琥珀に眠る記憶—番外編集—

餡玉(あんたま)

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もろもろ小話

舜平と舜海が入れ替わった話

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「ん……?」

 舜平は、目を覚ました。
 目を覚ました瞬間、違和感に頭が冴える。


 ——ここ、どこ……?


 幼少期から過ごしてきた実家の白い天井ではなく、眼前にあるのは板張りの天井だ。天井板の染みなどをほのかに浮かび上がらせる朝陽が差し込むこの部屋に、舜平はどうも見覚えがあるような気がしていた。


 ——えっ……? えっ? う、嘘やん。これ……舜海おれの昔の……!!


 がば、と勢いよく起き上がろうとしたが、それはうまくいかなかった。なんと、腕の中に誰かいる。


 艶やかな銀色の長い髪、白い耳をきらりと彩る赤い耳飾り。
 長いまつ毛を伏せて穏やかな寝息を立てているのは、ほかでもない千珠だった。

「せんっ……じゅ……!!?? はっ!? な、なんやこれ、どういうことや!!」

 見回した部屋は、三津國城に住まっていた頃の舜海の部屋。そして、腕の中で眠る千珠はまだまだ幼く、年齢にして十五、六というところだろう。この頃はまだ人里に慣れておらず、時折こうして舜海の布団の中に潜り込んでくることがあったのだ。


 ——????? 夢……夢、やんな。そらそうや。これは五百年前の記憶が夢の中で蘇っているだけ……!


「ん……うるさいな……」
「ハッ……!!」

 つい大声を出してしまったせいで、千珠が迷惑そうに目を開いた。銀色のまつ毛に縁取られた大きな目には、明るい琥珀色の瞳がある。こんなにもリアルに生々しく、かつての千珠と対面することになってしまった舜平は、ただ呆然と千珠の美貌を見つめることしかできないでいた。


 ——う、うわ……めっっっちゃ、綺麗……。


 かつての千珠が美しかったのは覚えているが、心のどこかで記憶を美化しているだけかと思っているところもあった。だが、こうして目の前にいる千珠をまじまじと見つめるにつけ、端正に整った華やかな美貌に圧倒される。

 訝しげな表情で舜平を見上げる双眸は、まるで作り込まれた精緻な人形のように整っている。そこに嵌った琥珀色の瞳はまるで宝石のように透明度が高く、縦に裂けた瞳孔さえも美しい。抜けるような白い肌も、朝日を吸ってきらめく銀髪も……。


 ——なんやこれ天使やん。鬼ちゃうわ天使やで……。


「……じろじろ見るな。朝から不愉快なやつだ」

 愛らしい口元からこぼれ落ちる言葉の冷たさに、舜平は目を瞬く。そして、ああそういえばこいつはこういう奴だったと思い出した。

「……う、うっさいな。それよりお前、またこんなところで寝てたんか」
「わ、悪いか。寒かったんだ」
「へー……寒かったんや」
「な、なんだその目は!」

 過ごしやすい気温と障子を白く染める陽光の強さを見るに、寒い季節ではないようなのだが……。


 ——えっ、かわい……かわいすぎひん? 俺とおったら安心するからわざわざここに来て一緒に寝るんやろ? ぐふぅ……くそかわいいやんか……。


 もぞりと起き上がり、ばつが悪そうにそっぽを向きつつ、寝乱れた衣を直す千珠である。細っこい首筋や、頼りない鎖骨、薄い胸元……襟元から覗く白い肌に目を奪われていた舜平は、無意識のうちに千珠の肩に触れていた。

「なっ……なんだよ」
「え? い、いや……千珠やなと思って」
「はぁ? 何言ってんだお前。薄気味の悪い」

 そう言って、千珠は生ぬるい目つきになるものの、すぐには舜平から離れていこうとはしない。舜平はなんとなく、ちょっと周りを確認してみた。昨晩ここで、肉体的な交渉を行った様子は残っていない。となると、純粋に寂しくて、千珠はここへやって来たのだろう。怖い夢を見たのか、何かしらの不安を感じたのか……。

