初恋のレシピは、きみと

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
35 / 54
第8章 

3 本当のこと

しおりを挟む

「冴島、写真見たぜー。きれ~に撮れてじゃん。うちの母さんも喜ぶわ」

 冴島の手をパッと離し、澄斗はにっこりわざとらしい笑顔を浮かべて僕の隣に立った。

 それでもなお激しい目をしている冴島さんが、嘲笑うように鼻息を鳴らす。

「母さん? 大嘘つき、若すぎだろどう見ても」
「おまえらには言ってなかったけど、これね、父親の後妻。俺の親父バカでさ、若い女にコロッといって本物の母親捨ててんの」
「……っ」
 
 冴島さんが息を呑む。澄斗を睨め上げる瞳が、はじめて怯んだ。

「帰国するたびふたりそろって俺の機嫌とってくんだけど、もーうざくてさ。この日もホテルでたっかい飯奢ってやるから会おうって誘われたんだ。でもこいつらと食っても美味いわけないから、顔だけ出して帰ったってわけ」
「……嘘。嘘嘘嘘!! そんなわけある!? そんなのただのでっちあげ……」
「いやいや、ほんまやって! これ、澄斗の今のお母さんやで!」

 ふと気づくと、バレー部の面々がそばにいた。
 悠巳くんが自分のスマホを操作して、パッとこっちに向けて表示した。

 ファッション誌のウェブ記事だ。そこには澄斗の両親の名前がはっきりと掲載され、アップされていた写真の中にいた女性の姿も写っている。
 
「ほら、ほら、見てみい!! この人やろ! 後妻さんとは知らんかったけど……」
「っ……うそ、しらない。こんなの聞いてない!」
「嘘じゃねーって。それに俺、このあと朝まで郁也んちにいたし」
 
 とんでもない発言が澄斗の口から飛び出して、僕は思わず飛び上がってしまった。

 まさか、言うのか? この週末の素晴らしい時間のことを、僕らの関係のことを、こんな場所で言ってしまおうとしているのか?

 いやだ、知られたくない。
 僕はまだ、澄斗との秘めた関係を大事にしたい。

 こんな人たちに知られたら、何を言われるかわからない。澄斗にもダメージがあるかもしれない……!!

 縋る想いで澄斗を見上げる。
 すると澄斗は僕を横顔で見つめ返して、ふっと笑った。

「郁也と朝までマリカやる約束してたんだよ。ずーっと徹夜でゲームしてたの」
「……へ?」
「あー! そうそう、俺もおった! 俺もおったで~!! 楽しかったよなあ、三人で遊んでさ!」

 そこへ、悠巳くんまで乗ってきた。
 勢いよく手を挙げて澄斗の嘘に乗っかってきた悠巳くんに目をやった冴島さんが、一気に白けた顔になる。

「……ふーん、あっそ。そーならそーとすぐに言えばよかったじゃん」
「マリカに夢中で誰もLINE返せなかったんだよなー。ママ活とかくだらねー冗談だと思ったし」
「……っ」

 澄斗が余裕の表情で薄笑みを浮かべる。冴島さんはしばらく鬼のような形相で澄斗と悠巳くんを睨みつけていたが、はぁっと苛立ちの滲むため息を吐いた。

「だからもうどーでもいいって言ってんじゃん! こっちだってただの冗談のつもりだったしー」
「冗談にしてはずいぶん悪質だな。冴島さぁ、そういうことしてると友達無くすよ?」

 急に真顔になった澄斗を前にした冴島さんの顔色が変わる。彼女は上向きのまつ毛の下の瞳に今にも掴みかかっていきそうな凄みを湛えていたが——……ふいっと長い髪を揺らして踵を返した。
 
「ほっといてよ、どーでもいいでしょ!! もう話しかけてくんじゃねぇよ!」

 半ば駆け出すように教室を出て行った冴島さんを、数人の女子が慌てて追いかけてゆく。

 騒ぎの中心人物がいなくなったことで急に教室の空気が弛緩して、そこここから「なんだ、やっぱただの嫌がらせか」「本条くんも大変だね」など、ひそひそと囁き声が聞こえてきた。
 
「澄斗……大丈夫?」

 そっと澄斗に近づいて、小さな声で尋ねてみる。廊下を見据えていた澄斗はハッとしたようにこっちを向いて、いつもの優しい笑みを浮かべた。
 
「郁也、ありがとな。俺のこと庇ってくれて」
「い、いや……そんな。こっちこそありがとう、叩かれずに済んだよ」

 嵐が去って気が抜けてしまったようだ。僕は力の入らない身体をなんとか直立させ、へらりと笑った。 

 澄斗は眉間に皺を寄せて少し苦しげに微笑み、僕の頬に手を触れようと手を伸ばしかけたようだが——……

「郁也くんやるやん!! 廊下まで郁也くんの勇ましい啖呵聞こえてたでぇ!!」

 悠巳くんが、がばっと僕と澄斗の首に腕を引っ掛けて飛びついてきた。澄斗はびくともしないが僕は勢いに負けてふらつきそうになり、慌てて足を踏ん張る。

「ほ、ほんとに? それはそれで恥ずかしいな……」
「おとなしそうな顔してめっちゃ漢気溢れてんなぁ! なぁなぁ、今度ほんまに三人で徹夜マリカやろうや。あ、お料理教室も!」
「はぁ? またおまえも来んのかよ」
「つめたっ。冷たいわ~澄斗クン。俺も仲間に入れてぇや」

 澄斗のげんなりした顔が珍しくて、僕はつい、笑ってしまった。
 笑い出すと、今度はそれが止まらなくなってしまう。
 
(よかった。澄斗が変な誤解を受けなくて、よかった……)

 安堵するあまり眦に涙が滲むが、笑い泣きということにしておこう。

 のんびりしたチャイムが鳴り響き、なにも知らないらしい担任教師がのっそりと教室に入ってくる。

 急いで席に着こうとしたそのとき、すれ違いざまに、澄斗にそっと耳打ちされた。
 
『昼休み、あの階段のとこで会おう』って。

 
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

孤毒の解毒薬

紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。 中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。 不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。 【登場人物】 西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。 白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

初恋ミントラヴァーズ

卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。 飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。 ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。 眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。 知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。 藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。 でも想いは勝手に加速して……。 彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。 果たしてふたりは、恋人になれるのか――? /金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/ じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。 集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。 ◆毎日2回更新。11時と20時◆

【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~

上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。 ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。 「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」 そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。 完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか? 初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。

処理中です...