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こんばんは、餡玉です。
夏らしい話を書きたいな……と考えていたら、このようなお話ができました。
最初のほうは重いですがハッピーエンドです。
˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚
消毒液と病の匂いに染まった病室の空気を、窓から吹き込む風が生ぬるくかき混ぜる。
力の入らなくなったまぶたをやっとのことで持ち上げて、俺は白い天井をうつろに見上げた。
余命半年。
身体中を蝕む病魔に気づいた時は遅かった。
終のすみかに相応しい場所を思い出し、俺は十年近く住み続けたマンションを手放した。
両親が死んでから売りに出していた実家。
ずっと買い手がつかず放置していた古い戸建で、最後の時を過ごそうと考えた。
しかし結局マンションの引き渡しを終えた瞬間、俺は倒れた。
そして今、こうして病院のベッドに横たわり、他人の手を煩わせているという状況だ。
医師の見立ては正しかった。
余命宣告通り、きっちり半年。
俺の寿命は、もうすぐ尽きる。
——ひとりで、死ぬのか……。
ゆっくりと視線を巡らせ、窓の外を見やる。
盛夏の燃えるような太陽が、空気をこれでもかというほどに焦がしている。
看護師たちが皆「今年は異常だ暑すぎる」と口を揃えるということは、今年は相当暑いのだろう。
だが俺にはもう関係ない。空調の効いた病室から出ることなく死ぬ俺は、もうその暑さを肌で感じることはないのだから。
——ま、そのうち千度の炎で焼やされるんだけどな……。
火葬場で骨になる自分をふと想像し、俺は弱々しく自嘲の笑みを浮かべた。
——『うわ、外あっつ……。俺、ほんっと暑いの無理だわ』
白いTシャツをぱたぱたさせて薄い胸に風を送り込む青年の姿が、ふと脳裡に浮かんだ。
狭い学生アパートのベランダで煙草を吸いながら、こっちをみて気だるげに微笑む細身の青年。
白い肌、泣きぼくろ、濡れたような黒髪。
無愛想に見えて実はけっこう人懐っこくて、気を許した相手には甘えん坊で、笑うと意外と子どもっぽい——そういうところが可愛くて、惚れたひとだった。
彼は同じ大学に通う友人のひとりで、バイトばかりやっていて滅多に大学に来なかった。
容姿がドンピシャに好みで、たぶん一目惚れに近かった。
親切心と下心とで世話を焼き、彼が欠席するたび講義のノートを貸してやった。風邪をひいたと聞けば、薬と差し入れを持って家まで行った。
彼は明らかに俺の下心に気づいていて、俺を試すような行動を何度もとった。
焦れた俺はなかば強引に彼に迫り、ほとんど無理やりのようにキスをした。玉砕覚悟だった。
だけど、彼はがっつきまくりの俺のキスに妖艶に応えてくれた。
「やっと本性現した」と囁いて、目を細めてうっそりと微笑む彼の色香に抗えるわけもなく、俺は不器用に彼を抱いた。初めてのセックスだった。
そのまま身体から始まって、友達なのかセフレなのかわからない曖昧な時期を一年ほど経たあと、俺たちは付き合い始めた。
幸せだったけれど、彼はいつも飄々としていて、愛情表現も薄かった。
ああ、これはいつか捨てられる。こうして一緒にいられるのは彼の気まぐれで、きっと俺はまた一人になるに違いない。——彼に会うたび、刹那的な思いが俺の胸を寒くする。
彼を失うのが怖かった。ようやく見つけた恋人だ。手放したいと思えるわけがない。
でも、一方的に執着していることを知られたくなくて、俺の愛情表現もだんだんそっけなくなっていった。
まったく不要なプライドだった。
好きなら好きと、素直に言えたらよかったんだ。
やがてじわじわとつまらないことで喧嘩が増え、疑い疑われることが増えた。
口にできない感情は荒っぽいセックスとなって、行き場のない激情を彼の中に何度も吐き出すことしかできなかった。
