今際の際にしあわせな夢を

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
1 / 4

〈1〉

しおりを挟む
こんばんは、餡玉です。
夏らしい話を書きたいな……と考えていたら、このようなお話ができました。
最初のほうは重いですがハッピーエンドです。



  ˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚



 消毒液と病の匂いに染まった病室の空気を、窓から吹き込む風が生ぬるくかき混ぜる。

 力の入らなくなったまぶたをやっとのことで持ち上げて、俺は白い天井をうつろに見上げた。

 余命半年。
 身体中を蝕む病魔に気づいた時は遅かった。

 終のすみかに相応しい場所を思い出し、俺は十年近く住み続けたマンションを手放した。
 両親が死んでから売りに出していた実家。
 ずっと買い手がつかず放置していた古い戸建で、最後の時を過ごそうと考えた。

 しかし結局マンションの引き渡しを終えた瞬間、俺は倒れた。
 そして今、こうして病院のベッドに横たわり、他人の手を煩わせているという状況だ。

 医師の見立ては正しかった。
 余命宣告通り、きっちり半年。

 俺の寿命は、もうすぐ尽きる。

 ——ひとりで、死ぬのか……。

 ゆっくりと視線を巡らせ、窓の外を見やる。

 盛夏の燃えるような太陽が、空気をこれでもかというほどに焦がしている。
 看護師たちが皆「今年は異常だ暑すぎる」と口を揃えるということは、今年は相当暑いのだろう。
 だが俺にはもう関係ない。空調の効いた病室から出ることなく死ぬ俺は、もうその暑さを肌で感じることはないのだから。

 ——ま、そのうち千度の炎で焼やされるんだけどな……。

 火葬場で骨になる自分をふと想像し、俺は弱々しく自嘲の笑みを浮かべた。


 ——『うわ、外あっつ……。俺、ほんっと暑いの無理だわ』


 白いTシャツをぱたぱたさせて薄い胸に風を送り込む青年の姿が、ふと脳裡に浮かんだ。

 狭い学生アパートのベランダで煙草を吸いながら、こっちをみて気だるげに微笑む細身の青年。

 白い肌、泣きぼくろ、濡れたような黒髪。
 無愛想に見えて実はけっこう人懐っこくて、気を許した相手には甘えん坊で、笑うと意外と子どもっぽい——そういうところが可愛くて、惚れたひとだった。

 彼は同じ大学に通う友人のひとりで、バイトばかりやっていて滅多に大学に来なかった。

 容姿がドンピシャに好みで、たぶん一目惚れに近かった。
 親切心と下心とで世話を焼き、彼が欠席するたび講義のノートを貸してやった。風邪をひいたと聞けば、薬と差し入れを持って家まで行った。

 彼は明らかに俺の下心に気づいていて、俺を試すような行動を何度もとった。
 焦れた俺はなかば強引に彼に迫り、ほとんど無理やりのようにキスをした。玉砕覚悟だった。

 だけど、彼はがっつきまくりの俺のキスに妖艶に応えてくれた。

「やっと本性現した」と囁いて、目を細めてうっそりと微笑む彼の色香に抗えるわけもなく、俺は不器用に彼を抱いた。初めてのセックスだった。

 そのまま身体から始まって、友達なのかセフレなのかわからない曖昧な時期を一年ほど経たあと、俺たちは付き合い始めた。

 幸せだったけれど、彼はいつも飄々としていて、愛情表現も薄かった。

 ああ、これはいつか捨てられる。こうして一緒にいられるのは彼の気まぐれで、きっと俺はまた一人になるに違いない。——彼に会うたび、刹那的な思いが俺の胸を寒くする。

 彼を失うのが怖かった。ようやく見つけた恋人だ。手放したいと思えるわけがない。
 でも、一方的に執着していることを知られたくなくて、俺の愛情表現もだんだんそっけなくなっていった。

 まったく不要なプライドだった。
 好きなら好きと、素直に言えたらよかったんだ。

 やがてじわじわとつまらないことで喧嘩が増え、疑い疑われることが増えた。
 口にできない感情は荒っぽいセックスとなって、行き場のない激情を彼の中に何度も吐き出すことしかできなかった。

 嫌がる彼を無理やり抱いた。
 細い身体を押さえつけて、細い腰を乱暴に掴んで、渇望をねじ込んだ。

 大切にしたかったのにできなくて、つらかった。
 本当は好きで好きでたまらなかったのに、傷つけてしまうことがつらくて、つらくて……俺のほうから、彼に別れを告げたのだ。

 項垂れながら別れを口にした俺の目の前で、あいつは吸っていた煙草を手のひらの中で握りつぶした。

 そして「……わかったよ、クソが」と低く言い、俺の目の前から消えた。

 それっきりだ。
 彼は結局大学を辞めて、地元へ帰ってしまったらしい。

 そして俺は、彼のことを忘れるために自分を多忙に追いやった。

 忙しくしているのは楽だった。仕事は面白かったし、働けば働くほど俺は認められ、金もたくさん手に入った。
 女とも付き合ってみたし、結婚したいと言われたこともあった。……できるわけがないのに。

 十年、二十年経ってもまだ、彼のことを思い出す。

 傷つけたことを、素直に彼を愛せなかったことを、後悔している。

 後悔したまま、死んでいく。

 ——……いい、それでいい。このままずっと、メソメソ女々しくあいつを引きずりながら生きるくらいなら。

 とろとろと眠りに落ちる。
 また、眠ってしまう。

 死が近づくにつれ、眠る時間が増えている。
 のっぺりとした眠りの世界は、思いのほか居心地がいい。

 また、ほのかな風が俺の頬を撫でるように掠めていった。


 ——? ……おかしいな。誰が窓を開けたんだろう。


 くっきりとした青空にもくもくと聳え立つ積乱雲。
 山のように大きく立派な雲が、薄いレースカーテン越しでもいやに眩しい。まるですぐそこにあるような存在感だった。

 でもやはりおかしい。錯乱した患者が飛び降りてしまわないように、窓ははめ殺しになっているはずだが……。


 ——どうでもいいか。……そんなことはもう、どうでもいい。


 そのまま俺は、また眠りの世界に引き摺り込まれていった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

腹を隠さず舌も出す

梅したら
BL
「後悔はしてるんだよ。これでもね」 幼馴染の佐田はいつも同じことを言う。 ポメガバースという体質の俺は、疲れてポメラニアンに変化したところ、この男に飼われてしまった。 ===== ヤンデレ×ポメガバース 悲壮感はあんまりないです 他サイトにも掲載

お疲れポメラニアンの俺を癒したのは眼鏡イケメンの同期だった

こたま
BL
前田累(かさね)は、商社営業部に勤める社員だ。接待では無理してノリを合わせており、見た目からコミュ強チャラ男と思われているが本来は大人しい。疲れはてて独身寮に帰ろうとした際に気付けばオレンジ毛のポメラニアンになっていた。累を保護したのは普段眼光鋭く厳しい指摘をする経理の同期野坂燿司(ようじ)で。ポメラニアンに対しては甘く優しい燿司の姿にびっくりしつつ、癒されると…

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...