琥珀に眠る記憶

餡玉(あんたま)

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ifの世界『もしも番になれたなら』(オメガバース)

〈三〉

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「ほう、無事に番ったのですね」

 そして一週間後、千珠の盛りはなりをひそめた。

 いつものように、千珠と柊は忍装束に身を包み、城の警護に当たっているところだ。といっても、今日はえらくのんびりとした日和である。二人は城門の上に並び立ち、城を出入りする人々の活気ある表情を見下ろしていた。

「似合いの番やと思いますよ。ほかの組み合わせなど想像もつかへんくらいに」
と、のんびりした口調で柊は言う。腕組みをしてやや怒ったような顔をしている千珠であるが、ぽ、と白い頬に赤が差した。

「……そうかよ」
「というか、千珠さまが壬やったってことに、俺は正直驚きましたけどね」
「俺もだよ。てっきり俺は丁だと思っていた」
「一応、鬼でもそういうのあるんですか?」
「いいや、純粋な鬼には第二性など存在しない。だが俺は半妖だろ? 一応、そういう知識は子どもの頃から族長に教え込まれていたさ」
「さすが、しっかりしたお祖父様や」
「まぁな」

「おーい、良い魚が入ったから持ってきたぜ~!」と、城門の下から声が掛かる。二人に向かって手を振る漁師町の男たちに向かって手を上げて、千珠は口布を下げ微笑んでみせた。

「ま、戦の最中に盛りが出ぇへんで幸いでしたね。想像するとぞっとしますわ」
と、柊も手を上げて返事をしながら、小さな声でそう言った。千珠も頷く。
「本当だな。兵はたいていつちのえだろうが、何が起こるか分からないものな。ただでさえ俺は、こんなにも美しいわけだし」
「よう分かったはりますやんか」

 千珠の軽口に付き合いながら、柊は穏やかな笑みを浮かべた。そして心から安堵したように、長く細いため息を吐く。

「良かったですね、本当におめでとうございます。都のお父上にも、きちんと報告をしなければ」
「ああ、そうだな」
「千珠さまが独り身の壬とあっては、将軍家も天皇家も放ってはおかなかったでしょうな。あなたを求めて、まさに国が傾くほどの争いが生まれていたかもしれませぬよ」
「ふん、大袈裟だな」
「世はまだまだ荒れています。分かりませぬよ」

 柊は油断のない目つきで遠くを見やりながら、静かな動きで腕組みをする。風に髪をなびかせる柊の横顔を見上げながら、千珠は「それもそうか」と言った。

「しかしまぁ、あんな奴でも、番がいれば安心だ」
「ふっ……そうだな」
「あなたと番ってからこっち、舜海の顔は緩みっぱなしや。……やれやれ」

 口では呆れたようなことを言いながらも、柊の表情はひどく嬉しげである。千珠の視線に気づいた柊はつと視線を下ろし、口元に柔らかな微笑みをたたえた。

「舜海の幼馴染として、俺も嬉しい。ありがとう、千珠さま」
「……ふ、ふん。なんでお前にまで礼を言われなきゃならないんだ」
「ふふっ、そうですね。……いやしかし、本当にめでたい。光政殿も、婚礼の儀を支度せねばと仰ってましたし、また忙しくなりますな」
「……そんなことしなくていいのに」
「いえいえ、大事なことじゃないですか。婚礼衣装、どのようなものを召されますかな。よく似合わはるでしょうね」
「はぁ? そんなことしなきゃいけないのか? 絶対いやだね」

 千珠は心底面倒くさそうな顔をして、むうっと頬を膨らませた。幼い表情に柊が笑っていると、城門の下から「おーい」と舜海の声が聞こえてきた。

 見下ろすと、舜海が晴れやかな笑顔を浮かべて、二人を見上げている。

「そんなとこで堂々とさぼりかぁ? 平和やなぁ」
「さぼってない。お前と一緒にするな」
「阿呆、俺かてさぼってるわけちゃうわい! そろそろ剣術指南の時間やで。降りてこいよ」
「ああ、もうそんな時間か……」

 そんな当たり前のやりとりでさえ、千珠の胸はうずうずとくすぐったい。舜海がすぐそこにいるだけで、心が浮き立つようである。

 このあいだの交わりや、舜海にもらった言葉を思い出すと、なんとなく頬が熱くなる。気を取り直すようにきつく髪を結い直していると、横から生ぬるい視線を感じた。

 柊が、菩薩のような表情で千珠を見つめている。

「ふふ……よいですなぁ。幸せそうで何よりです。俺もそろそろ本気出さなあかんなぁ……」
「っ……何だよ気持ち悪い顔しやがって。気持ち悪いんだよ」
「……なにも二回も言わなくても。あぁ……ええですなぁ、春やなぁ……まだ冬やけど」
「うるさいうるさい。こっち見るな。俺はもう行くぞ」
「はいはい。……ふふっ、あまり無茶なことはしないようにしてくださいよ」
「なっ……何がだよ!」
「えぇ? 剣術指南のことですよ。変な意味じゃありません」
「ったく……」

 銀髪を高い位置で縛り、ふと舜海を見下ろしてみる。舜海は門を行き来する町人らと気軽に声をかわしながら、軽やかな笑い声をたてていた。その柔らかな表情を見つめているだけで、千珠の胸はほっこりと温まる。

「おーおー、舜海の顔も緩いですなぁ。ええんですか? あんなやつが番で」
「……いいんだよ。俺は、あいつがいいんだ」
「おっ! 珍しい! 千珠さまがのろけはった! 明日は桜が咲くんちゃうか!?」
「う、うるさい!! もう、俺は行くからな!!」

 千珠は真っ赤になって柊の膝に蹴りを食らわせると、ひょいと城門から飛び降りて、身軽に舜海の隣に舞い降りた。

 ぷりぷりと怒り顔の千珠を見て、舜海が小首を傾げた。城門の上では、柊がうずくまって微かに震えている。

「ん? どした、なんや怒ってんのか」
「怒ってない! 行くぞ!」
「? おう、行こか」

 舜海はにっと気持ちのいい笑顔を浮かべて、千珠の肩に手を回す。千珠はすげなくそれを払いのけ、さっさと先に立って歩き出した。

「……つれないやつやなぁ」
「うるさい。人目のあるところで俺に触るな」
「へいへい。まったく、かわいいなお前」
「黙れ」


 そんないつものやりとりでさえ、むずがゆいほどに幸せだ。


 愛おしき番をこっそりと見上げてみる。すると舜海は、すぐに優しい視線を返してくれる。


 秘めやかに視線を絡ませて、千珠はそっと、花のように微笑んだ。



   了
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