21 / 54
第5章
5 御子柴くんはよくしゃべる2
しおりを挟む
「あっ……すまん。卵割っといたろと思ったんやけど、失敗してもた……」
見ると、御子柴くんの手の中で卵が割れている。
ガラスのボウルに卵を割り入れようとしていたらしいのだが、黄身も白身も細かい殻もいっしょくたに混ざっていた。
「うわっ、悠巳! 何やってんだよ」
「ごめんて。すぐ殻だけ出すし」
「悠巳、卵割ったことあんの? どうやればこんな大惨事に……」
「うっさいな。卵くらい割れるっちゅーねん」
言っているそばから、二個目の卵が逝った。今度はボウルの縁に強くぶつけすぎてしまったらしく、ボウルの外で卵が潰れている。僕以上に不器用そうな人がこんなところにいたとは……
「うわー! バカ、何やってんだよっ」
「あかん……力加減がわからへん」
「えーと布巾布巾……あ、全部洗濯してるんだった。取ってくるからちょっと待ってろ!」
「すんません……」
僕が何をしてもベタ褒めしていた澄斗だが、悠巳くんにはずいぶん辛口だ。
パタパタとスリッパの足音を響かせてリビングから澄斗が出て行ってしまい、僕はしょぼんとしている悠巳くんの肩をポンと叩いた。
「ドンマイ」
「うん……ありがとう。郁也くんは優しいな」
「まあ、僕もそうとう不器用だから……」
「料理の『り』の字もやったことないからな~俺。郁也くんはお母さんのためなんやろ? 偉いなあ」
「あはは……まあね」
気を取り直して、僕は玉ねぎのくし切りに戻ることにした。だが、相変わらず胸の奥でモヤモヤした微妙な感情はそのままだ。
(澄斗はいないし、世間話みたいな感じで、さりげなく聞いてみようかな……)
澄斗に恋人はいるのか。それは冴島さんなのか……本人に聞けばいいのだが、澄斗を前にしてしまうとうまく質問できない気がする。
(ずるいかもしれないけど、悠巳くんとふたりきりのあいだに、さらっとだけ聞いてみよう……!)
「さっきいってた冴島さんて……澄斗の彼女、なの?」
「え? いや、付き合ってはないみたいやけど? 気になる?」
悠巳くんが、質問に質問で返してきた。僕は少したじろいだが……ここは素直に、ひとつ頷く。
「まあ、ちょっとは……。僕はそういうの縁がないから、どうなのかなーって」
「そか。まあいうたら、冴島さんの片想いっぽい感じかな」
「片想いかぁ……」
「まぁまぁ可愛いしおっぱいでかくてええんちゃうかなて俺は思ってんねんけど、澄斗の趣味とはちゃうっぽいねんな」
「お、っぱい……」
突然の下ネタ気味な話題に、僕は思わず硬直してしまった。
男友達との年齢相応なやりとりに不慣れすぎて、こういうときにどういう反応を示せば正解なのかがわからない。
ここは笑うところなのか? それとも下ネタなんか普通に嗜んでますけど? みたいな顔でサラッと流すとこ?
反応に迷っていたら、さらなる追加情報が悠巳くんからもたらされた。
「それに澄斗な、最近みょ~に気になってる子おるみたいで。あんまり俺らと遊んでくれへんねん」
「へ、へえ…………?」
「それが誰かは教えてくれへんねんけどなー。水臭いと思わへん?」
「う、うん……」
(気になる子って……好きな人ってこと? 澄斗の趣味ってどんな子なんだ……?)
