初恋のレシピは、きみと

餡玉(あんたま)

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第5章 

5 御子柴くんはよくしゃべる2

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「あっ……すまん。卵割っといたろと思ったんやけど、失敗してもた……」

 見ると、御子柴くんの手の中で卵が割れている。
 ガラスのボウルに卵を割り入れようとしていたらしいのだが、黄身も白身も細かい殻もいっしょくたに混ざっていた。

「うわっ、悠巳! 何やってんだよ」
「ごめんて。すぐ殻だけ出すし」
「悠巳、卵割ったことあんの? どうやればこんな大惨事に……」
「うっさいな。卵くらい割れるっちゅーねん」

 言っているそばから、二個目の卵が逝った。今度はボウルの縁に強くぶつけすぎてしまったらしく、ボウルの外で卵が潰れている。僕以上に不器用そうな人がこんなところにいたとは……

「うわー! バカ、何やってんだよっ」
「あかん……力加減がわからへん」
「えーと布巾布巾……あ、全部洗濯してるんだった。取ってくるからちょっと待ってろ!」
「すんません……」
 
 僕が何をしてもベタ褒めしていた澄斗だが、悠巳くんにはずいぶん辛口だ。
 パタパタとスリッパの足音を響かせてリビングから澄斗が出て行ってしまい、僕はしょぼんとしている悠巳くんの肩をポンと叩いた。

「ドンマイ」
「うん……ありがとう。郁也くんは優しいな」
「まあ、僕もそうとう不器用だから……」
「料理の『り』の字もやったことないからな~俺。郁也くんはお母さんのためなんやろ? 偉いなあ」
「あはは……まあね」
 
 気を取り直して、僕は玉ねぎのくし切りに戻ることにした。だが、相変わらず胸の奥でモヤモヤした微妙な感情はそのままだ。
 
(澄斗はいないし、世間話みたいな感じで、さりげなく聞いてみようかな……)

 澄斗に恋人はいるのか。それは冴島さんなのか……本人に聞けばいいのだが、澄斗を前にしてしまうとうまく質問できない気がする。

(ずるいかもしれないけど、悠巳くんとふたりきりのあいだに、さらっとだけ聞いてみよう……!)

「さっきいってた冴島さんて……澄斗の彼女、なの?」
「え? いや、付き合ってはないみたいやけど? 気になる?」

 悠巳くんが、質問に質問で返してきた。僕は少したじろいだが……ここは素直に、ひとつ頷く。

「まあ、ちょっとは……。僕はそういうの縁がないから、どうなのかなーって」
「そか。まあいうたら、冴島さんの片想いっぽい感じかな」
「片想いかぁ……」
「まぁまぁ可愛いしおっぱいでかくてええんちゃうかなて俺は思ってんねんけど、澄斗の趣味とはちゃうっぽいねんな」
「お、っぱい……」

 突然の下ネタ気味な話題に、僕は思わず硬直してしまった。

 男友達との年齢相応なやりとりに不慣れすぎて、こういうときにどういう反応を示せば正解なのかがわからない。

 ここは笑うところなのか? それとも下ネタなんか普通に嗜んでますけど? みたいな顔でサラッと流すとこ?

 反応に迷っていたら、さらなる追加情報が悠巳くんからもたらされた。

「それに澄斗な、最近みょ~に気になってる子おるみたいで。あんまり俺らと遊んでくれへんねん」
「へ、へえ…………?」
「それが誰かは教えてくれへんねんけどなー。水臭いと思わへん?」
「う、うん……」

(気になる子って……好きな人ってこと? 澄斗の趣味ってどんな子なんだ……?)

 ひとつモヤモヤが消えたらもうひとつ別のモヤモヤが生まれてしまった。

 胃のあたりが気持ち悪い。
 どうして僕の肉体がそんな反応を示しているのかもよくわからなくて、余計に気持ちが悪い。

 澄斗に彼女がいるかもしれない。
 そんなのべつに不自然なことじゃない。むしろ自然だ。女の子と並んで歩く澄斗の姿なんて、易々と想像できるはずなのに……
 
 とそこへ、当の澄斗が布巾を持って戻ってきた。
 悠巳くんに「おい、もっと被害広げたりしてねーだろうな。掃除しとけよ」と凄みつつ、澄斗はふと僕の顔を見て首を傾げる。

「ん? どした?」
「な、なにが?」
「なんか顔がこわばってるから……あ! 悠巳にいじめられたのか!?」
「なんでやねん! いじめるわけないやろ」

 即座に悠巳くんのツッコミが入った。澄斗はちらっと悠巳くんに目をやったあと、気を取り直したようにこう言った。

「ま、悠巳のことはほっといて次は鶏肉だな。じいちゃんがいい鶏もも肉くれたんだ」

 打って変わって楽しげな口調で、澄斗はキッチンの隅に鎮座する銀色の大きな冷蔵庫から鶏肉のパックを取ってきた。

 どういう顔で澄斗を見ればいいのかわからない。だがようやく玉ねぎを切り終えたので報告はしなくては。

「はい、切れたよ。玉ねぎ」
「サンキュ。もうちょっと薄くてもいいけど、まあそれは好みかな。慣れたらもうちょい薄く切る練習してみよっか」
「う、うん」
「よし、じゃ次な。鶏もも肉の処理の仕方は——」

 カラッと爽やかに笑う澄斗がやけに眩しく見えて、僕は思わず目を細めた。

 すると、玉ねぎを切っていたときに眦に溜まっていた涙がぽろりと頬を伝ってゆき、それを見た澄斗が目を見開く。

「えっ、どした!? やっぱ悠巳になんか言われたのか!?」
「いやいやいや! 違うくて……これはその、玉ねぎの刺激で」
「ああ、そっか……。一回顔洗う? 洗面所、こっちだからさ」
「う、うん。そうしようかな、ありがと」

(……ダメだな。人から向けられる甘い優しさに慣れてなさすぎて、僕はなにか勘違いをしてるんだ)
 
 澄斗の優しさが誰に向いていようが僕には関係のないことだとわかっている。なのに他の誰かが、当たり前のように澄斗の笑顔や優しさを享受しているのかと思うと、なぜだかひどく胸が痛んだ。

 先に立って歩く澄斗の広い背中を追いかける。
 
 こっちを振り向いてほしいと、僕は思った。
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