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第2章
3 我が家の事情
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あまり人付き合いが上手くない僕は、小学生の頃から特に親しい友達ができたことはない。
それは高校に上がった今も変わらなかった。
中学に上がるタイミングで心機一転しようと考えた僕は、頑張ってクラスメイトと話を合わせようとしたけれど、それは上手くはいかなかった。
相手にも気を遣わせてしまうし「なんだコイツ」といいたげな生ぬるい視線を浴びるのが苦痛で苦痛で——……次第に僕は、無理するのをやめたのだった。
そして今は自らひとりでいることを選んでいるつもりだったのに、誰かに『友達』と呼んでもらえる喜びは、思っていた以上に僕の胸に響いてしまった。
「あと、いまさら本条くん呼びとかやめろって。小学生の頃は俺のこと、澄斗って呼んでくれたじゃん」
「……そうだっけ」
「そーだよ! 覚えてないの? ひでー」
実際そこまで親しく名前を呼び合った記憶はないけれど……必要に駆られて名前を呼んだことくらいは何度かあったかもしれない。
ひどいといいつつもまるで不愉快さを見せず、カラッと笑っている澄斗の笑顔に、いつしか視線が吸い寄せられていた。
(い、いや……浮かれるな。人気者の澄斗は僕よりも友達のハードルが低いんだ。一言喋れば誰でも友達、みたいな感じなんだろ……?)
そう思いつつも心が揺れる。
友情に不慣れな僕はちょろいもので、硬く閉じていた心の扉がほんの少し開いてしまった。
(まぁ、少しくらいなら話してみてもいいか……)
僕は少しためらいつつ、事情を説明した。
「……うちの母親、入院してるんだ」
「えっ入院!? なにそれ、なんで? どうしたの!? ……病気?」
仰天して見せたあと澄斗ははっとしたように周りを見回し、上半身を屈めてひそひそと小声で尋ねてきた。
「病気ではないよ。骨折」
「骨折? なにがあったんだ?」
「駅の階段で、大荷物のおばあさんの手伝いをしてたらしいんだ。でも、そのときちょうど電車がきて階段が混み合ってきて、人混みをよけようとしてふらついて転落……みたいな感じ」
「えええ?」
澄斗がなんともいえない顔をしている。
病院に駆けつけて母さんからこの話をきいたときの僕と同じ顔だ。
人助けをしていたところに群衆が押し寄せて階段から転落し、母さんは太ももの付け根——大腿骨鼠蹊部というところを骨折してしまった。 誰かとぶつかったわけではなく、ふらついて自ら転落したらしい。
しかもかなりの重症だったらしく搬送先の病院で手術することになり、そのまましばらく入院することになった。
足の骨折も一大事だが、頭を打ってなくて良かった。
母さんが死ななくて良かったと安堵して目を潤ませる僕とは対照的に、母さんはカラッとしたものだった。
「ちょっと仕事しすぎてたのかも。ちょっとのんびりするいい機会だわ」と笑って、僕の頭をポンポンと撫でるのだ。
「そんなわけで僕、今は一人暮らしみたいな感じなんだよ」
「え? 他に家族は?」
「父親はずーっと前に離婚してるらしくて、ずっと母さんとばあちゃんと三人暮らしだったんだ。ばあちゃんが二年前に死んじゃってからは、ふたり暮らし」
「そっか……そうだったんだ」
母さんはフルタイムでバリバリ働き、祖母が主に育児を担当して、ふたりで僕を育ててくれていた。
祖母が亡くなったあと、母さんは『これまでおばあちゃんに甘えすぎてたわね』といって不器用ながらも料理洗濯などの家事をこなしつつ、これまで通り仕事もしていた。
——きっとその無理がたたったのだと思う。
母さんは、いつも笑顔でパワフルにいろんなことをこなす人だった。僕が手伝おうとしても「大丈夫大丈夫! 母親らしいことちゃんとしたいし!」といって家事もすべてやろうとしていた。
僕は、そんな母さんに甘えきっていたのだ。
それが間違いだったと気付くのが、遅すぎた。
「退院してもしばらくは自由に動けないと思うんだ。僕がもっと家事とか料理とかできるようになっとかないと、これからが大変だろ?」
「うん……そうだね」
「そういうわけで、簡単な野菜炒めくらいはできなきゃなーと思ってチャレンジしてみたんだけど……あのざまってわけ」
軽い口調でそう言うと、澄斗はため息をついて腕組みをした。
急な沈黙がなんだか怖い。
それは高校に上がった今も変わらなかった。
中学に上がるタイミングで心機一転しようと考えた僕は、頑張ってクラスメイトと話を合わせようとしたけれど、それは上手くはいかなかった。
相手にも気を遣わせてしまうし「なんだコイツ」といいたげな生ぬるい視線を浴びるのが苦痛で苦痛で——……次第に僕は、無理するのをやめたのだった。
そして今は自らひとりでいることを選んでいるつもりだったのに、誰かに『友達』と呼んでもらえる喜びは、思っていた以上に僕の胸に響いてしまった。
「あと、いまさら本条くん呼びとかやめろって。小学生の頃は俺のこと、澄斗って呼んでくれたじゃん」
「……そうだっけ」
「そーだよ! 覚えてないの? ひでー」
実際そこまで親しく名前を呼び合った記憶はないけれど……必要に駆られて名前を呼んだことくらいは何度かあったかもしれない。
ひどいといいつつもまるで不愉快さを見せず、カラッと笑っている澄斗の笑顔に、いつしか視線が吸い寄せられていた。
(い、いや……浮かれるな。人気者の澄斗は僕よりも友達のハードルが低いんだ。一言喋れば誰でも友達、みたいな感じなんだろ……?)