ひとつモヤモヤが消えたらもうひとつ別のモヤモヤが生まれてしまった。
胃のあたりが気持ち悪い。
どうして僕の肉体がそんな反応を示しているのかもよくわからなくて、余計に気持ちが悪い。
澄斗に彼女がいるかもしれない。
そんなのべつに不自然なことじゃない。むしろ自然だ。女の子と並んで歩く澄斗の姿なんて、易々と想像できるはずなのに……
とそこへ、当の澄斗が布巾を持って戻ってきた。
悠巳くんに「おい、もっと被害広げたりしてねーだろうな。掃除しとけよ」と凄みつつ、澄斗はふと僕の顔を見て首を傾げる。
「ん? どした?」
「な、なにが?」
「なんか顔がこわばってるから……あ! 悠巳にいじめられたのか!?」
「なんでやねん! いじめるわけないやろ」
即座に悠巳くんのツッコミが入った。澄斗はちらっと悠巳くんに目をやったあと、気を取り直したようにこう言った。
「ま、悠巳のことはほっといて次は鶏肉だな。じいちゃんがいい鶏もも肉くれたんだ」
打って変わって楽しげな口調で、澄斗はキッチンの隅に鎮座する銀色の大きな冷蔵庫から鶏肉のパックを取ってきた。
どういう顔で澄斗を見ればいいのかわからない。だがようやく玉ねぎを切り終えたので報告はしなくては。
「はい、切れたよ。玉ねぎ」
「サンキュ。もうちょっと薄くてもいいけど、まあそれは好みかな。慣れたらもうちょい薄く切る練習してみよっか」
「う、うん」
「よし、じゃ次な。鶏もも肉の処理の仕方は——」
カラッと爽やかに笑う澄斗がやけに眩しく見えて、僕は思わず目を細めた。
すると、玉ねぎを切っていたときに眦に溜まっていた涙がぽろりと頬を伝ってゆき、それを見た澄斗が目を見開く。
「えっ、どした!? やっぱ悠巳になんか言われたのか!?」
「いやいやいや! 違うくて……これはその、玉ねぎの刺激で」
「ああ、そっか……。一回顔洗う? 洗面所、こっちだからさ」
「う、うん。そうしようかな、ありがと」
(……ダメだな。人から向けられる甘い優しさに慣れてなさすぎて、僕はなにか勘違いをしてるんだ)
澄斗の優しさが誰に向いていようが僕には関係のないことだとわかっている。なのに他の誰かが、当たり前のように澄斗の笑顔や優しさを享受しているのかと思うと、なぜだかひどく胸が痛んだ。
先に立って歩く澄斗の広い背中を追いかける。
こっちを振り向いてほしいと、僕は思った。
見ると、御子柴くんの手の中で卵が割れている。
ガラスのボウルに卵を割り入れようとしていたらしいのだが、黄身も白身も細かい殻もいっしょくたに混ざっていた。
「うわっ、悠巳! 何やってんだよ」
「ごめんて。すぐ殻だけ出すし」
「悠巳、卵割ったことあんの? どうやればこんな大惨事に……」
「うっさいな。卵くらい割れるっちゅーねん」
言っているそばから、二個目の卵が逝った。今度はボウルの縁に強くぶつけすぎてしまったらしく、ボウルの外で卵が潰れている。僕以上に不器用そうな人がこんなところにいたとは……
「うわー! バカ、何やってんだよっ」
「あかん……力加減がわからへん」
「えーと布巾布巾……あ、全部洗濯してるんだった。取ってくるからちょっと待ってろ!」
「すんません……」
僕が何をしてもベタ褒めしていた澄斗だが、悠巳くんにはずいぶん辛口だ。
パタパタとスリッパの足音を響かせてリビングから澄斗が出て行ってしまい、僕はしょぼんとしている悠巳くんの肩をポンと叩いた。
「ドンマイ」
「うん……ありがとう。郁也くんは優しいな」
「まあ、僕もそうとう不器用だから……」
「料理の『り』の字もやったことないからな~俺。郁也くんはお母さんのためなんやろ? 偉いなあ」
「あはは……まあね」
気を取り直して、僕は玉ねぎのくし切りに戻ることにした。だが、相変わらず胸の奥でモヤモヤした微妙な感情はそのままだ。
(澄斗はいないし、世間話みたいな感じで、さりげなく聞いてみようかな……)
澄斗に恋人はいるのか。それは冴島さんなのか……本人に聞けばいいのだが、澄斗を前にしてしまうとうまく質問できない気がする。
(ずるいかもしれないけど、悠巳くんとふたりきりのあいだに、さらっとだけ聞いてみよう……!)