「こっち来い、千珠。嫌な夢でも見たんやろ」
「……いい。もう平気だ」
「ええから、来い。遠慮すんな」
「わっ……」

 ぐい、と強引に引き寄せてみると、千珠はあっさりと舜平の腕の中に抱かれている。またきつい台詞が飛んでくるかと思いきや、千珠はゆっくりと手を持ち上げて、きゅっと舜平の黒衣を握りしめるではないか。その行動がいちいち愛らしく、真面目な顔をしつつも、舜平は内心激しく萌えていた。


 ——うおおおおなんやこれぇぇ!! かわっ……かわええなこいつ……っ……!! え、こんなかわいかったっけ!? 珠生も可愛いけど千珠は普段めっちゃツンケンしとるから余計にこれはっ……。


 ふと、珠生のことを思い出せば、妙な罪悪感が心に芽生える。


 ——い、いやいや……ていうか夢やし? 珠生は千珠で千珠は珠生やし? 同一人物やねんから浮気とちゃうし……? ん? いや、どうなんやろ……。


 だんだん思考がこんがらがってくる。外面では真面目な顔を継続しつつも、心の中では混乱のあまり百面相だ。
 すると、千珠がつと顔を上げ、押し黙っている舜平を見上げた。心細げな眼差しに、胸がどきどきと高鳴ってしまう。

「……舜海」
「んっ……ん?」
「今日は……やけにおとなしいじゃないか」
「えっ? そ、そうか?」
「何も……してくれないのか?」
「………………エッ……?」


 ——ど、どどっ……どういうことや……!? ここ、城やで……!? いつもここで手ぇ出したらめっちゃ怒るくせに、なんなん!? どないしたんや甘えたりひんのか……!? か、かわい……っ……!!


 千珠は小首を傾げながら舜平の耳に触れ、そのまま首に腕を絡めてきた。伸び放題の硬い黒髪を弄ぶ千珠の指の感触を、ゾクゾクするほどいやらしいと感じてしまう。

 だが、こうして迫ってくる千珠の姿は記憶のそれよりもずっと幼い。この頃は数え年であるから、出会った時の年齢を鑑みても、せいぜいまだ中学生程度……。だが舜平はれっきとした成人である。


 ——は、犯罪や……犯罪者やで俺……!! ここで手を出すわけにはいかん!! 珠生の、ためにも……ッ!!


「な、なんもせぇへん……!」
「……なんでだ?」
「エッ!? い、いや……だって。その辺に湊……やなくて柊がおるかもしれへんし!!!」

「呼んだか、舜海」

「うわ!! ほんまに来た!!」

 すっと音もなく障子の向こうに細長いシルエットが現れる。すると襖が細く開き、忍装束姿の柊が顔を見せた。すると、千珠は素早く舜平から離れ居住まいを正している。……素早い。

 踏み込んで良しということを確認してか、柊ががらりと戸を開け放ち、にやにやと意味深な笑みを浮かべながら腕組みをした。

「おいおいおい、二人とも何してんねん。もう日も登っているというのに」
「べ、別に何もしてない! ていうかお前、いつからそこにいたんだよ!」
「ちょっと通りかかったら、呼ばれたような気がしたので声をかけただけです」
「気持ち悪いな!」
「それはひどい言われよう」

 柊と千珠が口喧嘩を始める中、舜平はそっと胸をなでおろした。すると柊が、ちらりと舜平を見てこんなことを言う。

「頭の方は、もうどうもないのか?」
「は? 頭?」
「昨日千珠さまと打ち合って吹っ飛ばされて、頭をしこたまぶつけていたろう。そのあと気を失っていたんだぞ」
「え、そうなん?」
「千珠さまが心配なさって、朝までついているというのでお任せしていたのだ。……その様子では、無事なようだが」
「ほう……」


 ——なるほど。そのショックで、俺の記憶は混乱してるってことか……。ほな、また吹っ飛ばされてみたら元に戻るかもしれへんな。


「千珠」
「何だよ」
「今日も手合わせや。あのままじゃ終われへんで」
「……ほう、またぶちのめされたいのか」
「おう、せやねん。お前にボッコボコにされたい気分やねん!」
「……」

 舜平が意気込んでそんなことを言うと、千珠と柊の視線が途端に不審者を見るそれに変化する。


 そして希望通り千珠にボコボコにされ、気づけば元に戻っていた。



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