氷の魔術師は王宮騎士の愛に甘く蕩ける

餡玉(あんたま)

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あやしい薬は適量で【セス視点】

1 ノクトの新たな仕事

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 ノクトの仕事のひとつに、王立植物園の研究室への魔力協力というものがある。
 そして俺は、よほど大掛かりな討伐任務が入っていなければ、ノクトのその仕事にも随従することになっている。
 これまでは『危険極まりない氷の魔術師』として人々から忌避される存在だったが、今のノクトは八割ほどの魔力を失った。さらに王太子ハルジ様が直々にノクトを近衛魔術師としてそばに置くようになってからこっち、エルシャルオンでのノクトの扱いはかなり軟化している。

 ……いや、軟化どころか……

「ノクト様、いかがですか?」
「うーん……そうだね」
 
 ここは王宮内にある王立植物園の『低温植物管理室』。煉瓦造りの小さな建物だ。
 ノクトの魔術によって、気温と湿度が寒冷地と同等になるよう設定された研究施設である、
  
 所狭しと作られた花壇には、さまざまな植物が植っている。
 青白い花を咲かせた小さな植物や、まるで枯れているかのような色をした多肉植物、毒々しい真っ赤なキノコや怪しげな蔓草のようなものまでさまざまなものがここで栽培されている。
 
「やっぱりこのくらい冷えてないと、ユキミ草は元気が出ないようだね」

 花壇のそばで膝をつき、小さな白い花の上に手をかざして霜を降らせていたノクトが、傍らにしゃがみ込んでる丸メガネの小柄な女性研究者のほうを見た。ユリアという名の薬草研究者で、年齢は確か二十九歳。若いながらも数多の薬品を開発してきた天才肌の研究者だ。
 研究一筋で頑固な性格だと噂では聞いていたが……

「……ひゃあ……」

 彼女はノクトと間近で目が合うや頬を林檎のように染めて、メガネの奥の瞳をキラキラと輝かせる。……ううむ、間違いない。あれは紛れもなく、恋する女性の目だ。

「や、やはりそうですよね! ああ、あの、もう少しこちらに来ていただく回数を増やしていただけませんか!? そうすればこの子達、もっと元気に花を咲かせてくれると思うんです!!」

 だが、ノクトは彼女の甘い表情に気づく様子もなくすぐに薬草たちに向き直り、霜を降らせていないほうの手で自らの顎を撫でた。

「うーん、そうしたいけど他の任務もあるからなぁ。この小屋に置く氷をもう少し増やしておこう」
「は、はい……! よろしくお願いします!」
「配置の希望はある?」
「あっ、えっと、そうですねえ……! い、今検討しますのでしばしお待ちを!」

 ノクトを見るユリアの部下たちの眼差しは、彼女のそれとよく似ている。皆がうっとりと、そして口元に微笑みを湛えてノクトの一挙手一投足を見守るのだ。
 
 そうしたくなる彼女らの気持ちはよくわかる。
 ノクトは可憐だ。
 透き通る白い肌、ほんのりと赤く艶めく小さな唇。
 淡い空色をした瞳は、ノクトが作り出す透明度の高い氷のように透き通っていて美しく、長いまつ毛が彼の表情に色香を添える。
 サラサラの黒い髪には柔らかな艶があり、時折、はらりと落ちた一筋の黒髪を耳にかける仕草は可憐なのにどこか妖艶だ。唇に淡い笑みを湛えながら穏やかな口調で薬草を語るノクトの姿から眼が離せない。

 魔獣に向かうノクトの勇ましい姿はすこぶるかっこいい。だが、こうして学者と知的に語り合うノクトの姿も実に麗しい。
 
 ——はぁ……今日も本当に綺麗だ。

 思わず嘆息が漏れそうになり、俺は慌てて気を引き締めた。どれだけ平和な任務でも、いつどこからノクトを脅かす輩が現れないとも限らない。
 緩みかけていた顔を引き締めると、優しい微笑みを湛えたノクトが扉のそばで待機していた俺を手招きをした。
 浮かれてつい小走りになりそうになるのをぐっと堪え、俺はきびきびとノクトのそばへ歩み寄る。

「ノクト様、お呼びでしょうか」
「セス、見てごごらん。ユキミ草だ、可愛く咲いているだろう」
「ええ、美しいですね」
「僕らがいた孤児院のそばで、一回だけ見たことがあるんだ。真冬の寒い日でね、これを見つけた時はすごく嬉しくて……」

 珍しい薬草に囲まれて嬉しいのだろう。研究者たちの気が逸れている間、ノクトは俺に薬草の効能を話し始めた。俺は花壇のほとりにしゃがみ込むノクトのそばに片膝をつき、小鳥の歌声のような語りに耳を傾ける。
 
 ユキミ草は寒冷地に生える薬草だ。傷薬の材料となる貴重な薬草なのだという。
 魔獣に負わされた傷——特に出血を伴う傷の手当てには欠かせない薬で、俺たち騎士団員もかなり世話になっている。
 ユキミ草の群生地は高山地帯にあり、ユリアたちはわざわざ片道一週間をかけて薬草採取に行かねばらならなかった。
 文系の彼女らにとって山登りはよほど苦痛らしく、ユキミ草を王都で栽培しようと四苦八苦してきた。
 だが、王都は温暖な海辺の街にある。雪とともに持ち帰った株はあっという間に萎れてしまい、うまく栽培することはかなわなかった。

 そんなとき、近衛魔術師団からとある通達が国中に広められた。『氷属性の魔術を求めるものは申し出よ』というものだ。

 これは王太子のハルジ様のはからいだ。
 危険極まりない存在として民からも怯えられていたノクトの力を平和に活用し、民たちに根付いた悪い印象を払拭したい——と、ハルジ様はお考えだ。

 ただ、ノクトが魔力の大半が消えていることを、市井の民は知らされていない。知っているのは国王に仕える全ての水の魔術師たちと、一部の貴族のみ。
 
 エルシャルオンが他国から脅かされず平和を保っていられるのは、『危険な氷の魔術師』が存在しているからだ。過去の氷の魔術師たちがかなり残虐なことをしでかしてきていることもあり、他国はノクトの存在にかなりの脅威を感じている。

 ハルジ様はノクトの穏やかな性格をよく知っておられる上、ノクトが人のために力を使いたいと願っていることも理解してくださっている。
 初めこそ民からの依頼はいっさいこなかったけれど、やたらと外面のいい近衛魔術師団長のクリスがノクトを連れて魔獣討伐や捕獲任務をこなすうち、徐々にノクトを取り巻く人々の視線は変わってきた。
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