「さっきいってた冴島さんて……澄斗の彼女、なの?」
「え? いや、付き合ってはないみたいやけど? 気になる?」
悠巳くんが、質問に質問で返してきた。僕は少したじろいだが……ここは素直に、ひとつ頷く。
「まあ、ちょっとは……。僕はそういうの縁がないから、どうなのかなーって」
「そか。まあいうたら、冴島さんの片想いっぽい感じかな」
「片想いかぁ……」
「まぁまぁ可愛いしおっぱいでかくてええんちゃうかなて俺は思ってんねんけど、澄斗の趣味とはちゃうっぽいねんな」
「お、っぱい……」
突然の下ネタ気味な話題に、僕は思わず硬直してしまった。
男友達との年齢相応なやりとりに不慣れすぎて、こういうときにどういう反応を示せば正解なのかがわからない。
ここは笑うところなのか? それとも下ネタなんか普通に嗜んでますけど? みたいな顔でサラッと流すとこ?
反応に迷っていたら、さらなる追加情報が悠巳くんからもたらされた。
「それに澄斗な、最近みょ~に気になってる子おるみたいで。あんまり俺らと遊んでくれへんねん」
「へ、へえ…………?」
「それが誰かは教えてくれへんねんけどなー。水臭いと思わへん?」
「う、うん……」
(気になる子って……好きな人ってこと? 澄斗の趣味ってどんな子なんだ……?)
ひとつモヤモヤが消えたらもうひとつ別のモヤモヤが生まれてしまった。
胃のあたりが気持ち悪い。
どうして僕の肉体がそんな反応を示しているのかもよくわからなくて、余計に気持ちが悪い。
澄斗に彼女がいるかもしれない。
そんなのべつに不自然なことじゃない。むしろ自然だ。女の子と並んで歩く澄斗の姿なんて、易々と想像できるはずなのに……
とそこへ、当の澄斗が布巾を持って戻ってきた。
悠巳くんに「おい、もっと被害広げたりしてねーだろうな。掃除しとけよ」と凄みつつ、澄斗はふと僕の顔を見て首を傾げる。
「ん? どした?」
「な、なにが?」
「なんか顔がこわばってるから……あ! 悠巳にいじめられたのか!?」
「なんでやねん! いじめるわけないやろ」
即座に悠巳くんのツッコミが入った。澄斗はちらっと悠巳くんに目をやったあと、気を取り直したようにこう言った。
「ま、悠巳のことはほっといて次は鶏肉だな。じいちゃんがいい鶏もも肉くれたんだ」
打って変わって楽しげな口調で、澄斗はキッチンの隅に鎮座する銀色の大きな冷蔵庫から鶏肉のパックを取ってきた。
どういう顔で澄斗を見ればいいのかわからない。だがようやく玉ねぎを切り終えたので報告はしなくては。
「はい、切れたよ。玉ねぎ」
「サンキュ。もうちょっと薄くてもいいけど、まあそれは好みかな。慣れたらもうちょい薄く切る練習してみよっか」
「う、うん」
「よし、じゃ次な。鶏もも肉の処理の仕方は——」
カラッと爽やかに笑う澄斗がやけに眩しく見えて、僕は思わず目を細めた。
すると、玉ねぎを切っていたときに眦に溜まっていた涙がぽろりと頬を伝ってゆき、それを見た澄斗が目を見開く。
「えっ、どした!? やっぱ悠巳になんか言われたのか!?」
「いやいやいや! 違うくて……これはその、玉ねぎの刺激で」
「ああ、そっか……。一回顔洗う? 洗面所、こっちだからさ」
「う、うん。そうしようかな、ありがと」
(……ダメだな。人から向けられる甘い優しさに慣れてなさすぎて、僕はなにか勘違いをしてるんだ)
澄斗の優しさが誰に向いていようが僕には関係のないことだとわかっている。なのに他の誰かが、当たり前のように澄斗の笑顔や優しさを享受しているのかと思うと、なぜだかひどく胸が痛んだ。
先に立って歩く澄斗の広い背中を追いかける。
こっちを振り向いてほしいと、僕は思った。
138
あなたにおすすめの小説
義兄が溺愛してきます
ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。
その翌日からだ。
義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。
翔は恋に好意を寄せているのだった。
本人はその事を知るよしもない。
その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。
成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。
翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。
すれ違う思いは交わるのか─────。
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
孤毒の解毒薬
紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。
中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。
不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。
【登場人物】
西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。
白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
初恋ミントラヴァーズ
卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。
飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。
ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。
眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。
知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。
藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。
でも想いは勝手に加速して……。
彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。
果たしてふたりは、恋人になれるのか――?
/金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/
じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。
集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。
◆毎日2回更新。11時と20時◆
【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~
上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。
ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。
「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」
そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。
完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか?
初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる