お供え喫茶で願いごと

餡玉(あんたま)

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2 アルバイト?

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 高校生くらいに見える黒髪の少年が、知也を見上げている。
 白っぽいダウンジャケットに細身のジーパンを履いた、ごく普通の高校生だ。
 その当たり前の容貌の中、凛とした明るい栗色の瞳がいやに印象的で、知也はその少年から目が逸らせなかった。
 街灯に照らされた黒髪をさらりと揺らし、少年は知也に向かって手を差し伸べる。

「ほら、そっから落ちたら大変だ。滑って降りてこいよ」
「う、うん」

 有無を言わさぬ眼差しの強さに導かれるように、知也は言われるまま滑り台を滑り降りる。すると高校生は唇だけで小さく笑い、知也の影が落ちているほうへゆっくりと歩を進めた。
 白いスニーカーを履いた足が影の中へ進み入った瞬間——一瞬、ぶわりと黒い影が膨張し、あっという間に弾けて消えた。
 驚いた知也はごしごしと拳で目を擦ったが、あとに残っていたのは、ごく当たり前のような影だけだ。
 さっきまで波打っていた闇は、手は、どこへ行ったのだろう? 怪訝に思いつつ辺りを見回していると、高校生がひょいと腰を曲げ、知也の顔を覗き込んでくる。

「そう、家に帰りづらいんだ」
「……えっ?」

 少年が、知也の心を見透かしたようにそう言った。
 心を読まれたのかと驚いたが、よくよく考えてみると、この高校生は知也が泣いているところを見ていたかもしれない。それに自分は、夜の九時を過ぎているのにこんなところに一人でいる小学生だ。事情があると思われるに決まってる。
 そもそも、綺麗な顔をした今っぽい普通の高校生に見えるけれど、わざわざ泣いている小学生に声をかけてくるなんて変だ。ひょっとしたら変質者かもしれない。カツアゲにあうかもしれない。
 学校でもよく注意されるじゃないか、『知らない人と口をきいてはいけません』って。

 ——やばい人だったら困る。……逃げよう。

 生来の慎重さと賢明さが戻ってくると急に怖くなってきて、知也はくるりと踵を返した。すると……ぐううぅ、と知也の腹の虫が盛大に鳴く。
 恥ずかしさのあまり駆け出そうとした知也の肩に、ぽんと軽く高校生の手が乗った。

「ねぇ。帰りづらいなら、俺のバイト手伝ってくれないか?」
「……え? バイト……? なにそれ、闇バイト……?」

 こわごわ後ろを振り返りそう尋ねる。一瞬きょとんとした高校生の顔が、あっという間に華やかな笑顔になった。
 
「あっはははは、違うって! 最近の小学生は賢いんだな~」
「……じゃあ、何? 変な人と喋ったらいけないって学校で言われてるんですけど」
「変な人……ではないから安心してよ。うち、すぐそこで喫茶店をやっててさ、手が足りなくて困ってるんだ」
「喫茶店?」
 
 そんなもの、この公園のそばにあっただろうか? 覚えている限りだが、このあたりには家とマンションと道路くらいしかなかったような気がする。
 明らかに訝しんでいる様子の知也に、高校生がふと笑顔を見せる。「ほら、買い出し行って帰るとこだ」と言って身体を捻り、肩に掛けたエコバッグを知也に見せる。
 白い歯を見せて笑う高校生の表情は爽やかで、優しくて、知也は少しだけ警戒心を弱めた。
 
「ほら見て、あそこ。近いだろ?」
「……え? あれ? ほんとだ」

 高校生が指差した先——公園の裏手に、煉瓦造りの喫茶店がある。
 公園をぐるりと囲う街路樹。その向こう側にひっそりと。
 三角屋根が特徴的なレトロなデザインで、屋根には煉瓦造りの煙突も生えている。
 二階もあるようだ。
 屋根と同じく三角屋根のついた出窓が二つ並んでいて、まるで童話にでも出てきそうな雰囲気の可愛らしい建物である。
 あんな目立つ店があるなんて知らなかった。知也は目を丸くして、突然現れた喫茶店を見上げた。
 普段行き帰りに使う住宅地沿いの道路とは反対側にあるから、気づかなかったのかもしれない。しかも、なんだかすごくいい匂いがする。
 焼肉屋さんのそばを通りかかったときの匂いや、さくさくの揚げ物にかけるソースのような香り、焼きたてのホットケーキのような甘い香りも。
 ぐぅぅぅぅと、知也の腹がさらに派手な音を立てる。

「お腹すいてるんだろ? 手伝ってくれたら、お礼に好きなもの食って行っていいからさ」
「え、ほんと?」
「ほんとほんと。今の君にぴったりの場所だと思うんだ。手伝ってくれる?」
 
 あやしい人について行ってはいけません——耳にタコができるくらい言い聞かせられてきた言葉が遠くに霞む。
 見たこともない喫茶店も、そこから香る美味しそうな匂いも、何だかあやしい高校生も、今の知也の目には危険なものと映らなかった。

 差し伸べられた手を握り、知也は喫茶店のほうへ歩き出した。
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