そう思いつつも心が揺れる。
友情に不慣れな僕はちょろいもので、硬く閉じていた心の扉がほんの少し開いてしまった。
(まぁ、少しくらいなら話してみてもいいか……)
僕は少しためらいつつ、事情を説明した。
「……うちの母親、入院してるんだ」
「えっ入院!? なにそれ、なんで? どうしたの!? ……病気?」
仰天して見せたあと澄斗ははっとしたように周りを見回し、上半身を屈めてひそひそと小声で尋ねてきた。
「病気ではないよ。骨折」
「骨折? なにがあったんだ?」
「駅の階段で、大荷物のおばあさんの手伝いをしてたらしいんだ。でも、そのときちょうど電車がきて階段が混み合ってきて、人混みをよけようとしてふらついて転落……みたいな感じ」
「えええ?」
澄斗がなんともいえない顔をしている。
病院に駆けつけて母さんからこの話をきいたときの僕と同じ顔だ。
人助けをしていたところに群衆が押し寄せて階段から転落し、母さんは太ももの付け根——大腿骨鼠蹊部というところを骨折してしまった。 誰かとぶつかったわけではなく、ふらついて自ら転落したらしい。
しかもかなりの重症だったらしく搬送先の病院で手術することになり、そのまましばらく入院することになった。
足の骨折も一大事だが、頭を打ってなくて良かった。
母さんが死ななくて良かったと安堵して目を潤ませる僕とは対照的に、母さんはカラッとしたものだった。
「ちょっと仕事しすぎてたのかも。ちょっとのんびりするいい機会だわ」と笑って、僕の頭をポンポンと撫でるのだ。
「そんなわけで僕、今は一人暮らしみたいな感じなんだよ」
「え? 他に家族は?」
「父親はずーっと前に離婚してるらしくて、ずっと母さんとばあちゃんと三人暮らしだったんだ。ばあちゃんが二年前に死んじゃってからは、ふたり暮らし」
「そっか……そうだったんだ」
母さんはフルタイムでバリバリ働き、祖母が主に育児を担当して、ふたりで僕を育ててくれていた。
祖母が亡くなったあと、母さんは『これまでおばあちゃんに甘えすぎてたわね』といって不器用ながらも料理洗濯などの家事をこなしつつ、これまで通り仕事もしていた。
——きっとその無理がたたったのだと思う。
母さんは、いつも笑顔でパワフルにいろんなことをこなす人だった。僕が手伝おうとしても「大丈夫大丈夫! 母親らしいことちゃんとしたいし!」といって家事もすべてやろうとしていた。
僕は、そんな母さんに甘えきっていたのだ。
それが間違いだったと気付くのが、遅すぎた。
「退院してもしばらくは自由に動けないと思うんだ。僕がもっと家事とか料理とかできるようになっとかないと、これからが大変だろ?」
「うん……そうだね」
「そういうわけで、簡単な野菜炒めくらいはできなきゃなーと思ってチャレンジしてみたんだけど……あのざまってわけ」
軽い口調でそう言うと、澄斗はため息をついて腕組みをした。
急な沈黙がなんだか怖い。
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