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第8章
6 初恋のレシピ
しおりを挟むあのとき対峙した冴島さんの鬼の形相を思い出すと恐ろしくて、ぞぞっと寒気が這い上がってくる。ぶるりと身体を震わせていると、澄斗が僕にぴたりと肩をくっつけてきた。
そしてそっと、僕の耳元で囁いた。
「冴島にきっぱり物申す郁也、痺れるくらいかっこよかった」
「……へっ、か、かっこいいだなんて、そんな……」
「信じてくれてありがとう。大好きだよ、郁也」
「っ~~~~……」
腰にくる低音ボイスで甘い言葉を囁かれてしまい、さっきとは違った意味で全身が震え上がった。
バッと耳を押さえて涙目で澄斗を見ると、いたずらっぽく妖艶な笑顔が至近距離にある。
「……ま、また、またそういう、可愛い顔で、僕を動揺させるようなことを言って……!!」
「ははっ、また可愛いって言われちゃった。でも本当にときめいたんだ。……俺の彼氏、最高にかっこいいじゃんって」
「かっ、かかっ……かれ、し……」
「俺たち付き合ってるわけだし? つまり郁也は俺の彼氏だろ?」
(そ、そうか……付き合ってるってことは)
そうか、こういうことなのかと腑に落ちる。
好きで、大事で、大切にしたい人を守りたいという気持ち。
そういう感情を互いに抱き合う相手が恋人で、そのひととずっと一緒にいたいと願う気持ちが——恋。
澄斗の笑う顔が見たい、一緒に笑いたい。
誰より特別な存在でいたい、いてほしい。一番の理解者でありたいし、いてほしい。
そういう関係になりたい相手は、僕にとって澄斗だった。
(恋って、こんなにも大事な感情でできてるんだ……)
これまで僕が知らなかったことばかり。
澄斗は、僕にそのひとつひとつを教えてくれた。
この感情に気づくことができてよかったと、心から僕は思った。
「う、うん……確かに、そうだね。恋人同士、ってやつ、だもんね……」
「へへ、郁也もそう思ってくれてるんだ。嬉しすぎ」
「そりゃそうだよ。僕だって、澄斗のこと……す、好き、だもん……」
いざ言葉にしようとすると恥ずかしくて恥ずかしくて、顔が真っ赤になってしまう。
肝心な愛の言葉は囁くような音量になってしまったが、澄斗は聞き取ってくれただろうか——……?
ちら、と澄斗を見やる。
すると……僕に負けず劣らず顔を真っ赤にした澄斗が、唇を微かに震わせながら僕を見つめていた。
透き通る栗色の瞳をうるうると潤ませ、どこか泣きそうにも見える顔をした澄斗。
どんな表情をしていても最高に美形でかっこいい澄斗だけれど、僕の目に映る彼の姿はやっぱり、可愛いのだ。
「澄斗……?」
「はぁ~~……すげぇ破壊力。郁也、それはやばいって……」
「な、なにが?」
「それ、もしどっちかの家とかでふたりきりのときに言われたら、俺はとんでもないことしでかしそうだな……」
「? とんでもないことって?」
口元を押さえて真っ赤な顔のままぶつぶつ呟いている澄斗に身を寄せてみると、ひょいと澄斗が顔を上げた。
そしてそのまま、ちゅっと軽いキスが唇に触れ——……僕は手にしていた箸を、ぽろりと手から取り落としてしまった。
「ちょっ……、こんなとこで。てか、いきなりしないって、言ったそばから……」
「ごめん。ちょっと可愛すぎて、我慢できなかった」
「が、我慢って…………うわっ!」
僕は澄斗の腕に、強く強く抱きすくめられていた。
密着したシャツ越しの身体は大きくて、肩口からは柔軟剤のいい匂いがした。
あたたかくて大きな澄斗の肉体に包み込まれている。突然縮まった距離に戸惑い驚きはしているけれど、それ以上に僕の心は、穏やかな安堵感に満たされていた。
「……す、すみと」
「郁也。これからも、俺のそばにいてくれる?」
「う、うん……い、い、いさせていただきます……」
「っ……ははっ、なんで敬語? ふふっ……」
「ここ、こんなふうに抱きしめられるなんて、生まれて初めてだから……ドキドキししすぎて心臓が口から出そう」
「あっはははっ。……確かにな。俺も初めてだし、頭も心臓ふわふわしてる」
僕を抱きしめたまま、澄斗が笑う。澄斗が笑うたびに声と鼓動がじかに伝わり、たまらなく愛おしい気持ちになった。
……それにしても。
「澄斗も初めて? こういうハグとかも……?」
「初めてに決まってんじゃん。部活とかでわーってなって仲間とハグするのとはわけが違うし」
「そ、そっか。そっかぁ……ふふふ」
思いがけずうぶな一面を知ってしまい、また胸がひときわ高鳴る。
これからはひとつずつ、お互いの初めてをもらい合うのだ。
ずっとこうしていたい。澄斗とくっついて、ゆっくりいつまでも僕らのこの先のことを話していたい。
……だが、ここは学校だ。そういうわけにはいかないのである。
「あの、澄斗。そろそろ離れたほうがいいんじゃないかな。誰かが見てたら大変なことに……」
「んー……もうちょっと。あと1秒」
「1秒たったよ! ほら、ほらほら、また前みたいに悠巳くんがきたりしたら……!」
「ああ……それもそうか」
友人の名前を出されて、さすがに冷静さを取り戻したらしい。
澄斗は名残惜しげに僕から離れたものの、またもや熱い瞳でじっと見つめられ——……僕はとっさに、澄斗の唇をパッと押さえた。
ふにっとした柔らかな感触にドキドキさせられてしまう。
「だめ! だめだよ! こんなところでこれ以上は!」
「ダメか……まぁ、そうだよな。無理にしないって約束だし」
「そうだぞ! もうちょっと慣れたらきっと大丈夫になるから、それまでは……待っててよ」
「……わかった」
待てをされていても、幸せそうに笑う澄斗が可愛い。
澄斗は僕の手を取り、指の背にそっと唇を寄せて微笑んだ。
もうすぐ夏休み。
今年の夏はきっと、輝くように楽しい毎日になりそうだ。
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