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3 不思議な喫茶店
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「わぁ……」
カランカラン。ドアベルの音とともに扉が開かれ、知也は喫茶店の中へと誘われた。
板張りの短い廊下を進んでいくと、外観で想像するよりもずっと広い店内が見渡せる。
落ち着いた曲調のBGMが流れる店内は、公園よりもむしろ薄暗く思えた。それでも、暖色系の照明がそこここを照らしているからか、店内の雰囲気に温もりを感じることができる。
——こんなお店があったんだ……。
店内を見回すと、そこここに客の気配がある。カウンター席のほかはすべて背もたれで仕切られたボックス席だ。
時代劇に出てくるような派手な着物を着た女の人がのんびり外を眺めていたり、黒い帽子とツイードのスーツを身に纏う老紳士が新聞を読んでいたり——何組かの客が、各々が緩やかな時間を過ごしている。
三角屋根の部分は吹き抜けになっていたらしく、高い天井には落ち着いた風合いのシャンデリアが吊り下がっていた。
シャンデリアは、大ぶりなチューリップの花束を逆さにしたようなデザインだ。茎や葉の部分はくすんだ真鍮色で、色付きのガラスでできた花弁の中に電球が入っている。橙色に近い優しい光が店の中を柔らかく照らしていた。
「おかえり、樹貴。どこ行ってたんだ? ……ん?」
店の中に入ると、まずはカウンターが視界に飛び込んでくる。
飴色に磨かれたカウターの上にはコーヒーを淹れるサイフォンがずらりと並んでいる。アルコールランプに灯った橙色の炎とあいまって、まるでショーでも行われているかのような華やかな眺めだった。
そしてカウンターの内側にいるのは、目の覚めるようなまばゆい金髪を一つに結えた背の高い男。
黒い開襟シャツのボタンを一つ二つ開け、腰から下は黒いエプロンという黒ずくめの格好をしていても、金色の髪と抜けるように白い肌があまりに鮮烈だ。
そのド派手な男がふと知也に目を留め、手を止める。
知也に向けられた瞳の色は、夜空を溶かし込んだかのような美しい紺碧色だ。あまりに華やかなオーラを纏う美貌の男の出現に、知也は目を回しそうになった。
「樹貴、その子は?」
「ただいま、五十鈴。この子は、”結”を求めてるお客さんだよ」
「へえ、その子が? ……ということは、樹貴。また『翳』に触れたのか?」
五十鈴と呼ばれた美貌の男の目がわずかに細められ、知也はぎょっとして身を竦ませた。男の声が怒気を孕んでいることに気づいたからだ。
だが、樹貴と呼ばれた高校生は男の様子などどこ吹く風といった様子で店の中をぐるりと見回し、ぽんと知也の肩に手を置いた。
「結構空いてるじゃん。よし、じゃあ先に飯食おっか」
「えっ? あの、お手伝いは?」
「腹が減ってはなんとやらだ。腹ごしらえが先! 俺も腹減ってるし」
「う、うん」
「というわけだから五十鈴、五番テーブルに俺らの賄いよろしく」
「こらっ、話はまだ……!」
高校生は五十鈴と呼ばれた美貌男に軽く手を振り、知也を窓際のボックス席へ連れて行く。そして「あ、ちょっと待ってて」といってカウンターのほうへ戻って行った。
ひとりにされると心細いが、知也はおずおずと席につくことにした。
濃いグリーンの革張りのソファはとても柔らかいのに、沈むことなく知也の体重を支えてくれる。飴色のテーブルはこっくりとした光沢があり、指紋をつけてはいけないのではと戸惑ってしまう。今更ながら、自分のような子どもがひとりで入ってよかったのだろうか。
とそこへ、さっきカウンターにいた五十鈴という男が、水の入ったコップと熱々のおしぼりを盆に乗せて近づいてきた。
「君、名前は?」
「あ、えーと……井瀬知也、四年生です」
「へえ、四年生。樹貴……さっきのお兄さんに、どこで声をかけられたの?」
「すぐそこの、公園」
「こんな遅い時間に公園にいたのか?」
知也は緊張しつつも、ちらりと五十鈴を見上げて頷いた。こうして間近で見てみると、樹貴と呼ばれた高校生よりもかなり背が高い。
背が高いから細く見えるけれど、肩まわりががっしりしている。まくった袖口から伸びる腕は頼もしく、手も大きい。
五十鈴は「なるほど」と呟いて、優雅な手つきでテーブルの上にお冷のグラスを置いた。
「そういうことなら仕方がないな。——ようこそ、純喫茶『結』へ」
「は、はぁ……ありがとうございます」
「へぇ、礼儀正しいな。樹貴とは大違いだ」
「俺が何だって?」
ほどなくして、ダウンジャケットを白い開襟シャツ姿になり、腰に黒いエプロンを巻いた樹貴が戻ってきた。
片腕には揚げ物の載った二枚の皿、もう片方の手にはご飯が載った白い皿を持っている。手伝わなきゃと腰を浮かせかけた知也に、樹貴は「まあ座ってろって」と言った。
「お待たせ。今日の賄いディナーはメンチカツだ」
「メンチ、カツ……?」
「食べたことない? 簡単に言うと、ハンバーグに衣をつけて油で揚げたやつだよ」
樹貴は知也の前に白ごはんの皿を置き、つぎにメンチカツとふわふわのキャベツが載った皿を並べた。
ほかほかに炊けたご飯の匂いに食欲をおおいにそそられていたところへ、きつねいろの衣をまとったメンチカツから香ばしい匂いがふわりと香り、よだれが口から溢れそうになる。
「わあ……おいしそう」
「さあ、食べて食べて。マナーとかそういうの、どういでもいいからいっぱい食べな」
