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第一章
佐藤医師
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シャンデリアの光が鋭く交錯する、天童邸の広大なホール。
そこには、国の経済を動かす富豪や権力者たちが集い、芳醇なワインの香りと不遜な笑い声が満ちていた。
その中心に、天童は立っていた。
そしてその一歩後ろには、非の打ち所のない漆黒のスーツを纏った黒崎が、音もなく付き従っている。
黒崎の所作は、まさに芸術品だった。
背筋を微塵の揺らぎもなく伸ばし、天童が足を止めれば即座に静止し、天童がグラスを求めれば指先一つ触れさせぬ完璧な角度でそれを差し出す。
「……皆様、お初にお目にかかります。
主人の傍らにお仕えしております、黒崎と申します。
斯様に華やかな場にて、天童の『一部』として皆様をお迎えできますこと、この上ない悦びと存じます。
今宵、皆様の瞳に映るものが、主人の慈愛によって完成された一つの答えであることを、どうかその身で感じ取っていただければ幸いです。
……どうぞ心ゆくまでこの甘美な宴をお楽しみください」
黒崎が静かに頭を下げると、会場にいた賓客たちは一斉に息を呑んだ。
透き通るような白い肌、長い睫毛に縁取られたどこか虚ろで儚げな瞳。
そして、下唇で静かに光る銀のリングが、彼の高潔な美しさに「所有されている」という倒錯的な色気を添えていた。
「素晴らしい……。天童、これは一体どこで見つけてきたんだ?」
「この美貌、そしてこの完璧なまでの従順さ……。まるで魂を抜き取ったかのような儚さだ」
財閥界の男たちは、獲物を値踏みするような視線で黒崎を包囲した。
「天童さん、どうやってここまで『躾けた』んだい?
あのプライドの高そうな瞳が、今やあなたの背中しか追っていないじゃないか」
「ああ、少しばかり手間はかかったがね。彼は非常に『学習能力』が高かった。
身体の隅々まで、私の教えを刻み込んでやった結果だよ」
天童は勝ち誇った笑みを浮かべ、黒崎の鎖骨あたり——スーツの下に隠された「首輪のリング」がある場所を、服越しに強く指でなぞった。
「っ……」
一瞬、黒崎の肩が微かに震える。
スーツの下では、八つの銀が密集する最奥が、歩くたびに、そして天童に触れられるたびに鋭い痛みを走らせていた。
しかし彼は表情一つ変えず、ただ伏せ目がちに微笑を浮かべ続けた。
「……私のようなものでもご主人様のお役に立てるのなら、これ以上の悦びはございません」
黒崎の口からは人形のように滑らかな言葉が滑り出す。
その黒崎の様子を会場の隅で一人、遠目に見ていた三十代後半の背が高く眼鏡をかけた男───佐藤医師は、違和感を覚えていた。
(あれは…自分の意思で発している言葉じゃない。……強烈な『痛み』によって、思考を物理的に奪われた結果だ)
一見すれば、黒崎は非の打ち所のない完璧な所作に見える。
しかし、佐藤の目には、それが生命の脈動から切り離された「プログラムされた運動」にしか映らなかった。
人間が呼吸し、思考し、感情を動かすときに生じる微細な揺らぎが、黒崎には一切ない。
優雅な挨拶を繰り返しながらも、苦痛に耐えるように僅かに強張る黒崎の指先を見逃さなかった。
天童が指をパチンと鳴らす。
「さあ、諸君。挨拶はここまでだ。
……これからこの『最高傑作』の中身がどれほど美しく飾られているか、別室でお見せしようじゃないか」
天童の卑俗な宣言に、客たちが色めき立つ。
いよいよ、黒崎が「人間」であることを完全に奪われる、全裸の展示会が始まろうとしていた。
豪華な絨毯が敷き詰められた別室。
そこは選び抜かれた「鑑賞者」だけが立ち入ることを許された、天童の個人的なギャラリーだった。
部屋の中央には、スポットライトに照らされた円形の白い台座が据えられている。
黒崎は天童の数歩前を歩き、迷うことなくその台座へと上がった。
「さあ、諸君。この皮を剥いだ先に待つ、真の芸術を見せよう」
天童の言葉を合図に、黒崎は無機質な動作で上質なスーツを脱ぎ捨てていく。
