初恋のレシピは、きみと

餡玉(あんたま)

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第3章 

2 ほんとに来た

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「お疲れ、郁也。ほんとに来ちゃったけど大丈夫?」
「え、うん、はい……どうぞ」
「これ、買ってきた食材ね」
 
 制服姿でスポーツバッグを斜めがけにして、手にはスーパーのビニール袋。

 男子高校生が——それも、どちらかというと街で夜まで遊んでそうに見えるタイプの男子高校生には似合わないそれを得意げに持ち上げ、澄斗は僕に手渡した。 

 どぎまぎしながらスーパーの袋を受け取って「あり、ありがとうございます……」と出迎えた声は、緊張のあまり小刻みに震えている。
 
「どういたしまして。ひき肉安かったからハンバーグにしようと思ってんだけど、いい?」
「は、ハンバーグ!? うん、うん、もちろん!」
「好きなの? ハンバーグ」
「うん、大好きだよ。一番好きな食べ物かも」

 実際、小さい頃からハンバーグは大好物だった。
 母さんが料理を担当するようになってからは外食や惣菜を買ってきての夕飯が増えているのだが、そういうときも僕はハンバーグを選ぶ。
  
 よほど嬉しそうな顔をしていたのだろうか。
 澄斗は眉を緩めてどこか安堵したように微笑んだ。

「そっか、よかった! お腹空いてるだろ、すぐに作るよ」
「え、いやそんな、急がなくてもいいよ。……あ、キッチンはこちらでして」
「ちょ、なんで敬語?」

 いまだ緊張が解けないせいで口調がおかしくなってしまった。
 買い物袋を抱えて、僕はいそいそと澄斗をキッチンに案内した。
 
 普段、母さんと僕のふたりしかいない部屋の中に澄斗がいる。不思議なことに、家の中が急に明るくなったように僕は感じた。

(すごいなあ、イケメンは身に纏う空気までキラキラしてるのかぁ……)

 緊張を紛らわせるためにつまらないことを考えていると、さっき大掃除したばかりの我が家のキッチンに入った澄斗が、感心したように呟いた。
   
「へえ、きれいにしてんじゃん」
「いや……まあ。そんなに使ってないからかな。昨日も結局、夕飯は冷凍チャーハンで済ませちゃったし」
「は? それだけ!? だめだよ、栄養が偏っちゃうだろ!」
「大丈夫だろ、だってチャーハンってみじん切りの野菜っぽいもの入ってるし」
「そりゃそうだけど、足りないって! 野菜も買ってきといてよかったよ、ほら郁也も手伝って」
「あ、はい!」
 
 澄斗はさっと腕まくりをして手を洗い、てきぱきと買ってきたものをキッチンの作業台に並べてゆく。動きにまったく無駄がなく、本当に手慣れているのがよくわかった。
 
 唇に微笑みを浮かべたまま作業をすすめていく澄斗の姿は、まるでテレビの中で活躍するシェフみたいで格好が良い。
 ついつい見惚れてしまいそうになっていると……澄斗が不意に指示を飛ばしてきた。

「ザルはある? レタスをちぎっといてほしいんだけど」
「ザ、ザル!? えーと……ザル、ザルは確かここに……あった!」
「ミニトマトもあるから、一緒に洗っといて」
「う、うん」

 それくらいのことは余裕だ。
 僕はぺりぺりとレタスの葉を一枚一枚剥がし、ちぎってザルに入れていく。……という、幼稚園児でもできそうな手伝いをやっている僕の隣で、澄斗は玉ねぎを超高速でみじん切りし始めた。

 そのあまりの速さと手際のよさに仰天した僕は、思わず「は!? すご……!!」と声を上げていた。

「は、速い……っ。嘘だろ、速すぎる……!」
「えぇ? そんなに驚くこと?」
「そりゃ驚くだろ! 人間業じゃない……」
「あははっ、大袈裟すぎじゃん!」

 そう言って笑ってはいるが、澄斗の表情はどこか得意げだ。
 気づけば僕は、レタスそっちのけで澄斗の手元を見つめていた。

「フライパンどこ? あと油も」
「あっ、はい! ここ、ここにある!」
「サンキュ」

 玉ねぎのみじん切りを終えたあと、澄斗はフライパンに油を少量垂らして熱し、玉ねぎを炒めはじめた。
 真っ白な玉ねぎを炒めていくと、だんだん茶色っぽくなっていくのを初めて知った。これが噂に聞く『飴色たまねぎ』というやつか。

 なんだか香ばしくて、甘い。玉ねぎだけを炒めているとは思えないほどのいい香りが、無機質のかたまりみたいだった我が家のキッチンに漂い始める。
 
 フライパンの火を消し、澄斗はボウルにひき肉を入れた。
 そしてさっさと軽く塩胡椒をふり、そこに卵を落としてひき肉をこね始める。
 
 赤色ようなピンク色のようなひき肉を捏ねる白い指が、握ったり開いたりと手早く動く。
 あっという間に、パラパラだったひき肉がひとまとまりになっていった。
 
「わ~……ハンバーグってこんなふうにできていくんだ」
「ここにスパイスとか入れると、肉の臭みが消えてもっと美味しくなるんだけど……」
「スパイス? うちにはそんなスゴイものはないなあ」
「だよね。ま、なくても全然大丈夫! ていうか……そんなに見つめられると、ちょっと恥ずかしいかも」

 ひき肉をボウルの中でひと塊りにまとめたあとに泡で手を洗いながら、澄斗がこっちを見て苦笑した。
 
「ああ……ごめんごめん。だって、すごくて。澄斗、ほんとに料理うまいんだ」
「へへ、まあね~」
「きっと澄斗のお母さんも料理上手なんだろうなぁ。うちとは大違いだね」
「……」

 てっきりいつものように軽い返事が聞こえてくると思ったのだが、澄斗はなぜか無言だった。

 怪訝に思った僕が見上げると、澄斗は取り繕うようにニコッと笑った。
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