初恋のレシピは、きみと

餡玉(あんたま)

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第8章 

4 澄斗の事情

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 菓子パンを持って校舎裏の階段へ向かう。
 するとすでに、澄斗が階段に腰掛けていた。

「澄斗、お待たせ」
「あ、郁也!」

 くるっと振り返った澄斗は、これまた愛らしい笑顔で僕を出迎えてくれた。
 あまりの可愛さにぎゅうんと胸を鷲掴みにされ、僕は思わずシャツを掴んで「ゔっ……」と呻いた。

 尻の位置をずらして僕を日陰のほうへ座らせると、澄斗はこてんと首を倒して僕を覗き込んでくる。
 
「ん、どした?」
「いや……ちょっと、まだ見慣れなくて……」
「なにに?」
「澄斗の顔……」

 ぎこちなく頷くと、澄斗はびっくりしたように目を瞬いたあと、楽しげに「ええ!? そんな大したもんじゃないだろー!?」とキラキラ笑う。ああ可愛い、眩しい。屋外だとさらに眩しい。

「ここならふたりになれっかなーと思ってさ。はい、これ」
「……え? これは……」

 階段に座った僕の膝にポンと置かれたのは、爽やかなスカイブルーに椰子の木柄のバンダナに包まれた四角いもの。
 この大きさといい、重さといい……これはまさか。

「え? お弁当!?」
「そ。昨日、あんま眠れなくてさ。早起きして弁当作ってみた」
「え、え、すごい! 手作り弁当?」
「そんなたいしたもん入ってないけどな。まぁ、どーぞ」
「いただきます!」

 まさかこんなに嬉しいサプライズがあるとは。
 僕はいそいそと膝の上でバンダナを広げ、二段重ねになった弁当をパカっと開いた。

「わぁ……」

 思わず声が漏れる。
 下の段には三色そぼろご飯が詰めてあり、上段には彩りのきれいなおかずが並んでいる。

 ミニハンバーグ、ほうれん草のおひたし、豚肉でにんじんとインゲンを巻いた野菜の豚巻き、卵焼き。仕切りはレタスで、弁当箱の隅でミニトマトがつやつやと光っている。

「す、すごい……!! めちゃくちゃ美味しそう!」
「へへ、ちょっと張り切っちゃった。俺もおんなじ弁当だよ、食べよ」
「うん!」

 箸を持って合掌し、まずは大好物のハンバーグを一口で頬張る。

 ……ああ、おいしい。すごくおいしい。もぐもぐしながら無言で澄斗を見やる。
 めちゃくちゃ美味いという念を込めて深々と頷けば、澄斗は白い頬を薔薇色に染めて「うまい? よかった」と微笑んだ。可愛い。

「今朝のことだけどさ。ほんとありがとな、郁也」
「ふぇ?」

 たった今頬張ったばかりのそぼろご飯の味に感動していたところへ、澄斗が改まった調子でそう言った。頬を膨らませた状態でそっちを向くと、澄斗が「ふはっ」と噴き出した。

「あははっ、リスみてぇ」
「ふぐ……ご、ごめん。美味しすぎて箸が止まらなくて」
「ううん、まずは食おっか。うまそうに食べてもらえてすげー嬉しい」

 澄斗は口元に幸せそうな微笑みを乗せたまま、自分で作った野菜の豚巻きをぱくりと一口で食べた。しばらく咀嚼し、「うん、いい出来じゃん」と満足げに呟いた。
 
 弁当を食べながら、しばらく言葉を選ぶような沈黙が流れていた。

 あらかた弁当を食べ終えたあと、澄斗はその静寂を傍らに置くように、そっと口を開いた。
 
「冴島のあれさぁ……実は、けっこう気にしてたんだよね、俺」
「え? そうなの? 全然気にしてるふうに見えなかったけど」
「LINEはわりとまめに見るほうだから、あの写真にはすぐ気づいたんだ。——うわ最悪、めんどくせー写真撮られてんじゃんって。そのあとすぐ、冴島からも個人的にメッセージきたし……まあ、俺もそうとう腹立ってたから無視してたけど」
   
 澄斗は片手でスマホを操り、例の写真を表示させた。

 画面の中では、例の後妻さんに腕を組まれている澄斗の横顔がある。
 さほどきれいに撮れているものではないが、こうやってじっくり見てみると澄斗の眉間には深い皺が寄っていて、不快感をあらわにしている様子が伝わってきた。

「これが、後妻の人……」
「まだ30とか、31とかだったかな? これでさすがに親子ってのは無理あるだろ?」
「うん……とても親子には見えないかな。顔も全然似てない」 
「姉弟って雰囲気でもないしな。ま、見ようによっちゃママ活か」
「そんなことないって! あんなのだれも信じてなかっただろ!?」

 後妻さんはキツい感じの美人顔で、服装の趣味もかなり奇抜だ。

 デザインの凝った服で、着る人をかなり選ぶものに見えるが、この人は美人でスタイルがいいから着こなせているのだ。
 
 ファッション業界の最前線で働く人はさすがだなと感心はするけれど、この女性は、澄斗の家族を壊した張本人だ。

「この人は、澄斗と家族になりたいと思ってるの?」
「思ってねーよ。この女はむしろ、ガキなんて邪魔だって思ってる。親父にいい顔したくて昔はベタベタ寄ってこられたけど、あの頃からほんと無理だったわ」
「そうなんだ……」
「この女がうちに来たのは小六の春だった。あの家にいるのが嫌で嫌で、寮のある中学へ行きたいって親父に頼んだ。幸いそこは名門だったからすぐにOKしてもらえたけど、本当は、郁也と同じ学校に行きたかったな」

 遠い目をした澄斗の瞳に、青空が綺麗に写っている。
 自らひとりになる選択をしたときの澄斗の瞳には、いったい何が写っていたのだろう。

「でも、あの女の顔を毎日見てたら多分俺はおかしくなる。家と距離をとって、まずは冷静になりたかったんだ」
「そっか。それでよその学校に……」

 同い年とは思えないほど、冷静で堅実なやり方を選んだ十二歳の澄斗を尊敬する。
 
 僕ならばどうだったろう? ただただ流され、その状況になんとかして自分を当てはめようとするだけだったと思う。

 だけど澄斗は自ら行動したのだ。
 自分自身の学力と親の財力を最大限利用して、自分の心が壊れないように。
 
 澄斗をただのチャラ男だと思っていた少し前の自分を、ぶん殴りたくなった。
 
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