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第3章
3 勢いで頼んだことは……
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「ところで、郁也んちってすごい便利なとこにあるんだな」
澄斗はさらりと話題を変え、窓から見える夕暮れ時の景色に目をやった。
「あ……うん、電車の時間ギリギリまで寝てられるからって理由で選んだらしい」
「ははっ、確かに。ここからなら一分で電車に乗れるね」
僕の家は駅のそばに建つマンションの八階にある。
通勤にも通学にも便利だし、駅ビルにはスーパーやコンビニ、病院なども勢ぞろいだ。
なのでその日食べるものには困らないといえば困らないのだが、外食はお金がかかる。カロリーもきっと高いだろうから、こういう生活をつづけていたらおそらくメタボ一直線……それは、困る。
それに、病院から帰ってきた母さんにはちゃんと栄養のあるものをとってほしい。
となると、まずは食生活の見直しだ。
骨を強くしたり疲れがちゃんと取れるような食事を心がけて……と、考えてはみるものの実践するには途方もなく高いハードルを越えねばならないことに僕は気づいた。
料理未経験の僕が目の前に聳えるチョモランマを越えようとしても無理な話だ。
不器用な僕が一から料理を独学でなんとかできるわけがない。
母さんが入院して二週間。これまでに僕はすでに、多くの間違いを犯してきた。
まず、初めての炊飯にチャレンジ。
米をどう計ればいいのかわからず炊飯器の釜に表示された二合の線まで米を入れ——……あえなく失敗。(ちなみにあとからスマホで調べて白ごはんは炊けるようになった)
目玉焼きを作ろうとしたら黄身が破れ、スクランブルエッグにしようと考えた。
が、スクランブルエッグにしようとしたら炒めすぎてしまい、卵をフライパンの焦げにしてしまった。
そして学校では回鍋肉をキャンプファイヤーと化した……
(このままじゃいけないよなあ……)
レタス千切りに戻った僕は、ちらりと澄斗を横目で窺った。気づけば澄斗は、小鍋でコンソメスープを作っている。(いつの間に鍋の場所を把握したのだろう)
キッチンに立つ澄斗の口元に浮かぶのは余裕の笑み。手際もいいし、調理器具の扱いにもすごく慣れているようだ。
自分で言うだけあって澄斗は本当に料理が得意なのだろうし、調理すること自体も楽しそうに見える。
作業の合間にぱぱっとまな板や包丁を洗っている澄斗の手捌きを見て——……僕は、決意した。
「ねえ、澄斗」
「ん?」
「あのさ……僕に、料理を教えてくれないかな」
今まさに包丁の泡を洗い流していた澄斗が、こっちを見た。
僕はずいっと澄斗ににじり寄る。
「僕、澄斗みたいに料理ができるようになりたい。ずっと母さんに甘えっぱなしだったけど、これからは、もっと頼ってもらえるようになりたいんだ! 僕がこのままだったら、僕ら親子は外食ばかりでメタボまっしぐらだと思う。母さんはただでさえ丸いのに、これ以上太っちゃったら身体が重くなってまた骨折するかもしれない……! でも、でもせめて僕が野菜炒めとか、カレーとか、味噌汁とかを美味しく作れるようになったらそういう状況は避けられるかもしれないから……!!」
積もり積もった危機感とあいまってものすごい早口になってしまった。
きょとんと見開かれたアーモンド型の目を食い入るように見つめていると——……澄斗が、ふっと優しい笑顔になった。
「ん、もちろんいいよ」
「ほ、ほんと……!?」
「ああ、俺で良ければ。ぜひ」
「わあ……」
なんということだ。こんなにも図々しい願いを、澄斗はすんなり聞き入れてくれた……!
小学生の頃から、僕が持たないものを当然のように手にしている澄斗に苦手意識を持っていたが、実はすごくいいやつだったのかもしれない。
向こうから気さくに声をかけてくることがあっても、カースト上位の取り巻きたちに蔑んだ目で見られるのがいやで、ずっとずっと澄斗を敬遠していたけれど……
感動のあまり目をうるうるに輝かせていると、澄斗の手が僕の肩にそっと触れた。
「ごめん、包丁……しまっていいかな。あと、近いかも」
我に返ってみると、僕は真下から澄斗に迫るような格好になっている。
うっすら頬を染めて目を逸らしている澄斗から慌てて距離を取り、握りしめたままだったレタスをそっとザルの中へ……やばい、レタスが粉々だ。
「ご……ご、ごめん、つい。……本当にいいの?」
「当たり前だよ。俺も、郁也に頼ってもらえて嬉しいし」
そう言って、澄斗は頬を赤らめたまま微笑んだ。
見た目はチャラ男のくせに、そのはにかむような笑顔が思いのほか可愛くて、僕は思わずどきりとしてしまう。
(う、うれしい……? 僕なんかにこんな面倒な頼みごとをされてるのに……?)
