呪われ作家と、小さなワケあり霊能者

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
3 / 3

3 死者の気配!?

しおりを挟む
「な、ない。ないよ」
「わかりました。ではひとまず、この家に霊が集まってこないようにします」
「なにっ!? 本当か!?」

 ダイニングチェアの横に置かれた黒いランドセルから、天緒は黒い布に包まれた何かを取り出した。
 それは一本の筆だった。使い込まれた象牙のような軸に、すでにたっぷり墨を含んでいるかのような穂は、黒い艶を湛えている。くすんだ乳白色の軸には行書体の文字のようなものが彫り込まれていて、小学生が毛筆の授業で使うには渋すぎるデザインに見える。

「……それは?」
「ここに集まってきている大半は、意思を持たない浮遊霊ですので、おそらく自然に輪廻の輪の中へもどっていかれると思います。ただ中には少し危険なものもいますので、ねんのため、この家には結界を張っておきますね」
「ん? けっかい……? あ、うん……お願いします」

 何を言っているのかまったくわからなかったが、律は素直にこくりと頷く。
 すると天緒は、ひと目で愛想笑いとわかる笑顔をニコッと浮かべ、黒い毛氈もうせんに挟み込んであった白い和紙を取り出す。
 そして、さらさらと得体のしれない紋様——簡単にいうならば、いわゆる『悪霊退散』の時に使うようなお札を書き上げた。子どもの小さな手が、まるで熟達した書道家のような文字を。

 ——……? ??? この子はいったい何だ? 何者なんだ……?

 これが漫画の世界なら、律の頭上にはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいることだろう。
 天緒は書き上げたお札を満足げに眺めたあと、すっと立ち上がってつるんとした膝小僧を払う。……そんなに我が家のリビングは埃っぽかっただろうか。

「これをリビングの壁にはっておいてください。ではぼくは、これで」

 やることは済んだといわんばかりに、天緒はさっさと筆を片付けてランドセルを背負い、律の前から立ち去ろうとする。
 天緒がこの家に上がり込んできた時から狐につままれたような気分だ。
 律は慌てて、天緒の小さな肩をぐっと掴んで引き止める。

「い、いや待っ……ちょっと待った! 君はいったい何なんだ!? 一体何者なんだ!?」

 立ち止まった天緒が、横顔で律を振り仰ぐ。
 鮮やかな鳶色の瞳にすっと妙な鋭さが混ざり込むのを垣間見た気がして——……律は弾かれたように手を離した。

「す、すまない。子ども相手に大きな声を出してしまった」
「いえ……ぼくもいけなかったですね。大した説明もせずにおせっかいをやいてしまって」

 天緒はくるりと身体ごと律を振り返り、きゅるるんとしたあざとい笑顔を浮かべた。ついさっ見せた瞳の鋭さを覆い隠そうとするようなわざとらしい笑顔だが、可愛らしいのでまぁいいかという気分になる。

「実はですね、ぼくの実家は、京都にあるお寺なんです」
「ほう、寺」
「はい。うちの寺は代々浄霊じょうれいをなりわいとしてきました。ぼくも小さいころから、普通のひとには見えないものが視えます」
「はあ……なるほど」

 小さい頃って、今も小さいじゃないか——と胸の中でつっこむ。律はフローリングに正座して、天緒と視線を合わせた。

「だから君は、お札を作って悪霊を寄せ付けないようにしたりできる、ということか」
「悪霊といっても、ここに集まっているのは悪い人ばかりじゃありませんよ。ちょっと道に迷って、あなたのところに引き寄せられてしまっただけ。かすみのような存在の人もいます」
「ほうほう、なるほど。……ん? 引き寄せられた?」

 坊主の説教を聞くような気分で相槌を打っていた律は、ぴたりと動きを止める。

「その言い方は、まるで僕が幽霊を引っ張り込んでいるように聞こえるが?」
「はい、じっさいそんなかんじなので」
「え? いやいや、そんなわけないよ。だって僕には霊感なんてものはないし」
「でも……」

 戸惑う律の全身を瞳の中に映すように、天緒の視線が動いた。
 混乱するあまり目眩がしてきた。ずり落ちかけるメガネを震える指で押し上げる。
 すると天緒が、幼い声でゾッとすることを言った。

「あなたには死者の気配を強く感じます」
「……は?」
「つまり、あなたは呪いを受けているということです」
「の……呪われてる? 僕が?」
「心当たり、本当にないんですか? ぼくにできるのは、この場所に取り憑いている人たちを浄霊して、お部屋を静かにすることくらいです。放っておいたらまた、霊はあなたのそばに集まってきますよ?」
「そ、そんな。てかなんなんだ呪いって!? それもいっしょに除霊してくれよ!」

 律はまたもガシッと天緒の肩を掴んだ。
 今度こそ迷惑そうな顔で見上げてくる天緒に涙目を向け、恥も外聞もかなぐり捨て、律はがばりと土下座した。

「怖いことを言いっぱなしで帰らないでくれ!! 金はいくらでも払うから、その呪いを解いてください!!」
「そういわれましても。あの、頭をあげてください」

 土下座していた頭を上げると、天緒のつるつるの膝小僧が目の前にある。正座した天緒がそっと律の肩に触れた。

「わかりました。きちんと調査をしてみますので、顔をあげてください」
「ほ、本当か……!?」
「でも、まずは家に戻らねばなりませんので、五分ほどお待ちいただきます」
「わ、わかった。……五分でいいのか?」

 床に這いつくばったまま首を傾げる律に、天緒はこくりと頷いた。

「ぼくの家、先生のお隣なので」
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

海月なオカン

のび太?
伸びた?

2025.12.27 餡玉(あんたま)

海月なオカン様

誤字のご指摘ありがとうございます!
のび太って……笑
読み返して笑ってしまいました😅

解除

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。