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第8章
3 本当のこと
しおりを挟む「冴島、写真見たぜー。きれ~に撮れてじゃん。うちの母さんも喜ぶわ」
冴島の手をパッと離し、澄斗はにっこりわざとらしい笑顔を浮かべて僕の隣に立った。
それでもなお激しい目をしている冴島さんが、嘲笑うように鼻息を鳴らす。
「母さん? 大嘘つき、若すぎだろどう見ても」
「おまえらには言ってなかったけど、これね、父親の後妻。俺の親父バカでさ、若い女にコロッといって本物の母親捨ててんの」
「……っ」
冴島さんが息を呑む。澄斗を睨め上げる瞳が、はじめて怯んだ。
「帰国するたびふたりそろって俺の機嫌とってくんだけど、もーうざくてさ。この日もホテルでたっかい飯奢ってやるから会おうって誘われたんだ。でもこいつらと食っても美味いわけないから、顔だけ出して帰ったってわけ」
「……嘘。嘘嘘嘘!! そんなわけある!? そんなのただのでっちあげ……」
「いやいや、ほんまやって! これ、澄斗の今のお母さんやで!」
ふと気づくと、バレー部の面々がそばにいた。
悠巳くんが自分のスマホを操作して、パッとこっちに向けて表示した。
ファッション誌のウェブ記事だ。そこには澄斗の両親の名前がはっきりと掲載され、アップされていた写真の中にいた女性の姿も写っている。
「ほら、ほら、見てみい!! この人やろ! 後妻さんとは知らんかったけど……」
「っ……うそ、しらない。こんなの聞いてない!」
「嘘じゃねーって。それに俺、このあと朝まで郁也んちにいたし」
とんでもない発言が澄斗の口から飛び出して、僕は思わず飛び上がってしまった。
まさか、言うのか? この週末の素晴らしい時間のことを、僕らの関係のことを、こんな場所で言ってしまおうとしているのか?
いやだ、知られたくない。
僕はまだ、澄斗との秘めた関係を大事にしたい。
こんな人たちに知られたら、何を言われるかわからない。澄斗にもダメージがあるかもしれない……!!
縋る想いで澄斗を見上げる。
すると澄斗は僕を横顔で見つめ返して、ふっと笑った。
「郁也と朝までマリカやる約束してたんだよ。ずーっと徹夜でゲームしてたの」
「……へ?」
「あー! そうそう、俺もおった! 俺もおったで~!! 楽しかったよなあ、三人で遊んでさ!」
そこへ、悠巳くんまで乗ってきた。
勢いよく手を挙げて澄斗の嘘に乗っかってきた悠巳くんに目をやった冴島さんが、一気に白けた顔になる。
「……ふーん、あっそ。そーならそーとすぐに言えばよかったじゃん」
「マリカに夢中で誰もLINE返せなかったんだよなー。ママ活とかくだらねー冗談だと思ったし」
「……っ」
澄斗が余裕の表情で薄笑みを浮かべる。冴島さんはしばらく鬼のような形相で澄斗と悠巳くんを睨みつけていたが、はぁっと苛立ちの滲むため息を吐いた。
「だからもうどーでもいいって言ってんじゃん! こっちだってただの冗談のつもりだったしー」
「冗談にしてはずいぶん悪質だな。冴島さぁ、そういうことしてると友達無くすよ?」
急に真顔になった澄斗を前にした冴島さんの顔色が変わる。彼女は上向きのまつ毛の下の瞳に今にも掴みかかっていきそうな凄みを湛えていたが——……ふいっと長い髪を揺らして踵を返した。
「ほっといてよ、どーでもいいでしょ!! もう話しかけてくんじゃねぇよ!」
半ば駆け出すように教室を出て行った冴島さんを、数人の女子が慌てて追いかけてゆく。
騒ぎの中心人物がいなくなったことで急に教室の空気が弛緩して、そこここから「なんだ、やっぱただの嫌がらせか」「本条くんも大変だね」など、ひそひそと囁き声が聞こえてきた。
「澄斗……大丈夫?」
そっと澄斗に近づいて、小さな声で尋ねてみる。廊下を見据えていた澄斗はハッとしたようにこっちを向いて、いつもの優しい笑みを浮かべた。
「郁也、ありがとな。俺のこと庇ってくれて」
「い、いや……そんな。こっちこそありがとう、叩かれずに済んだよ」
嵐が去って気が抜けてしまったようだ。僕は力の入らない身体をなんとか直立させ、へらりと笑った。
澄斗は眉間に皺を寄せて少し苦しげに微笑み、僕の頬に手を触れようと手を伸ばしかけたようだが——……
「郁也くんやるやん!! 廊下まで郁也くんの勇ましい啖呵聞こえてたでぇ!!」
悠巳くんが、がばっと僕と澄斗の首に腕を引っ掛けて飛びついてきた。澄斗はびくともしないが僕は勢いに負けてふらつきそうになり、慌てて足を踏ん張る。
「ほ、ほんとに? それはそれで恥ずかしいな……」
「おとなしそうな顔してめっちゃ漢気溢れてんなぁ! なぁなぁ、今度ほんまに三人で徹夜マリカやろうや。あ、お料理教室も!」
「はぁ? またおまえも来んのかよ」
「つめたっ。冷たいわ~澄斗クン。俺も仲間に入れてぇや」
澄斗のげんなりした顔が珍しくて、僕はつい、笑ってしまった。
笑い出すと、今度はそれが止まらなくなってしまう。
(よかった。澄斗が変な誤解を受けなくて、よかった……)
安堵するあまり眦に涙が滲むが、笑い泣きということにしておこう。
のんびりしたチャイムが鳴り響き、なにも知らないらしい担任教師がのっそりと教室に入ってくる。
急いで席に着こうとしたそのとき、すれ違いざまに、澄斗にそっと耳打ちされた。
『昼休み、あの階段のとこで会おう』って。
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