ああそうか、気を遣ってくれているのか。
つくづく、なんて優しいやつなんだろう……
家庭の事情で困っている僕に手を差し伸べてくれた上に、僕が引け目を感じないで済むようにやわらかい言葉を添えてくれたに違いない。
(ごめんよ、僕はずっと澄斗のことを誤解してたみたいだ……)
ありがたすぎて思わず合掌だ。
すると澄斗は「いやいや、なに拝んでんの」と笑っている。
「よーし! じゃあさっそく、いっしょにハンバーグの成形やってみよっか」
「せいけい……あ、丸めるの? それくらいならできるはず!」
そうだ、タネを丸めるくらいなら僕にだってできる——!
張り切って袖をまくり、鼻の穴を膨らませていると、澄斗がすっと人差し指を立てた。
「丸めるのもコツがいるんだ。中の空気をうまく抜いておかないと、焼いてるときに破裂しちゃうことがある」
「は、破裂?」
「まずはタネを作っちゃうね。さっき炒めた玉ねぎを挽肉に入れて、こう……手をグーパーするように捏ねていきまーす」
「うんうん」
唐突に始まった料理教室だ。僕は身を乗り出して澄斗の手元を覗き込む。
澄斗が説明するたび深く頷き、言われた通りにぺちーんと手のひらにハンバーグを叩きつけるも——……いけない、ひき肉を作業台に撒き散らしてしまった。
またしてもやらかしてしまい、顔からサッと血の気が引く。でも澄斗は終始楽しげに笑っていて、僕を叱りはしなかった。
思いのほか、和やかで楽しい時間がすぎてゆく。
澄斗はさらりと話題を変え、窓から見える夕暮れ時の景色に目をやった。
「あ……うん、電車の時間ギリギリまで寝てられるからって理由で選んだらしい」
「ははっ、確かに。ここからなら一分で電車に乗れるね」
僕の家は駅のそばに建つマンションの八階にある。
通勤にも通学にも便利だし、駅ビルにはスーパーやコンビニ、病院なども勢ぞろいだ。
なのでその日食べるものには困らないといえば困らないのだが、外食はお金がかかる。カロリーもきっと高いだろうから、こういう生活をつづけていたらおそらくメタボ一直線……それは、困る。
それに、病院から帰ってきた母さんにはちゃんと栄養のあるものをとってほしい。
となると、まずは食生活の見直しだ。
骨を強くしたり疲れがちゃんと取れるような食事を心がけて……と、考えてはみるものの実践するには途方もなく高いハードルを越えねばならないことに僕は気づいた。
料理未経験の僕が目の前に聳えるチョモランマを越えようとしても無理な話だ。
不器用な僕が一から料理を独学でなんとかできるわけがない。
母さんが入院して二週間。これまでに僕はすでに、多くの間違いを犯してきた。
まず、初めての炊飯にチャレンジ。
米をどう計ればいいのかわからず炊飯器の釜に表示された二合の線まで米を入れ——……あえなく失敗。(ちなみにあとからスマホで調べて白ごはんは炊けるようになった)
目玉焼きを作ろうとしたら黄身が破れ、スクランブルエッグにしようと考えた。
が、スクランブルエッグにしようとしたら炒めすぎてしまい、卵をフライパンの焦げにしてしまった。
そして学校では回鍋肉をキャンプファイヤーと化した……
(このままじゃいけないよなあ……)
レタス千切りに戻った僕は、ちらりと澄斗を横目で窺った。気づけば澄斗は、小鍋でコンソメスープを作っている。(いつの間に鍋の場所を把握したのだろう)
キッチンに立つ澄斗の口元に浮かぶのは余裕の笑み。手際もいいし、調理器具の扱いにもすごく慣れているようだ。
自分で言うだけあって澄斗は本当に料理が得意なのだろうし、調理すること自体も楽しそうに見える。
作業の合間にぱぱっとまな板や包丁を洗っている澄斗の手捌きを見て——……僕は、決意した。
「ねえ、澄斗」
「ん?」
「あのさ……僕に、料理を教えてくれないかな」
