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第5章
3 感動とモヤモヤ
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「そういえば、お母さんの具合はどう?」
「おかげさまで、術後の経過は順調みたいだよ。リバビリが少しずつ始まってて、毎日苦痛だって」
「ははっ、そっか。でも、元通り歩けるように頑張ってもらわないとだしなー」
「本当だよ」
頬杖をついてにこにこしながらうちの母親を気遣ってくれる澄斗だ。またしても「なになに!? 郁也くんのお母さんなんかあったん?」と食いついてくる悠巳くんにめんどくさそうに事情を説明しながら、澄斗はすっと立ち上がった。
「さーてと、じゃあ始めよっか。これ、郁也のエプロンね」
「いいの? ありがとう」
「悠巳のはこれ。試食係っていってたけど、一応」
「お、サンキュー。洗いもんでもしてよか?」
悠巳くんのは黒いエプロンで、僕に渡されたのはまっさらな白いエプロンだ。まさか新品なのだろうか、まだ布地がパリッとしている。借り物なのに汚したらどうしよう。
不安を感じつつ紐に頭をくぐらせると、背後に回った澄斗が腰紐を括ってくれた。背中がなんだかくすぐったい。
「あ、ありがとう。でも、このエプロンきれいすぎない? 汚しちゃうかも……」
「全然! 汚したらいいんだよ、そのためのものなんだし」
「でも、こんな高そうなやつ……」
「いいからいいから。すげー似合うよ、シェフみたいでかっこいいじゃん!」
わかりやすすぎるお世辞を言われて一瞬きょとんとなったものの……裏表のない笑顔で褒められると嬉しかった。
あとからじわじわと照れくささが込み上げてきて、頬がじわっと熱くなる。
「い……いやいや、なにいってんだよ。こんなどんくさいシェフなんてどこにも……」
「前から言おうと思ってたんだけどさぁ。郁也、自分のことをどんくさいなんて言わないほうがいいよ」
「へ?」
澄斗はグレーのしゃれたエプロンを慣れた手つきで手早く身につけ、いやに真剣な顔で僕を見た。
「人間、不慣れなことがあるのは当たり前だだろ? 得手不得手なんて誰にでもあるもんだし」
「う、うん……」
「料理は特にそうだよ。やろうとしなけりゃできないし。誰かのためにちゃんとやろうとしたら、かなり難しいものだと思う」
「……そう、かなあ」
「そうだよ。だからさ、無理せずちょっとずつ覚えていこーぜ」
そう言って、澄斗は明るく微笑んだ。
だめな僕を包み込んで肯定しようとしてくれているのがわかる。不器用でドジでこれといって秀でたところの一つもない僕を……
こんなふうにわかりやすく人に優しくされたのは初めてかもしれない。嬉しさと居心地の悪さがごっちゃになって、どういう顔をしていればいいのかわからなかった。
「……あ、ありがとう」
「うん。さ、やるか!」
なんだか胸がいっぱいで、僕は頷くことしかできなかった。
無言で手を洗いながら深呼吸をして、どうにか騒がしい胸を落ち着けていると……
「………ほぇ~。なんかめっちゃええ雰囲気やん……」
悠巳くんの感極まったような声が聞こえてくる。
そういえば、彼もキッチンの中にいたんだった。存在を忘れていた。
「澄斗、郁也くんにはめっちゃ優しいやん。そんな顔してんの学校じゃ見たことないわ」
「えっ? そうかぁ?」
「そうやって。冴島あたりに見られたら嫉妬されてまいそうな、ええ空気やったわ……」
興味津々といった表情をした悠巳くんに、澄斗は「そういうこと言うなって」とまた釘を刺している。
(冴島さん? ……ああ、澄斗のそばにいつもくっついてるギャルっぽいあの子か)
冴島さんと澄斗は何かあるのだろうか。
嫉妬されるということは、付き合っているのかな?
いや、澄斗の表情を見るとそういう感じじゃはない。ま、まさか、いわゆるカラダだけの関係とか……そういう、ちょっとアダルトな関係だったり……?
(……って、僕はいったいなにを考えてるんだ!? ありえない、なんてゲスなことを……!!)
