信じ難いほどの猛暑が長く続き、ようやく涼しくなった頃だ。
 いわゆる行楽日和が続いていた。フットワークの軽い人間ならば、友人を誘って景色のいいところへドライブにでも出かけたくなるような陽気な気候だった。

 だが律は出不精で、人付き合いもほとんどない。基本、家と近所のスーパーやコンビニを往復するだけ。唯一ジムにだけは定期的に通うようにしているけれど、そこで言葉を交わす相手はいない。ジムでのルーティンは三十分間サイクリングマシンを漕ぐ。そして帰る。それだけだ。

 ただ、ジムでも勝手にマシンが停止したり、ジムの天井照明がエレクトリカルパレードのごとくチカチカするなどの異変はあった。
 周囲のマッチョたちも騒然としていたし、律がいるときだけそういう事象が起きている頃に気づき始めているマッチョもいるようで、ジムにもいきづらくなってきている。

「なるほど。この家にいるときのみ怪奇現象が起こるわけじゃないんですね」

 律の話を聞き、天緒が腕組みをしてうんうん頷く。仕草がいちいち大人びた子だ。

「ほかに心当たりは?」
「そのほか? ……うーん」

 天緒が、ベテラン刑事の取り調べのごとく詰めてくる。

 その頃関わり合った人間というと、担当編集の冴島とオンラインの打ち合わせをしたこと、大学時代の腐れ縁が続いている数少ない友人のひとり、上原高正たかまさに誘われ食事に行ったことくらいだ。
 あとは定期的な通院程度で、霊に取り憑かれる覚えはないのだが……。

「? なにか心当たりでも?」

 スッキリしない顔をしていたのかもしれない。全てを見透かすように澄み渡る天緒の瞳に見据えられ、律は少したじろいだ。
 だがすぐに首を振り、「ないよ」と言った。

「心霊スポットなんて、はしゃぎたい盛りの若者じゃあるまいし。それに、僕の行動範囲内で怪しい祠なんてものは見たことがない」
「そうですか。じゃあ心当たりもなく、急にこの家に霊が集まるようになったってことですね。ふーん……へんだなぁ」
「そうだよな、変だよな!?」
「ほんとうに、心当たりがないんですね? ないんですよね?」

 大きすぎる来客用のスリッパでぺたぺたと歩み寄ってきた天緒が、リビングのソファに座る律を見上げた。間近で見ると、つくづく人形のように愛らしい顔をしている。

 くるんと上を向いたまつ毛、毛穴がひとつも見当たらない陶器のような肌が実にみずみずしく美しい。
 なのに律ときたら、無精髭は伸びているし、散髪にも行っていないせいで伸びた黒髪が重苦しい。少年の若さ溢れる清潔さを前にして、律はようやく己の無精さを恥ずかしく感じた。

 ただ気になるのは——天緒には可愛らしさけではなく、妙な圧を感じてしまう。じっと見据えられると、妙にたじろいでしまうのだ。
 律は思やや後ろにのけぞり、こくこくと頷いた。
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