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第三章
二人で背負う傷跡
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佐藤の震える背中と、床に落ちる涙の音。
それを見た瞬間、黒崎の胸に渦巻いていた暗い疑惑は温かな雨に洗われるように溶けていった。
自分を「器」として見ていた男が、これほどまでに無様に、これほどまでに切なく、一人の青年のために泣くはずがない。
黒崎は静かに歩み寄り、膝をついて俯く佐藤の肩にそっと手を置いた。
そして、ためらうことなくその震える身体を抱きしめた。
「……佐藤さん。顔を上げてください」
「……黒崎、くん……。私は、君を……」
「いいんです。もう、謝らないでください」
黒崎は佐藤の耳元で囁くように、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「あの会場にいた人たちは、みんな俺を『モノ』として見ていました。
でも……佐藤さんだけは、俺の『痛み』を見てくれていたんですね。
あの地獄の中で誰か一人でも俺を一人の人間として、痛がっている人間として見てくれていた……そのことが、今、どれだけ俺を救ってくれているか、分かりますか?」
黒崎は佐藤の顔を包み込み、その涙を親指で優しく拭った。
「あの日、あなたがあそこにいてくれたから、俺は『見つけられた』んだ。
天童のコレクションとして死ぬはずだった俺を、あなたはあの日、あの客席から見つけてくれた。
……だから、自分を責めないでください。
あの日あそこにいたあなたは、加害者じゃない。
俺にとっての、『唯一の希望』だったんです」
佐藤は黒崎の言葉に、こらえていた感情を爆発させるように彼の肩に顔を埋めて泣いた。
医師として、一人の男として、誰にも言えずに抱えてきた「目撃者」としての重圧が、被害者である黒崎自身の許しによってようやく解き放たれていく。
「……ありがとう、黒崎くん。……本当に、すまなかった。
……そして生きていてくれて、ありがとう」
「はい。……俺も佐藤さんに出会えてよかった」
黒崎はかつて銀の鎖が通されていた鎖骨の跡を、佐藤の手の上に重ねた。
「この傷跡も、あの日あなたが客席にいた記憶も、全部消すことはできない。
……でも、これからは二人で持っていきましょう。
一人で抱えるには重すぎる過去なら、半分こにすればいいんです」
二人の間に漂っていた最後の壁が崩れ去り、そこには主従でも、医師と患者でもない、魂の深部で結ばれた一対の男男(ひと)の姿があった。
銀の音がしない静かな部屋で二人は寄り添い、窓の外に広がる穏やかな夜を見つめる。
それは過去の地獄さえも二人の絆の礎へと変えていく、真の意味での「再生」の始まりだった。
重苦しい過去の告白を経て、二人の間を隔てる壁は完全に取り払われる。
翌朝、診療所のキッチンにはかつての絶望的な静寂ではなく、平和で少し騒がしい幸せな日常の音が響いていた。
佐藤がエプロン姿でトーストを焼いていると、背後から音もなく忍び寄った黒崎がその腰に細い腕を回してぎゅっと抱きつく。
「……おはようございます、佐藤さん」
「おっと……おはよう、黒崎くん。
急に驚かさないでくれ、バターナイフを落とすところだったよ」
佐藤は眉を下げ困ったように笑いながらも、自分に顔を埋めてくる黒崎の柔らかな髪を愛おしそうに撫でた。
かつては命令がなければ触れることさえしなかった黒崎が、今ではこうして自ら進んで「体温」を求めてくる。
その変化が、佐藤には何よりの喜びだった。
「佐藤さんの匂い、落ち着く……。もう、離れたくない」
「困ったな。これじゃあ朝食が運べないよ。
……それとも、朝食より先に私を食べたいのかい?」
冗談めかして言った佐藤の言葉に、黒崎は真っ赤になって顔を上げた。
「なっ、……変なこと言わないでください!