付き合っている女の子のひとりやふたりいるに違いないと思っていた。なのに、なぜだろう。胸の奥に、小さなモヤモヤが浮かんでこびりついている。
変なことを考えてしまったのはそのせいか。必死でそのモヤモヤを消し去ろうとするけれど、ひとたび生まれたそれは小さくなるどころかますます大きくなっていくようで、落ち着かない。
なんだこの感情は。胸の中がざわついて気持ちが悪い。
この未経験の感覚を振り払うべく、僕は思わず声を張った。
「あ、あの!! 今日のメニューは親子丼ってことでいいんだよね!!??」
場違いなほどの大声が出てしまった。……恥ずかしい、ちょっと色恋の話が出ただけで動揺してしまうなんて……
だが、空気は変わった。
澄斗は「ああ、うん、予定通りだよ」といって調理の準備にかかり、悠巳くんは伸びをしつつ「親子丼、ええやん。俺も大好きやで。卵はトロトロのやつがええな」といってキッチンに入ってくる。
右に澄斗、左に御子柴くん。男子高校生が三人並んでも余裕の広さだ。
「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします」
モヤモヤを抱えつつ両脇を長身のイケメンに挟まれて、僕の料理レッスンは始まった。
「おかげさまで、術後の経過は順調みたいだよ。リバビリが少しずつ始まってて、毎日苦痛だって」
「ははっ、そっか。でも、元通り歩けるように頑張ってもらわないとだしなー」
「本当だよ」
頬杖をついてにこにこしながらうちの母親を気遣ってくれる澄斗だ。またしても「なになに!? 郁也くんのお母さんなんかあったん?」と食いついてくる悠巳くんにめんどくさそうに事情を説明しながら、澄斗はすっと立ち上がった。
「さーてと、じゃあ始めよっか。これ、郁也のエプロンね」
「いいの? ありがとう」
「悠巳のはこれ。試食係っていってたけど、一応」
「お、サンキュー。洗いもんでもしてよか?」
悠巳くんのは黒いエプロンで、僕に渡されたのはまっさらな白いエプロンだ。まさか新品なのだろうか、まだ布地がパリッとしている。借り物なのに汚したらどうしよう。
不安を感じつつ紐に頭をくぐらせると、背後に回った澄斗が腰紐を括ってくれた。背中がなんだかくすぐったい。
「あ、ありがとう。でも、このエプロンきれいすぎない? 汚しちゃうかも……」
「全然! 汚したらいいんだよ、そのためのものなんだし」
「でも、こんな高そうなやつ……」
「いいからいいから。すげー似合うよ、シェフみたいでかっこいいじゃん!」
わかりやすすぎるお世辞を言われて一瞬きょとんとなったものの……裏表のない笑顔で褒められると嬉しかった。
あとからじわじわと照れくささが込み上げてきて、頬がじわっと熱くなる。
「い……いやいや、なにいってんだよ。こんなどんくさいシェフなんてどこにも……」
「前から言おうと思ってたんだけどさぁ。郁也、自分のことをどんくさいなんて言わないほうがいいよ」
「へ?」
澄斗はグレーのしゃれたエプロンを慣れた手つきで手早く身につけ、いやに真剣な顔で僕を見た。
「人間、不慣れなことがあるのは当たり前だだろ? 得手不得手なんて誰にでもあるもんだし」
「う、うん……」
「料理は特にそうだよ。やろうとしなけりゃできないし。誰かのためにちゃんとやろうとしたら、かなり難しいものだと思う」
「……そう、かなあ」
「そうだよ。だからさ、無理せずちょっとずつ覚えていこーぜ」
そう言って、澄斗は明るく微笑んだ。
だめな僕を包み込んで肯定しようとしてくれているのがわかる。不器用でドジでこれといって秀でたところの一つもない僕を……
こんなふうにわかりやすく人に優しくされたのは初めてかもしれない。嬉しさと居心地の悪さがごっちゃになって、どういう顔をしていればいいのかわからなかった。
「……あ、ありがとう」
「うん。さ、やるか!」
なんだか胸がいっぱいで、僕は頷くことしかできなかった。
無言で手を洗いながら深呼吸をして、どうにか騒がしい胸を落ち着けていると……
「………ほぇ~。なんかめっちゃええ雰囲気やん……」
悠巳くんの感極まったような声が聞こえてくる。
そういえば、彼もキッチンの中にいたんだった。存在を忘れていた。
「澄斗、郁也くんにはめっちゃ優しいやん。そんな顔してんの学校じゃ見たことないわ」
「えっ? そうかぁ?」
「そうやって。冴島あたりに見られたら嫉妬されてまいそうな、ええ空気やったわ……」
興味津々といった表情をした悠巳くんに、澄斗は「そういうこと言うなって」とまた釘を刺している。
(冴島さん? ……ああ、澄斗のそばにいつもくっついてるギャルっぽいあの子か)
冴島さんと澄斗は何かあるのだろうか。
嫉妬されるということは、付き合っているのかな?
いや、澄斗の表情を見るとそういう感じじゃはない。ま、まさか、いわゆるカラダだけの関係とか……そういう、ちょっとアダルトな関係だったり……?
(……って、僕はいったいなにを考えてるんだ!? ありえない、なんてゲスなことを……!!)
付き合っている女の子のひとりやふたりいるに違いないと思っていた。なのに、なぜだろう。胸の奥に、小さなモヤモヤが浮かんでこびりついている。
変なことを考えてしまったのはそのせいか。必死でそのモヤモヤを消し去ろうとするけれど、ひとたび生まれたそれは小さくなるどころかますます大きくなっていくようで、落ち着かない。
なんだこの感情は。胸の中がざわついて気持ちが悪い。
この未経験の感覚を振り払うべく、僕は思わず声を張った。
「あ、あの!! 今日のメニューは親子丼ってことでいいんだよね!!??」
場違いなほどの大声が出てしまった。……恥ずかしい、ちょっと色恋の話が出ただけで動揺してしまうなんて……
だが、空気は変わった。
澄斗は「ああ、うん、予定通りだよ」といって調理の準備にかかり、悠巳くんは伸びをしつつ「親子丼、ええやん。俺も大好きやで。卵はトロトロのやつがええな」といってキッチンに入ってくる。
右に澄斗、左に御子柴くん。男子高校生が三人並んでも余裕の広さだ。
「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします」
モヤモヤを抱えつつ両脇を長身のイケメンに挟まれて、僕の料理レッスンは始まった。
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