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エピローグ
変化とワクワク
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そして、夏休みになった。
母さんは退院して、しばらくの間は在宅勤務をすることになり、僕は晴れて普通の高校生活に戻ることになった。
といっても母さんはまだスムーズに歩けるわけじゃないから、僕の出番はたくさんある。
「よし、洗濯終わり!」
ベランダに洗濯物を干し終え、額に浮かんだ汗を拭う。
今日も抜けるような青空だ。一日中暑くなるのだろう。
珍しくカラッとした空気のもと、はためく洗濯物を眺めているのはけっこう清々しい。洗濯カゴを抱えて室内に戻ると、母さんがリビングでパソコンを開いていた。これからオンライン会議があるらしい。
「ありがとう~郁也! あんた、ちょっと目を離したすきにしっかりしちゃって、いったいどうしたの!?」
「どうって別に。無理してまた骨折されたら困るからね~。はい、コーヒー」
「えええ!? コーヒー用意してくれたの!?」
「そんなびっくりしなくても。スーパーで売ってたやつだよ?」
氷を入れたグラスに、市販のアイスコーヒーを注いだだけでこんなに喜んでくれるとは。
なるほど、これまでの僕はよっぽど頼りない息子だったらしい……
でも、ちょっと嬉しい。丸い頬をツヤツヤさせて「注いでもらったコーヒーおいしいわぁ」といって会議前に全て飲み干そうとしている母さんを眺めていると、なんだかちょっとむずがゆかった。
「それに、昨日作ってくれた親子丼とお味噌汁も最高だったわ。今夜は母さんが作るからね!」
「え? 時間あるの?」
「あんたにばっか甘えてらんないわよ。学校行くんでしょ? 気をつけてね」
制服に着替えてリュックを背負った僕に、母さんが笑顔で手を振る。
僕も軽く手を上げてそれに応える。
「はーい、行ってきます!」
◇
水泳部のマネージャーに復帰した僕は、ここのことろは毎日のように部活に顔を出している。
これまで休んでいたぶんのお返しだ。
選手たちのタイムを記録したり、ストレッチの手伝いをしたり、備品の準備や片付けなどにせっせと勤しんでいると、顧問の先生に肩をぽんと叩かれた。
「朝霞くん、なんだか最近すごく張り切ってるね。前より表情がすごくいいわ」
「え? そうでしょうか?」
「お母様が退院されたようで、なによりだわ。ねえ、次の記録会なんだけど、朝霞くんも出てみない?」
「え? それって……あの、選手としてですか?」
春から夏にかけて簡単なストレッチしかしてこなかったのに?
よほど僕が怪訝そうな顔をしていたのだろう、先生は笑ってバシバシと僕の肩を叩いた。
「春先は覇気もやる気もそんなになさそうだったけど、最近の君を見てると、選手としてもやれそうだな~って感じるのよ。中学のときは公式試合も出てたんでしょ?」
「はあ、まあ……一応。そんなに速くはなかったですけど」
「今からやる気出したらもっと伸びるかもしれないよ? あたしはこう見えて、指導者としてはまあまあやり手なほうだしね!」
先生は笑って、半袖ラッシュガードから伸びた二の腕に隆々と力こぶを作ってみせた。
先生の笑顔を見上げていると、ふつふつと腹の奥から熱いものが込み上げてくる。
大人から——指導を仰ぐ相手から期待をかけてもらえている?
こんな僕を鍛えてみてやろうと思ってくれている……?