「う、うん! いただきます!」
カランカラン。ドアベルの音とともに扉が開かれ、知也は喫茶店の中へと誘われた。
板張りの短い廊下を進んでいくと、外観で想像するよりもずっと広い店内が見渡せる。
落ち着いた曲調のBGMが流れる店内は、公園よりもむしろ薄暗く思えた。それでも、暖色系の照明がそこここを照らしているからか、店内の雰囲気に温もりを感じることができる。
——こんなお店があったんだ……。
店内を見回すと、そこここに客の気配がある。カウンター席のほかはすべて背もたれで仕切られたボックス席だ。
時代劇に出てくるような派手な着物を着た女の人がのんびり外を眺めていたり、黒い帽子とツイードのスーツを身に纏う老紳士が新聞を読んでいたり——何組かの客が、各々が緩やかな時間を過ごしている。
三角屋根の部分は吹き抜けになっていたらしく、高い天井には落ち着いた風合いのシャンデリアが吊り下がっていた。
シャンデリアは、大ぶりなチューリップの花束を逆さにしたようなデザインだ。茎や葉の部分はくすんだ真鍮色で、色付きのガラスでできた花弁の中に電球が入っている。橙色に近い優しい光が店の中を柔らかく照らしていた。
「おかえり、樹貴。どこ行ってたんだ? ……ん?」
店の中に入ると、まずはカウンターが視界に飛び込んでくる。
飴色に磨かれたカウターの上にはコーヒーを淹れるサイフォンがずらりと並んでいる。アルコールランプに灯った橙色の炎とあいまって、まるでショーでも行われているかのような華やかな眺めだった。
そしてカウンターの内側にいるのは、目の覚めるようなまばゆい金髪を一つに結えた背の高い男。
黒い開襟シャツのボタンを一つ二つ開け、腰から下は黒いエプロンという黒ずくめの格好をしていても、金色の髪と抜けるように白い肌があまりに鮮烈だ。
そのド派手な男がふと知也に目を留め、手を止める。
知也に向けられた瞳の色は、夜空を溶かし込んだかのような美しい紺碧色だ。あまりに華やかなオーラを纏う美貌の男の出現に、知也は目を回しそうになった。
「樹貴、その子は?」
「ただいま、五十鈴。この子は、”結”を求めてるお客さんだよ」
「へえ、その子が? ……ということは、樹貴。また『翳』に触れたのか?」
五十鈴と呼ばれた美貌の男の目がわずかに細められ、知也はぎょっとして身を竦ませた。男の声が怒気を孕んでいることに気づいたからだ。
だが、樹貴と呼ばれた高校生は男の様子などどこ吹く風といった様子で店の中をぐるりと見回し、ぽんと知也の肩に手を置いた。
「結構空いてるじゃん。よし、じゃあ先に飯食おっか」
「えっ? あの、お手伝いは?」
「腹が減ってはなんとやらだ。腹ごしらえが先! 俺も腹減ってるし」
「う、うん」
「というわけだから五十鈴、五番テーブルに俺らの賄いよろしく」
「こらっ、話はまだ……!」
高校生は五十鈴と呼ばれた美貌男に軽く手を振り、知也を窓際のボックス席へ連れて行く。そして「あ、ちょっと待ってて」といってカウンターのほうへ戻って行った。
ひとりにされると心細いが、知也はおずおずと席につくことにした。
濃いグリーンの革張りのソファはとても柔らかいのに、沈むことなく知也の体重を支えてくれる。飴色のテーブルはこっくりとした光沢があり、指紋をつけてはいけないのではと戸惑ってしまう。今更ながら、自分のような子どもがひとりで入ってよかったのだろうか。
とそこへ、さっきカウンターにいた五十鈴という男が、水の入ったコップと熱々のおしぼりを盆に乗せて近づいてきた。
「君、名前は?」
「あ、えーと……井瀬知也、四年生です」
「へえ、四年生。樹貴……さっきのお兄さんに、どこで声をかけられたの?」
「すぐそこの、公園」
「こんな遅い時間に公園にいたのか?」
知也は緊張しつつも、ちらりと五十鈴を見上げて頷いた。こうして間近で見てみると、樹貴と呼ばれた高校生よりもかなり背が高い。
背が高いから細く見えるけれど、肩まわりががっしりしている。まくった袖口から伸びる腕は頼もしく、手も大きい。
五十鈴は「なるほど」と呟いて、優雅な手つきでテーブルの上にお冷のグラスを置いた。
「そういうことなら仕方がないな。——ようこそ、純喫茶『結』へ」
「は、はぁ……ありがとうございます」
「へぇ、礼儀正しいな。樹貴とは大違いだ」
「俺が何だって?」
ほどなくして、ダウンジャケットを白い開襟シャツ姿になり、腰に黒いエプロンを巻いた樹貴が戻ってきた。
片腕には揚げ物の載った二枚の皿、もう片方の手にはご飯が載った白い皿を持っている。手伝わなきゃと腰を浮かせかけた知也に、樹貴は「まあ座ってろって」と言った。
「お待たせ。今日の賄いディナーはメンチカツだ」
「メンチ、カツ……?」
「食べたことない? 簡単に言うと、ハンバーグに衣をつけて油で揚げたやつだよ」
樹貴は知也の前に白ごはんの皿を置き、つぎにメンチカツとふわふわのキャベツが載った皿を並べた。
ほかほかに炊けたご飯の匂いに食欲をおおいにそそられていたところへ、きつねいろの衣をまとったメンチカツから香ばしい匂いがふわりと香り、よだれが口から溢れそうになる。
「わあ……おいしそう」
「さあ、食べて食べて。マナーとかそういうの、どういでもいいからいっぱい食べな」
「う、うん! いただきます!」
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