初恋のレシピは、きみと

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
25 / 54
第6章 

4 自力でなんとか

しおりを挟む
「よっ……こうやって、切る……」

 そしてようやく訪れた週末の夜。
 僕はひとりで、ふたたび親子丼づくりに再チャレンジしていた。
 うちの包丁は澄斗の家のものよりも切れ味は劣るけれど、きちんと面を作って玉ねぎを安定させれば、きちんと切れた。

(……あれから全然澄斗と喋ってないな。目も合わせてない)
 
 鶏もも肉を一口大に切りながら、無意識にため息が漏れた。
 正直言って、すごく寂しい。
 どうしてこんなに寂しくて、虚しいのだろうか。ひとたび近づいた澄斗との距離が以前と同じように開いただけなのに。
 澄斗の笑顔が見られないことで、こんなにも虚しい気持ちになるとは思わなかった。
 
「えーと確か、買ってきた白だしがここに……」
 
 親子丼には白だしが合うし、味が簡単に決まって美味しいから俺はよく使ってる——と澄斗が言っていた。
 
 澄斗の親子丼はものすごく美味かった。ぜひともあの味に近づけたい。
 とろりと黄金色に輝く卵はとろっとふんわりしていて、キッチンの照明を受けてキラキラと輝いていた。
 一口大に切った鶏もも肉はぷりっとした歯応え。甘辛く煮た玉ねぎと、とろとろ卵との相性が絶妙だった。
 白く粒の立ったご飯と一緒に咀嚼すると、卵の甘い香りと鶏もも肉のふくよかな味わいが口の中に広がって——……ああ、思い出すだけで口の中によだれが溢れてくる。

「あんな美味しい親子丼が出てきたら、母さんも絶対喜ぶだろうな」

 そのためには、学んだことをしっかり再現できるようにならなくては。
 スマホにメモしてきた分量通りに、じっくり、きっちり水と調味料と玉ねぎを鍋に入れ、火にかける。
 
 そして僕はボウルを取り出し、手にした卵をふと見下ろした。

(澄斗には勝手なことを言っちゃったよなぁ……) 

 こっちから料理を教えてくれと頼んでおきながら、勝手に断ってしまった。きっと、澄斗は腹を立てているのだろう。
 そのせいかここ最近の澄斗は表情が薄く、常にうっすら苛立っているように見えた。あんな調子で、ノリを大事にしていそうな陽キャたちとうまくやれたのだろうか……
 
(ま、いい思い出だよ。初めてご飯を作ってくれた日の夜、たくさん話せてすごく楽しかったし。澄斗にたくさん褒めてもらえて、なんとなく自信もついてきたし)

 この二週間ほどの楽しい日々は、偶然生まれた奇跡のような時間だったのだ。
 そもそも僕と澄斗の世界は階層が違っているようなもので、交わりようがないのだから。

「……なんて、僕がひとりで小難しいことを考えてても仕方ないな。よーし、卵を入れて、しばらく蓋をして……」

 くつくつと鍋の中で煮えている出汁と玉ねぎ、そして鶏肉。そこへしっかりかき混ぜたとき卵を流し込み、菜箸でひと混ぜして蓋をした。
 そこですかさずスマホを確認すると、「三十秒待って火を消す」とある。僕はきっちり三十秒数えて即座に火を消す。さらに一分放置したあと、そっと蓋を開けてみた。

「わあ……」

 ふわぁ……と出汁と卵の香りが湯気とともに鍋からたちのぼり、僕の鼻腔を美味しい匂いが優しく満たす。
 
 すごい、大成功だ。
 つやつやの卵はいい感じに半熟に煮えている。

 ただ、ちょっと玉ねぎが大きくて分厚かったような……? ひょっとしたら生煮えの玉ねぎがあるかもしれない。とはいえ、ひとりで作ってこの出来栄えなら大成功なのではいだろうか。

 丼にご飯をよそい、出来立ての卵とじをそっと載せる。これで完璧だ。
 僕は鼻歌まじりにスマホを手にして写真を撮った。

 その写真を誰かに見せたくて——思わず、澄斗のアカウントをタップしそうになる。
 僕にもこんなに美味しそうな親子丼ができた。澄斗の教え方がうまかったからだ。だから、ひとこと御礼を言いたい。
 しばらくぐるぐる逡巡していたが……結局澄斗にLINEを送ることはできなかった。

(でも、教え方がうまかったらこんなに上手にできわたわけだし……面と向かってありがとうと言いたかったな)

 そうは思うが後悔先に立たず。澄斗はもう、僕と口を聞いてはくれないだろう。
 言いようのない寂しさがひしひしと迫ってきて、なんだか泣きたい気分になってきた。
 
 そのとき、ピンポーンとのんびりした電子音がインターホンから鳴り響いた。
 母さんが留守の今、うちに訪ねてくる人なんて誰だろう? 怪訝に思いつつモニターを覗いてみて——……僕は仰天した。

「えっ……!? す、澄斗……!?」

 小さなモニターの中でさえひときわ輝きを放つ美形が、じっとカメラを見つめている。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

孤毒の解毒薬

紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。 中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。 不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。 【登場人物】 西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。 白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

初恋ミントラヴァーズ

卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。 飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。 ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。 眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。 知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。 藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。 でも想いは勝手に加速して……。 彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。 果たしてふたりは、恋人になれるのか――? /金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/ じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。 集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。 ◆毎日2回更新。11時と20時◆

【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~

上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。 ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。 「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」 そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。 完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか? 初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。

処理中です...