ジャケットが落ち、シャツのボタンが外されるたび、周囲の富豪たちからは「おお……」という溜息が漏れる。
シャツを脱ぎ去った黒崎の白い肌の上には、鎖骨を貫く重厚な銀のリングが異彩を放っていた。
天童はそのリングに、手元にあった頑丈な銀の鎖をカチリと繋ぐ。
「これが私の飼い犬を繋ぐための絆だ」
天童が指を「パチン」と鳴らすと、黒崎は訓練された獣のように迷うことなくその場に跪き、四つん這いの姿勢を取った。
スラックスも取り払われ、完全に剥き出しになったその身体。
耳、唇、乳首、へそ、鎖骨、そして下半身の前後……。
全身に刻まれた計15個を超える銀の装飾が、強烈なスポットライトを反射して黒崎の白い肌を侵食するように輝いている。
特に、後ろに密集した八つのリングが重なり合う様子はあまりにも異常で、見る者の理性を揺さぶる光景だった。
「どうだい、この見事な躾けぶりは。
彼はもう自らこの痛みを悦び、私のために跪くことしかできないのだ」
天童が鎖をグイと引き寄せると黒崎の首が不自然に反り上がり、艶っぽい、しかし感情の死んだ喘ぎが零れた。
周囲が熱狂的な称賛を浴びせ、天童の「調教」の腕を讃える中、ただ一人、佐藤だけは冷徹なまでの怒りとともにその光景を凝視していた。
佐藤は黒崎の知り合いではない。
しかし、医師として、そして一人の人間として、目の前の光景が「愛好」の範疇をとうに超えていることを察知していた。
台座の上で四つん這いになり、八つの銀が食い込む痛みに震えながらも、「ご主人様」を求めて媚びるような目を向ける黒崎。
その瞳の奥には、一滴の自我も残っていない、無限の虚無が広がっていた。
(…これは、適応でも服従でもない。
脳が自我という回路を焼き切り、生命維持装置としてのみ機能している状態だ。
天童は、彼を愛でているのではない。
生きたまま魂を解体したのだ……)
耐え難い嫌悪感が佐藤に突き上げる。
ついに彼は、狂乱する富豪たちの声を切り裂くように、一歩前へと踏み出した。
「——いい加減にしろ、天童。
これはあまりにも、やりすぎだ」
静かだが、会場の隅々まで響き渡る低い声。
天童が眉をひそめ、不機嫌そうに佐藤を振り返った。
「……佐藤先生。私のコレクションに、何の用かな?」
「コレクションだと? 彼の身体を見てみろ。
化膿し、裂け、銀の重みで神経まで病んでいる。……あんたがやっているのは芸術でも躾でもない。
ただの猟奇的な破壊工作だ。
医師として、これ以上この暴挙を見過ごすわけにはいかない」
佐藤の鋭い糾弾に、会場は一気に静まり返った。
台座の上で繋がれたままの黒崎は、その「救い」の言葉さえ理解できない様子で、ただ虚ろな目で自分を庇う男を眺めていた。
そこには、国の経済を動かす富豪や権力者たちが集い、芳醇なワインの香りと不遜な笑い声が満ちていた。
その中心に、天童は立っていた。
そしてその一歩後ろには、非の打ち所のない漆黒のスーツを纏った黒崎が、音もなく付き従っている。
黒崎の所作は、まさに芸術品だった。
背筋を微塵の揺らぎもなく伸ばし、天童が足を止めれば即座に静止し、天童がグラスを求めれば指先一つ触れさせぬ完璧な角度でそれを差し出す。
「……皆様、お初にお目にかかります。
主人の傍らにお仕えしております、黒崎と申します。
斯様に華やかな場にて、天童の『一部』として皆様をお迎えできますこと、この上ない悦びと存じます。
今宵、皆様の瞳に映るものが、主人の慈愛によって完成された一つの答えであることを、どうかその身で感じ取っていただければ幸いです。
……どうぞ心ゆくまでこの甘美な宴をお楽しみください」
黒崎が静かに頭を下げると、会場にいた賓客たちは一斉に息を呑んだ。
透き通るような白い肌、長い睫毛に縁取られたどこか虚ろで儚げな瞳。
そして、下唇で静かに光る銀のリングが、彼の高潔な美しさに「所有されている」という倒錯的な色気を添えていた。
「素晴らしい……。天童、これは一体どこで見つけてきたんだ?」
「この美貌、そしてこの完璧なまでの従順さ……。まるで魂を抜き取ったかのような儚さだ」
財閥界の男たちは、獲物を値踏みするような視線で黒崎を包囲した。
「天童さん、どうやってここまで『躾けた』んだい?