僕はこくこくと頷いて、そのままがばりと腰を直角に折った。
「は、はい! よろしくお願いします!!」
「よーし! じゃあ、さっそく今日から軽く調整していこっか!」
「はい!」
頭を上げた僕の顔を見て、先生も満足げな笑顔を浮かべていた。
◇
「え!? マネージャーから選手になんの!?」
森塚山高校では、夏休み中は土日が部活が休みになる。
待ちに待った休日だ。僕は朝から澄斗の家に遊びにきていた。
キッチンに並んでお昼ご飯を作りながら、今週あったことを報告し合っているところだ。
「そうなんだよ……。ちょっと不安ではあるけど、ワクワクもしてるって感じで、落ち着かないんだよね」
「いいじゃんいいじゃん。試合とか、絶対応援行くし!」
「試合か……。そうか、僕も澄斗みたいに試合に出ることがあるのか……」
「そうなるって絶対! 来週の準々決勝も、また見に来てくれる?」
「うんうん! もちろんだよ!」
なんと、森塚山高校バレー部は全国大会に出場中だ。
全国常連校というわけではなく、毎年競りに蹴って全国への切符を奪い合うライバル校があるのだが、今年は晴れて森塚山がそれを手にした。
澄斗は一年生ながら試合に出ていて、さっそく鮮烈な存在感を放っていた。
僕は一回戦と二回戦の応援に行き、澄斗の活躍を見守った。これまでさほど関心がなかったスポーツだけど、大切なひとが出場する試合への緊張感は半端なかった。
僕がコートに立つわけじゃないのに心臓がバクバク暴れて破裂しそうで、握りしめた拳には汗が滲んだ。
だけどコートに立つ澄斗は、とても落ち着いた表情をしていた。
鮮やかなグリーンを基調としたユニフォームを身につけた澄斗の爽やかな姿に、会場がわぁっと湧き立つ。
各校の声援が飛び交う中、澄斗は何度かボールを手に馴染ませるようにくるりと回し、高らかにボールを投げて——……
長い腕を翼のように広げて高く跳んだ澄斗の手から放たれたサーブは、弾丸のようなスピードで相手コートのど真ん中を撃ち抜いた。
ボールが床を打つ音が体育館の高い天井にこだまし、直後に割れるような歓声が空気を揺るがせる。
僕もその一部となって、澄斗のサービスエースに大喝采を送った。
そこから澄斗は三本もサーブを決め、チームの勝利に貢献していた。その後も高いブロックで敵を阻み、セッターと息を合わせてスパイクを決めていく澄斗は、痺れるほどかっこよかった。澄斗がかっこよすぎて何度も僕は泣きそうになった。
先輩たちに囲まれて頭をわしわし撫でられている澄斗の姿が誇らしく、あんなすごい選手をやっている澄斗が、僕を大切にしてくれていることが改めて信じられなくなった。
でも試合後に僕と顔を合わせるやいなや、「俺、どうだった!?」と無邪気な笑顔で感想を求める澄斗はいつも通りの澄斗でホッとした。
万感を込めて「すごかった!! めちゃくちゃかっこよかったよ!」と活躍を讃えたら、満面の笑みで喜ぶ澄斗がまた可愛くて可愛くて——……
澄斗の新しい表情を知るたびに、もっともっと好きになる。
好きという感情が確かな輪郭をもって、僕の胸の中で存在感を増してゆく。
夏休みに入って一週間。
まだたった一週間だけど、僕の生活も、そして心も、めまぐるしく変化している。
母さんは退院して、しばらくの間は在宅勤務をすることになり、僕は晴れて普通の高校生活に戻ることになった。
といっても母さんはまだスムーズに歩けるわけじゃないから、僕の出番はたくさんある。
「よし、洗濯終わり!」
ベランダに洗濯物を干し終え、額に浮かんだ汗を拭う。
今日も抜けるような青空だ。一日中暑くなるのだろう。
珍しくカラッとした空気のもと、はためく洗濯物を眺めているのはけっこう清々しい。洗濯カゴを抱えて室内に戻ると、母さんがリビングでパソコンを開いていた。これからオンライン会議があるらしい。
「ありがとう~郁也! あんた、ちょっと目を離したすきにしっかりしちゃって、いったいどうしたの!?」
「どうって別に。無理してまた骨折されたら困るからね~。はい、コーヒー」
「えええ!? コーヒー用意してくれたの!?」
「そんなびっくりしなくても。スーパーで売ってたやつだよ?」
氷を入れたグラスに、市販のアイスコーヒーを注いだだけでこんなに喜んでくれるとは。
なるほど、これまでの僕はよっぽど頼りない息子だったらしい……
でも、ちょっと嬉しい。丸い頬をツヤツヤさせて「注いでもらったコーヒーおいしいわぁ」といって会議前に全て飲み干そうとしている母さんを眺めていると、なんだかちょっとむずがゆかった。
「それに、昨日作ってくれた親子丼とお味噌汁も最高だったわ。今夜は母さんが作るからね!」
「え? 時間あるの?」
「あんたにばっか甘えてらんないわよ。学校行くんでしょ? 気をつけてね」
制服に着替えてリュックを背負った僕に、母さんが笑顔で手を振る。
僕も軽く手を上げてそれに応える。
「はーい、行ってきます!」
◇
水泳部のマネージャーに復帰した僕は、ここのことろは毎日のように部活に顔を出している。
これまで休んでいたぶんのお返しだ。
選手たちのタイムを記録したり、ストレッチの手伝いをしたり、備品の準備や片付けなどにせっせと勤しんでいると、顧問の先生に肩をぽんと叩かれた。
「朝霞くん、なんだか最近すごく張り切ってるね。前より表情がすごくいいわ」
「え? そうでしょうか?」
「お母様が退院されたようで、なによりだわ。ねえ、次の記録会なんだけど、朝霞くんも出てみない?」
「え? それって……あの、選手としてですか?」
春から夏にかけて簡単なストレッチしかしてこなかったのに?
