初恋のレシピは、きみと

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
39 / 54
エピローグ

変化とワクワク

しおりを挟む
 そして、夏休みになった。

 母さんは退院して、しばらくの間は在宅勤務をすることになり、僕は晴れて普通の高校生活に戻ることになった。

 といっても母さんはまだスムーズに歩けるわけじゃないから、僕の出番はたくさんある。


「よし、洗濯終わり!」

 ベランダに洗濯物を干し終え、額に浮かんだ汗を拭う。
 今日も抜けるような青空だ。一日中暑くなるのだろう。
 珍しくカラッとした空気のもと、はためく洗濯物を眺めているのはけっこう清々しい。洗濯カゴを抱えて室内に戻ると、母さんがリビングでパソコンを開いていた。これからオンライン会議があるらしい。

「ありがとう~郁也! あんた、ちょっと目を離したすきにしっかりしちゃって、いったいどうしたの!?」
「どうって別に。無理してまた骨折されたら困るからね~。はい、コーヒー」
「えええ!? コーヒー用意してくれたの!?」
「そんなびっくりしなくても。スーパーで売ってたやつだよ?」

 氷を入れたグラスに、市販のアイスコーヒーを注いだだけでこんなに喜んでくれるとは。
 なるほど、これまでの僕はよっぽど頼りない息子だったらしい……

 でも、ちょっと嬉しい。丸い頬をツヤツヤさせて「いでもらったコーヒーおいしいわぁ」といって会議前に全て飲み干そうとしている母さんを眺めていると、なんだかちょっとむずがゆかった。

「それに、昨日作ってくれた親子丼とお味噌汁も最高だったわ。今夜は母さんが作るからね!」
「え? 時間あるの?」
「あんたにばっか甘えてらんないわよ。学校行くんでしょ? 気をつけてね」

 制服に着替えてリュックを背負った僕に、母さんが笑顔で手を振る。
 僕も軽く手を上げてそれに応える。

「はーい、行ってきます!」


   ◇

 
 水泳部のマネージャーに復帰した僕は、ここのことろは毎日のように部活に顔を出している。

 これまで休んでいたぶんのお返しだ。
 選手たちのタイムを記録したり、ストレッチの手伝いをしたり、備品の準備や片付けなどにせっせと勤しんでいると、顧問の先生に肩をぽんと叩かれた。

「朝霞くん、なんだか最近すごく張り切ってるね。前より表情がすごくいいわ」
「え? そうでしょうか?」
「お母様が退院されたようで、なによりだわ。ねえ、次の記録会なんだけど、朝霞くんも出てみない?」
「え? それって……あの、選手としてですか?」

 春から夏にかけて簡単なストレッチしかしてこなかったのに? 
 よほど僕が怪訝そうな顔をしていたのだろう、先生は笑ってバシバシと僕の肩を叩いた。

「春先は覇気もやる気もそんなになさそうだったけど、最近の君を見てると、選手としてもやれそうだな~って感じるのよ。中学のときは公式試合も出てたんでしょ?」
「はあ、まあ……一応。そんなに速くはなかったですけど」
「今からやる気出したらもっと伸びるかもしれないよ? あたしはこう見えて、指導者としてはまあまあやり手なほうだしね!」

 先生は笑って、半袖ラッシュガードから伸びた二の腕に隆々と力こぶを作ってみせた。
 
 先生の笑顔を見上げていると、ふつふつと腹の奥から熱いものが込み上げてくる。

 大人から——指導を仰ぐ相手から期待をかけてもらえている? 
 こんな僕を鍛えてみてやろうと思ってくれている……?

 僕はこくこくと頷いて、そのままがばりと腰を直角に折った。

「は、はい! よろしくお願いします!!」
「よーし! じゃあ、さっそく今日から軽く調整していこっか!」
「はい!」

 頭を上げた僕の顔を見て、先生も満足げな笑顔を浮かべていた。



  ◇

 
「え!? マネージャーから選手になんの!?」

 森塚山高校では、夏休み中は土日が部活が休みになる。

 待ちに待った休日だ。僕は朝から澄斗の家に遊びにきていた。
 キッチンに並んでお昼ご飯を作りながら、今週あったことを報告し合っているところだ。
 
「そうなんだよ……。ちょっと不安ではあるけど、ワクワクもしてるって感じで、落ち着かないんだよね」
「いいじゃんいいじゃん。試合とか、絶対応援行くし!」
「試合か……。そうか、僕も澄斗みたいに試合に出ることがあるのか……」
「そうなるって絶対! 来週の準々決勝も、また見に来てくれる?」
「うんうん! もちろんだよ!」

 なんと、森塚山高校バレー部は全国大会に出場中だ。
 全国常連校というわけではなく、毎年競りに蹴って全国への切符を奪い合うライバル校があるのだが、今年は晴れて森塚山がそれを手にした。

 澄斗は一年生ながら試合に出ていて、さっそく鮮烈な存在感を放っていた。

 僕は一回戦と二回戦の応援に行き、澄斗の活躍を見守った。これまでさほど関心がなかったスポーツだけど、大切なひとが出場する試合への緊張感は半端なかった。

 僕がコートに立つわけじゃないのに心臓がバクバク暴れて破裂しそうで、握りしめた拳には汗が滲んだ。

 だけどコートに立つ澄斗は、とても落ち着いた表情をしていた。

 鮮やかなグリーンを基調としたユニフォームを身につけた澄斗の爽やかな姿に、会場がわぁっと湧き立つ。
 各校の声援が飛び交う中、澄斗は何度かボールを手に馴染ませるようにくるりと回し、高らかにボールを投げて——……

 長い腕を翼のように広げて高く跳んだ澄斗の手から放たれたサーブは、弾丸のようなスピードで相手コートのど真ん中を撃ち抜いた。

 ボールが床を打つ音が体育館の高い天井にこだまし、直後に割れるような歓声が空気を揺るがせる。
 僕もその一部となって、澄斗のサービスエースに大喝采を送った。

 そこから澄斗は三本もサーブを決め、チームの勝利に貢献していた。その後も高いブロックで敵を阻み、セッターと息を合わせてスパイクを決めていく澄斗は、痺れるほどかっこよかった。澄斗がかっこよすぎて何度も僕は泣きそうになった。
 
 先輩たちに囲まれて頭をわしわし撫でられている澄斗の姿が誇らしく、あんなすごい選手をやっている澄斗が、僕を大切にしてくれていることが改めて信じられなくなった。

 でも試合後に僕と顔を合わせるやいなや、「俺、どうだった!?」と無邪気な笑顔で感想を求める澄斗はいつも通りの澄斗でホッとした。

 万感を込めて「すごかった!! めちゃくちゃかっこよかったよ!」と活躍を讃えたら、満面の笑みで喜ぶ澄斗がまた可愛くて可愛くて——……

 澄斗の新しい表情を知るたびに、もっともっと好きになる。
 好きという感情が確かな輪郭をもって、僕の胸の中で存在感を増してゆく。

 夏休みに入って一週間。
 まだたった一週間だけど、僕の生活も、そして心も、めまぐるしく変化している。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

孤毒の解毒薬

紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。 中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。 不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。 【登場人物】 西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。 白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

初恋ミントラヴァーズ

卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。 飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。 ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。 眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。 知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。 藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。 でも想いは勝手に加速して……。 彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。 果たしてふたりは、恋人になれるのか――? /金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/ じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。 集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。 ◆毎日2回更新。11時と20時◆

【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~

上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。 ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。 「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」 そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。 完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか? 初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。

処理中です...