あのプライドの高そうな瞳が、今やあなたの背中しか追っていないじゃないか」
「ああ、少しばかり手間はかかったがね。彼は非常に『学習能力』が高かった。
身体の隅々まで、私の教えを刻み込んでやった結果だよ」
天童は勝ち誇った笑みを浮かべ、黒崎の鎖骨あたり——スーツの下に隠された「首輪のリング」がある場所を、服越しに強く指でなぞった。
「っ……」
一瞬、黒崎の肩が微かに震える。
スーツの下では、八つの銀が密集する最奥が、歩くたびに、そして天童に触れられるたびに鋭い痛みを走らせていた。
しかし彼は表情一つ変えず、ただ伏せ目がちに微笑を浮かべ続けた。
「……私のようなものでもご主人様のお役に立てるのなら、これ以上の悦びはございません」
黒崎の口からは人形のように滑らかな言葉が滑り出す。
その黒崎の様子を会場の隅で一人、遠目に見ていた三十代後半の背が高く眼鏡をかけた男───佐藤医師は、違和感を覚えていた。
(あれは…自分の意思で発している言葉じゃない。……強烈な『痛み』によって、思考を物理的に奪われた結果だ)
一見すれば、黒崎は非の打ち所のない完璧な所作に見える。
しかし、佐藤の目には、それが生命の脈動から切り離された「プログラムされた運動」にしか映らなかった。
人間が呼吸し、思考し、感情を動かすときに生じる微細な揺らぎが、黒崎には一切ない。
優雅な挨拶を繰り返しながらも、苦痛に耐えるように僅かに強張る黒崎の指先を見逃さなかった。
天童が指をパチンと鳴らす。
「さあ、諸君。挨拶はここまでだ。
……これからこの『最高傑作』の中身がどれほど美しく飾られているか、別室でお見せしようじゃないか」
天童の卑俗な宣言に、客たちが色めき立つ。
いよいよ、黒崎が「人間」であることを完全に奪われる、全裸の展示会が始まろうとしていた。
豪華な絨毯が敷き詰められた別室。
そこは選び抜かれた「鑑賞者」だけが立ち入ることを許された、天童の個人的なギャラリーだった。
部屋の中央には、スポットライトに照らされた円形の白い台座が据えられている。
黒崎は天童の数歩前を歩き、迷うことなくその台座へと上がった。
「さあ、諸君。この皮を剥いだ先に待つ、真の芸術を見せよう」
天童の言葉を合図に、黒崎は無機質な動作で上質なスーツを脱ぎ捨てていく。
ジャケットが落ち、シャツのボタンが外されるたび、周囲の富豪たちからは「おお……」という溜息が漏れる。
シャツを脱ぎ去った黒崎の白い肌の上には、鎖骨を貫く重厚な銀のリングが異彩を放っていた。
天童はそのリングに、手元にあった頑丈な銀の鎖をカチリと繋ぐ。
「これが私の飼い犬を繋ぐための絆だ」
天童が指を「パチン」と鳴らすと、黒崎は訓練された獣のように迷うことなくその場に跪き、四つん這いの姿勢を取った。
スラックスも取り払われ、完全に剥き出しになったその身体。
耳、唇、乳首、へそ、鎖骨、そして下半身の前後……。
全身に刻まれた計15個を超える銀の装飾が、強烈なスポットライトを反射して黒崎の白い肌を侵食するように輝いている。
特に、後ろに密集した八つのリングが重なり合う様子はあまりにも異常で、見る者の理性を揺さぶる光景だった。
「どうだい、この見事な躾けぶりは。
彼はもう自らこの痛みを悦び、私のために跪くことしかできないのだ」
天童が鎖をグイと引き寄せると黒崎の首が不自然に反り上がり、艶っぽい、しかし感情の死んだ喘ぎが零れた。
周囲が熱狂的な称賛を浴びせ、天童の「調教」の腕を讃える中、ただ一人、佐藤だけは冷徹なまでの怒りとともにその光景を凝視していた。
佐藤は黒崎の知り合いではない。
しかし、医師として、そして一人の人間として、目の前の光景が「愛好」の範疇をとうに超えていることを察知していた。
台座の上で四つん這いになり、八つの銀が食い込む痛みに震えながらも、「ご主人様」を求めて媚びるような目を向ける黒崎。
その瞳の奥には、一滴の自我も残っていない、無限の虚無が広がっていた。
(…これは、適応でも服従でもない。
脳が自我という回路を焼き切り、生命維持装置としてのみ機能している状態だ。
天童は、彼を愛でているのではない。
生きたまま魂を解体したのだ……)
耐え難い嫌悪感が佐藤に突き上げる。
ついに彼は、狂乱する富豪たちの声を切り裂くように、一歩前へと踏み出した。
「——いい加減にしろ、天童。
これはあまりにも、やりすぎだ」
静かだが、会場の隅々まで響き渡る低い声。
天童が眉をひそめ、不機嫌そうに佐藤を振り返った。
「……佐藤先生。私のコレクションに、何の用かな?」
「コレクションだと? 彼の身体を見てみろ。
化膿し、裂け、銀の重みで神経まで病んでいる。……あんたがやっているのは芸術でも躾でもない。
ただの猟奇的な破壊工作だ。
医師として、これ以上この暴挙を見過ごすわけにはいかない」
佐藤の鋭い糾弾に、会場は一気に静まり返った。
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