嫌がる彼を無理やり抱いた。
細い身体を押さえつけて、細い腰を乱暴に掴んで、渇望をねじ込んだ。
大切にしたかったのにできなくて、つらかった。
本当は好きで好きでたまらなかったのに、傷つけてしまうことがつらくて、つらくて……俺のほうから、彼に別れを告げたのだ。
項垂れながら別れを口にした俺の目の前で、あいつは吸っていた煙草を手のひらの中で握りつぶした。
そして「……わかったよ、クソが」と低く言い、俺の目の前から消えた。
それっきりだ。
彼は結局大学を辞めて、地元へ帰ってしまったらしい。
そして俺は、彼のことを忘れるために自分を多忙に追いやった。
忙しくしているのは楽だった。仕事は面白かったし、働けば働くほど俺は認められ、金もたくさん手に入った。
女とも付き合ってみたし、結婚したいと言われたこともあった。……できるわけがないのに。
十年、二十年経ってもまだ、彼のことを思い出す。
傷つけたことを、素直に彼を愛せなかったことを、後悔している。
後悔したまま、死んでいく。
——……いい、それでいい。このままずっと、メソメソ女々しくあいつを引きずりながら生きるくらいなら。
とろとろと眠りに落ちる。
また、眠ってしまう。
死が近づくにつれ、眠る時間が増えている。
のっぺりとした眠りの世界は、思いのほか居心地がいい。
また、ほのかな風が俺の頬を撫でるように掠めていった。
——? ……おかしいな。誰が窓を開けたんだろう。
くっきりとした青空にもくもくと聳え立つ積乱雲。
山のように大きく立派な雲が、薄いレースカーテン越しでもいやに眩しい。まるですぐそこにあるような存在感だった。
でもやはりおかしい。錯乱した患者が飛び降りてしまわないように、窓ははめ殺しになっているはずだが……。
——どうでもいいか。……そんなことはもう、どうでもいい。
そのまま俺は、また眠りの世界に引き摺り込まれていった。
夏らしい話を書きたいな……と考えていたら、このようなお話ができました。
最初のほうは重いですがハッピーエンドです。
˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚
消毒液と病の匂いに染まった病室の空気を、窓から吹き込む風が生ぬるくかき混ぜる。
力の入らなくなったまぶたをやっとのことで持ち上げて、俺は白い天井をうつろに見上げた。
余命半年。
身体中を蝕む病魔に気づいた時は遅かった。
終のすみかに相応しい場所を思い出し、俺は十年近く住み続けたマンションを手放した。
両親が死んでから売りに出していた実家。
ずっと買い手がつかず放置していた古い戸建で、最後の時を過ごそうと考えた。
しかし結局マンションの引き渡しを終えた瞬間、俺は倒れた。
そして今、こうして病院のベッドに横たわり、他人の手を煩わせているという状況だ。
医師の見立ては正しかった。
余命宣告通り、きっちり半年。
俺の寿命は、もうすぐ尽きる。
——ひとりで、死ぬのか……。
ゆっくりと視線を巡らせ、窓の外を見やる。
盛夏の燃えるような太陽が、空気をこれでもかというほどに焦がしている。
看護師たちが皆「今年は異常だ暑すぎる」と口を揃えるということは、今年は相当暑いのだろう。
だが俺にはもう関係ない。空調の効いた病室から出ることなく死ぬ俺は、もうその暑さを肌で感じることはないのだから。
——ま、そのうち千度の炎で焼やされるんだけどな……。
火葬場で骨になる自分をふと想像し、俺は弱々しく自嘲の笑みを浮かべた。
——『うわ、外あっつ……。俺、ほんっと暑いの無理だわ』
白いTシャツをぱたぱたさせて薄い胸に風を送り込む青年の姿が、ふと脳裡に浮かんだ。
狭い学生アパートのベランダで煙草を吸いながら、こっちをみて気だるげに微笑む細身の青年。
白い肌、泣きぼくろ、濡れたような黒髪。
