初恋のレシピは、きみと

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
22 / 54
第6章 

1 髪を切ったが

しおりを挟む
 あまり眠れないまま、月曜日の朝を迎えた。
 
 奇跡的に、今日は一度目のアラームで目を覚ますことができた。
 僕はむくりとベッドの上で起き上がり、ぼんやりと霞がかったような頭もそのままにフラフラと顔を洗いに洗面所へ。

「……あれ?」

 鏡の中に写る自分と目が合ったものの、一瞬それが誰だかわからなかった。

「ああ、そうだ……。昨日、髪切ったんだった」

 そうひとりごちながら、タオルで顔を拭う。
 これまで顔の周りを黒く覆っていた髪の毛がさっぱりとなくなって、生まれ変わったような自分の顔がそこにある。
 
 昨日澄斗の家で親子丼の作り方を学んだあと、僕はその足で駅前の美容室へ向かった。

 あの場で感じた寂しいモヤモヤをスッキリさせたくて、思い立ったのが、髪を切ること。
 
 三、四か月はほったらかしだった僕の頭は確かに無造作がすぎていたし、このまま放っておいたらなけなしの清潔感が消えてしまう。それはさすがによろしくない。

 澄斗の家からひとりで坂を下りながらアプリで予約を入れ、そのまま流れるように案内された閉店間際の美容室の椅子に座り、「さっぱりしたいので、思い切って短くしたいです」とリクエストしたのだった。

 額も耳もすっきり露わになり、ずいぶん印象が明るくなった気がする。
 僕は色が白くて顎も首も細い。そのせいで、目立つ黒髪だけがヌッと前面に出て暗い印象を醸し出していた。それをわかりつつも、あまり顔を目立たせたくないために長めの髪型を保っていたのだ。
 
 だけど美容室の大きな鏡の中にいる自分の姿を客観的に眺めてみて、心が変わった。
 そして美容師さんは僕の予想以上にかっこいい髪型に仕上げてくれて、あれだけモヤモヤしていた気持ちをさっぱりと真新しくしてくれた。

「うん、うん……悪くないんじゃないかな」
 
 根本からサラサラの髪の毛だ、ツンツン立てたりはできないので斜めに流す。
 俯くとほとんど隠れてしまっていた目元がすっきりと露わになった。自分でいうのもなんだが、これまでよりもぐっと賢そうな顔に見える。たいして賢くはないけど……
 
 鏡の中の自分の顔がなんだかこれまでの自分のものではないように感じて、気恥ずかしいような清々しいような、不思議な感覚だった。
 
「はー……さっぱりするなあ。心機一転、今日から気持ちを切り替えて頑張ろう!」

 鏡の中の自分がニコッと笑う。
 僕はこんなにも爽やかな顔で笑えたのかとびっくりしてしまった。
 
 なんだか嬉しくなって、意気揚々とキッチンに立ち冷凍しておいた食パンをトースターへ放り込む。
 今日は丸焦げになることなく、適度に焦げ目のついたトーストにありつくことができた。

 幸先はよさそうだ。


   ◇  
 
 
「あれっ!? えっ、郁也、髪切ってる!」

 部活を終えてきた澄斗は教室に入ってくるなり、目ざとく僕の変化に気づいて声を上げた。
 そして、「澄斗ぉ~! おはよ!」と満面の笑顔で駆け寄ろうとしていたらしい冴島さんには目もくれず、まっすぐ僕の席までやってきた。

「あ、お……おはよ」
「一晩でガラッと変わりすぎじゃん!? あのあと髪切りに行ったの?」
「うん、急な思いつきっていうか、気分転換っていうか……」
「そっか。うん、すげー似合うよ。短いほうが絶対似合う!」
「あはは……ありがと」

 今日も今日とてベタ褒めしてくれる澄斗の顔を見上げることができず、僕はうつむいたままもごもごとお礼を言った。

「昨日は料理を教えてくれてありがとう」
「全然! 次はなにつくろっか? 昨日は郁也のおばさんの好物だったろ? 次は郁也の好きなもの——」
「あ、ああの……! 実は!」

 うきうきと弾んだ口調で今後の予定を組もうとしている澄斗の言葉を遮る。
 そして僕は澄斗の反応を待つことなく、ひと息に言い放った。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

孤毒の解毒薬

紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。 中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。 不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。 【登場人物】 西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。 白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

初恋ミントラヴァーズ

卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。 飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。 ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。 眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。 知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。 藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。 でも想いは勝手に加速して……。 彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。 果たしてふたりは、恋人になれるのか――? /金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/ じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。 集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。 ◆毎日2回更新。11時と20時◆

【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~

上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。 ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。 「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」 そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。 完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか? 初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。

処理中です...