よほど僕が怪訝そうな顔をしていたのだろう、先生は笑ってバシバシと僕の肩を叩いた。
「春先は覇気もやる気もそんなになさそうだったけど、最近の君を見てると、選手としてもやれそうだな~って感じるのよ。中学のときは公式試合も出てたんでしょ?」
「はあ、まあ……一応。そんなに速くはなかったですけど」
「今からやる気出したらもっと伸びるかもしれないよ? あたしはこう見えて、指導者としてはまあまあやり手なほうだしね!」
先生は笑って、半袖ラッシュガードから伸びた二の腕に隆々と力こぶを作ってみせた。
先生の笑顔を見上げていると、ふつふつと腹の奥から熱いものが込み上げてくる。
大人から——指導を仰ぐ相手から期待をかけてもらえている?
こんな僕を鍛えてみてやろうと思ってくれている……?
僕はこくこくと頷いて、そのままがばりと腰を直角に折った。
「は、はい! よろしくお願いします!!」
「よーし! じゃあ、さっそく今日から軽く調整していこっか!」
「はい!」
頭を上げた僕の顔を見て、先生も満足げな笑顔を浮かべていた。
◇
「え!? マネージャーから選手になんの!?」
森塚山高校では、夏休み中は土日が部活が休みになる。
待ちに待った休日だ。僕は朝から澄斗の家に遊びにきていた。
キッチンに並んでお昼ご飯を作りながら、今週あったことを報告し合っているところだ。
「そうなんだよ……。ちょっと不安ではあるけど、ワクワクもしてるって感じで、落ち着かないんだよね」
「いいじゃんいいじゃん。試合とか、絶対応援行くし!」
「試合か……。そうか、僕も澄斗みたいに試合に出ることがあるのか……」
「そうなるって絶対! 来週の準々決勝も、また見に来てくれる?」
「うんうん! もちろんだよ!」
なんと、森塚山高校バレー部は全国大会に出場中だ。
全国常連校というわけではなく、毎年競りに蹴って全国への切符を奪い合うライバル校があるのだが、今年は晴れて森塚山がそれを手にした。
澄斗は一年生ながら試合に出ていて、さっそく鮮烈な存在感を放っていた。
僕は一回戦と二回戦の応援に行き、澄斗の活躍を見守った。これまでさほど関心がなかったスポーツだけど、大切なひとが出場する試合への緊張感は半端なかった。
僕がコートに立つわけじゃないのに心臓がバクバク暴れて破裂しそうで、握りしめた拳には汗が滲んだ。
だけどコートに立つ澄斗は、とても落ち着いた表情をしていた。
鮮やかなグリーンを基調としたユニフォームを身につけた澄斗の爽やかな姿に、会場がわぁっと湧き立つ。
各校の声援が飛び交う中、澄斗は何度かボールを手に馴染ませるようにくるりと回し、高らかにボールを投げて——……
長い腕を翼のように広げて高く跳んだ澄斗の手から放たれたサーブは、弾丸のようなスピードで相手コートのど真ん中を撃ち抜いた。
ボールが床を打つ音が体育館の高い天井にこだまし、直後に割れるような歓声が空気を揺るがせる。
僕もその一部となって、澄斗のサービスエースに大喝采を送った。
そこから澄斗は三本もサーブを決め、チームの勝利に貢献していた。その後も高いブロックで敵を阻み、セッターと息を合わせてスパイクを決めていく澄斗は、痺れるほどかっこよかった。澄斗がかっこよすぎて何度も僕は泣きそうになった。
先輩たちに囲まれて頭をわしわし撫でられている澄斗の姿が誇らしく、あんなすごい選手をやっている澄斗が、僕を大切にしてくれていることが改めて信じられなくなった。
でも試合後に僕と顔を合わせるやいなや、「俺、どうだった!?」と無邪気な笑顔で感想を求める澄斗はいつも通りの澄斗でホッとした。
万感を込めて「すごかった!! めちゃくちゃかっこよかったよ!」と活躍を讃えたら、満面の笑みで喜ぶ澄斗がまた可愛くて可愛くて——……
澄斗の新しい表情を知るたびに、もっともっと好きになる。
好きという感情が確かな輪郭をもって、僕の胸の中で存在感を増してゆく。
夏休みに入って一週間。
まだたった一週間だけど、僕の生活も、そして心も、めまぐるしく変化している。
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