俺はただ、充電してるだけです!」
二人の楽しそうな声が新しい一日の始まりを祝福するように、いつまでも響いていた。
それを見た瞬間、黒崎の胸に渦巻いていた暗い疑惑は温かな雨に洗われるように溶けていった。
自分を「器」として見ていた男が、これほどまでに無様に、これほどまでに切なく、一人の青年のために泣くはずがない。
黒崎は静かに歩み寄り、膝をついて俯く佐藤の肩にそっと手を置いた。
そして、ためらうことなくその震える身体を抱きしめた。
「……佐藤さん。顔を上げてください」
「……黒崎、くん……。私は、君を……」
「いいんです。もう、謝らないでください」
黒崎は佐藤の耳元で囁くように、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「あの会場にいた人たちは、みんな俺を『モノ』として見ていました。
でも……佐藤さんだけは、俺の『痛み』を見てくれていたんですね。
あの地獄の中で誰か一人でも俺を一人の人間として、痛がっている人間として見てくれていた……そのことが、今、どれだけ俺を救ってくれているか、分かりますか?」
黒崎は佐藤の顔を包み込み、その涙を親指で優しく拭った。
「あの日、あなたがあそこにいてくれたから、俺は『見つけられた』んだ。
天童のコレクションとして死ぬはずだった俺を、あなたはあの日、あの客席から見つけてくれた。
……だから、自分を責めないでください。
あの日あそこにいたあなたは、加害者じゃない。
俺にとっての、『唯一の希望』だったんです」
佐藤は黒崎の言葉に、こらえていた感情を爆発させるように彼の肩に顔を埋めて泣いた。
医師として、一人の男として、誰にも言えずに抱えてきた「目撃者」としての重圧が、被害者である黒崎自身の許しによってようやく解き放たれていく。
「……ありがとう、黒崎くん。……本当に、すまなかった。
……そして生きていてくれて、ありがとう」
「はい。……俺も佐藤さんに出会えてよかった」
黒崎はかつて銀の鎖が通されていた鎖骨の跡を、佐藤の手の上に重ねた。
「この傷跡も、あの日あなたが客席にいた記憶も、全部消すことはできない。
……でも、これからは二人で持っていきましょう。
一人で抱えるには重すぎる過去なら、半分こにすればいいんです」
二人の間に漂っていた最後の壁が崩れ去り、そこには主従でも、医師と患者でもない、魂の深部で結ばれた一対の男男(ひと)の姿があった。
銀の音がしない静かな部屋で二人は寄り添い、窓の外に広がる穏やかな夜を見つめる。
それは過去の地獄さえも二人の絆の礎へと変えていく、真の意味での「再生」の始まりだった。
重苦しい過去の告白を経て、二人の間を隔てる壁は完全に取り払われる。
翌朝、診療所のキッチンにはかつての絶望的な静寂ではなく、平和で少し騒がしい幸せな日常の音が響いていた。
佐藤がエプロン姿でトーストを焼いていると、背後から音もなく忍び寄った黒崎がその腰に細い腕を回してぎゅっと抱きつく。
「……おはようございます、佐藤さん」
「おっと……おはよう、黒崎くん。
急に驚かさないでくれ、バターナイフを落とすところだったよ」
佐藤は眉を下げ困ったように笑いながらも、自分に顔を埋めてくる黒崎の柔らかな髪を愛おしそうに撫でた。
かつては命令がなければ触れることさえしなかった黒崎が、今ではこうして自ら進んで「体温」を求めてくる。
その変化が、佐藤には何よりの喜びだった。
「佐藤さんの匂い、落ち着く……。もう、離れたくない」
「困ったな。これじゃあ朝食が運べないよ。
……それとも、朝食より先に私を食べたいのかい?」
冗談めかして言った佐藤の言葉に、黒崎は真っ赤になって顔を上げた。
「なっ、……変なこと言わないでください!
俺はただ、充電してるだけです!」
二人の楽しそうな声が新しい一日の始まりを祝福するように、いつまでも響いていた。
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