無愛想に見えて実はけっこう人懐っこくて、気を許した相手には甘えん坊で、笑うと意外と子どもっぽい——そういうところが可愛くて、惚れたひとだった。
彼は同じ大学に通う友人のひとりで、バイトばかりやっていて滅多に大学に来なかった。
容姿がドンピシャに好みで、たぶん一目惚れに近かった。
親切心と下心とで世話を焼き、彼が欠席するたび講義のノートを貸してやった。風邪をひいたと聞けば、薬と差し入れを持って家まで行った。
彼は明らかに俺の下心に気づいていて、俺を試すような行動を何度もとった。
焦れた俺はなかば強引に彼に迫り、ほとんど無理やりのようにキスをした。玉砕覚悟だった。
だけど、彼はがっつきまくりの俺のキスに妖艶に応えてくれた。
「やっと本性現した」と囁いて、目を細めてうっそりと微笑む彼の色香に抗えるわけもなく、俺は不器用に彼を抱いた。初めてのセックスだった。
そのまま身体から始まって、友達なのかセフレなのかわからない曖昧な時期を一年ほど経たあと、俺たちは付き合い始めた。
幸せだったけれど、彼はいつも飄々としていて、愛情表現も薄かった。
ああ、これはいつか捨てられる。こうして一緒にいられるのは彼の気まぐれで、きっと俺はまた一人になるに違いない。——彼に会うたび、刹那的な思いが俺の胸を寒くする。
彼を失うのが怖かった。ようやく見つけた恋人だ。手放したいと思えるわけがない。
でも、一方的に執着していることを知られたくなくて、俺の愛情表現もだんだんそっけなくなっていった。
まったく不要なプライドだった。
好きなら好きと、素直に言えたらよかったんだ。
やがてじわじわとつまらないことで喧嘩が増え、疑い疑われることが増えた。
口にできない感情は荒っぽいセックスとなって、行き場のない激情を彼の中に何度も吐き出すことしかできなかった。
嫌がる彼を無理やり抱いた。
細い身体を押さえつけて、細い腰を乱暴に掴んで、渇望をねじ込んだ。
大切にしたかったのにできなくて、つらかった。
本当は好きで好きでたまらなかったのに、傷つけてしまうことがつらくて、つらくて……俺のほうから、彼に別れを告げたのだ。
項垂れながら別れを口にした俺の目の前で、あいつは吸っていた煙草を手のひらの中で握りつぶした。
そして「……わかったよ、クソが」と低く言い、俺の目の前から消えた。
それっきりだ。
彼は結局大学を辞めて、地元へ帰ってしまったらしい。
そして俺は、彼のことを忘れるために自分を多忙に追いやった。
忙しくしているのは楽だった。仕事は面白かったし、働けば働くほど俺は認められ、金もたくさん手に入った。
女とも付き合ってみたし、結婚したいと言われたこともあった。……できるわけがないのに。
十年、二十年経ってもまだ、彼のことを思い出す。
傷つけたことを、素直に彼を愛せなかったことを、後悔している。
後悔したまま、死んでいく。
——……いい、それでいい。このままずっと、メソメソ女々しくあいつを引きずりながら生きるくらいなら。
とろとろと眠りに落ちる。
また、眠ってしまう。
死が近づくにつれ、眠る時間が増えている。
のっぺりとした眠りの世界は、思いのほか居心地がいい。
また、ほのかな風が俺の頬を撫でるように掠めていった。
——? ……おかしいな。誰が窓を開けたんだろう。
くっきりとした青空にもくもくと聳え立つ積乱雲。
山のように大きく立派な雲が、薄いレースカーテン越しでもいやに眩しい。まるですぐそこにあるような存在感だった。
でもやはりおかしい。錯乱した患者が飛び降りてしまわないように、窓ははめ殺しになっているはずだが……。
——どうでもいいか。……そんなことはもう、どうでもいい。
そのまま俺は、また眠りの世界に引き摺り込まれていった。
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