今まさに包丁の泡を洗い流していた澄斗が、こっちを見た。
僕はずいっと澄斗ににじり寄る。
「僕、澄斗みたいに料理ができるようになりたい。ずっと母さんに甘えっぱなしだったけど、これからは、もっと頼ってもらえるようになりたいんだ! 僕がこのままだったら、僕ら親子は外食ばかりでメタボまっしぐらだと思う。母さんはただでさえ丸いのに、これ以上太っちゃったら身体が重くなってまた骨折するかもしれない……! でも、でもせめて僕が野菜炒めとか、カレーとか、味噌汁とかを美味しく作れるようになったらそういう状況は避けられるかもしれないから……!!」
積もり積もった危機感とあいまってものすごい早口になってしまった。
きょとんと見開かれたアーモンド型の目を食い入るように見つめていると——……澄斗が、ふっと優しい笑顔になった。
「ん、もちろんいいよ」
「ほ、ほんと……!?」
「ああ、俺で良ければ。ぜひ」
「わあ……」
なんということだ。こんなにも図々しい願いを、澄斗はすんなり聞き入れてくれた……!
小学生の頃から、僕が持たないものを当然のように手にしている澄斗に苦手意識を持っていたが、実はすごくいいやつだったのかもしれない。
向こうから気さくに声をかけてくることがあっても、カースト上位の取り巻きたちに蔑んだ目で見られるのがいやで、ずっとずっと澄斗を敬遠していたけれど……
感動のあまり目をうるうるに輝かせていると、澄斗の手が僕の肩にそっと触れた。
「ごめん、包丁……しまっていいかな。あと、近いかも」
我に返ってみると、僕は真下から澄斗に迫るような格好になっている。
うっすら頬を染めて目を逸らしている澄斗から慌てて距離を取り、握りしめたままだったレタスをそっとザルの中へ……やばい、レタスが粉々だ。
「ご……ご、ごめん、つい。……本当にいいの?」
「当たり前だよ。俺も、郁也に頼ってもらえて嬉しいし」
そう言って、澄斗は頬を赤らめたまま微笑んだ。
見た目はチャラ男のくせに、そのはにかむような笑顔が思いのほか可愛くて、僕は思わずどきりとしてしまう。
(う、うれしい……? 僕なんかにこんな面倒な頼みごとをされてるのに……?)
ああそうか、気を遣ってくれているのか。
つくづく、なんて優しいやつなんだろう……
家庭の事情で困っている僕に手を差し伸べてくれた上に、僕が引け目を感じないで済むようにやわらかい言葉を添えてくれたに違いない。
(ごめんよ、僕はずっと澄斗のことを誤解してたみたいだ……)
ありがたすぎて思わず合掌だ。
すると澄斗は「いやいや、なに拝んでんの」と笑っている。
「よーし! じゃあさっそく、いっしょにハンバーグの成形やってみよっか」
「せいけい……あ、丸めるの? それくらいならできるはず!」
そうだ、タネを丸めるくらいなら僕にだってできる——!
張り切って袖をまくり、鼻の穴を膨らませていると、澄斗がすっと人差し指を立てた。
「丸めるのもコツがいるんだ。中の空気をうまく抜いておかないと、焼いてるときに破裂しちゃうことがある」
「は、破裂?」
「まずはタネを作っちゃうね。さっき炒めた玉ねぎを挽肉に入れて、こう……手をグーパーするように捏ねていきまーす」
「うんうん」
唐突に始まった料理教室だ。僕は身を乗り出して澄斗の手元を覗き込む。
澄斗が説明するたび深く頷き、言われた通りにぺちーんと手のひらにハンバーグを叩きつけるも——……いけない、ひき肉を作業台に撒き散らしてしまった。
またしてもやらかしてしまい、顔からサッと血の気が引く。でも澄斗は終始楽しげに笑っていて、僕を叱りはしなかった。
思いのほか、和やかで楽しい時間がすぎてゆく。
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