追放守護者の影光譚〜用済みだと追放され、平和な大陸に流れ着くもスローライフなんてする訳ない。〜

カツラノエース

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第7話「遺跡の扉、魔力の残響」

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 それから更に奥へと進むと、次第に木々の密度が一気に下がる。
 苔むした石畳、崩れかけた石柱──そこは明らかに自然ではない“造られた場所”だった。

「……ここが、地下遺跡の入口?」

 リィナが呟いたその先に、土に半ば埋もれた古代の扉が口を開けていた。石でできたアーチ型、表面には見慣れぬ文様が彫られている。

 ライゼンは前に出て、扉に指を滑らせる。
 感触と冷たさ、そして──わずかに指先を震わせるような“何か”があった。

「魔力だな」

 セリアが近寄ってきて、そっと扉の彫刻に触れる。

「これは……封印の術式ね。古代語の一種。相当な魔術師が造った遺跡みたい」

「開けられるか」

 ライゼンが問うと、セリアは軽く笑った。
 この時にセリアに無意識のうちに頼んでしまう辺、自分がこの3人――そしてこの世界に馴染んできたのだと実感する。

「任せて。これくらいの術式なら、今の私でも十分よ」

 魔力が膨らむ。風がざわつき、文様が青白く輝き出す。

「──解錠《リリース》」

 《カチリ……ギギギギ……》

 石の扉がゆっくりと音を立てて開いた。

 中から吹き出す風は冷たく、そして古びた土と錆の臭いが混じっている。

「……行こう」

 ライゼンが最初に足を踏み入れる。彼の目が、一瞬鋭く光る。

(魔物の気配……それに、魔力の痕跡が入り混じってる)

 だが、恐れはない。
 未知の空間であろうと、そこが“戦場”である限り、彼の居場所だ。

 ◇ ◇ ◇

 遺跡の内部は広く、左右に伸びる通路に、崩れた石像や割れた魔法具の残骸が転がっている。

「見て、壁のこの彫刻……文明、残ってたんだね、この辺りにも……」

 リィナが興味深そうに指をなぞる。

「ただの遺跡……じゃないな」

 ライゼンが低く呟いた。

「これは、“研究施設”だ。魔力の痕跡が強すぎる。何かを繰り返し試していた気配がある」

「よく分かるね……魔力なんて知らないんじゃなかった?」

「……痕跡を読むだけなら、“経験”が勝る」

 それは戦場で生き抜いてきた者の感覚だった。空気の流れ、壁の焼け跡、床に残る爪痕。
 すべてが“ここで何があったか”を物語っていた。

「……止まれ」

 唐突にライゼンが右手を上げる。全員がぴたりと静止する。

 《……ガシャ》

 その瞬間、天井の影から何かが滑り落ちた。

 《ヒシャァァアア──!》

 現れたのは、魔石のような鱗に覆われた巨大な蛇。
 だが、その目は明らかに知性を帯びていた。口元からは炎のような光が漏れている。

「……“サラマンダー・スネーク”!」

 セリアが声を上げる。

「炎を魔力で制御する爬虫種……初級魔法じゃ傷ひとつつかないっ!」

「なら──」

 ライゼンは剣を抜く。

「“魔法”以外で、叩き潰す」

 疾風。まさにそれが似合う一撃。

 蛇の尾が鞭のように振るわれるが──すでにそこにライゼンの姿はない。

 壁を蹴り、空中で体を捻り──鱗と鱗の間、“魔力炉”と呼ばれる核を弱点と見極め、そこに突き立てる。
 その挙動全てに迷いは無かった。

 一瞬でも迷えば待っているのは死――ライゼンはその世界で生き抜いてきた。

 《ドガァァン!!》

 魔力が爆ぜ、蛇は断末魔の咆哮を上げて崩れ落ちた。

「……マジで、やば……」

 リィナがぽかんと口を開ける。

「普通の冒険者じゃ絶対勝てないような魔物だよ、あれ……」

 ライゼンは息一つ乱さず剣を納める。

「ここの魔物は、“何か”に導かれている。今までの森とは質が違う」

 そして、ライゼンは扉の奥へと目を向ける。

 この遺跡の最深部に何があるのか──それを、確かめずにはいられなかった。

 ◇ ◇ ◇
 
 奥へと続く通路は、先ほどまでとは空気が違っていた。
 石壁に沿って残る焦げ跡。天井の亀裂から垂れる黒い液体。
 過去に、確実に“何か”があった痕跡──それも、戦闘ではなく実験的なそれだ。

「……魔力の濃度が上がってる。地下に行くほど、濃くなるわ」

 セリアが眉をひそめる。リィナも、その重い空気に少し気圧されていた。

「こ、ここって……ほんとにヤバいとこなんじゃ……?」

 そんな中で、ライゼンだけは冷静そのもの。
 指先を壁に添え、剣の柄に触れる。
 彼は“死”のにおいを敏感に察知する。

 ──戦場育ちの直感が告げていた。
 ここには、まだ“終わっていない存在”がいると。

「来るぞ」

 刹那。

 《ガァアアアアアッ!!》

 床を割って現れたのは、四肢に炎の結晶を宿した獣。
 地面を抉り、爪を震わせるその姿は──明らかに“調整された魔物”だった。

「“フレイム・コーガー”!? 何で、こんな亜種が……っ」

 セリアの声に重なるように、魔物が突進する。

「下がれ、リィナ、セリア──お前たちはまだ“この速さ”にはついてこれない」

 ライゼンの言葉に、ルークが剣を構えて前に出る。

「援護は任せてくれ。少しは動けるようになったからな」

「……なら、お前だけは“目”を開けておけ。俺の動きを見て学べ」

 《ドッ》

 一閃──床を蹴った瞬間、音が消える。

 ライゼンは“直線”では動かない。
 壁を利用し、崩れた瓦礫を踏み台にし、空間の死角を最大限に活用する。

 “フレイム・コーガー”の炎の一撃を紙一重で避け──その懐へ滑り込む。

「……重心が甘いな」

 肩、脇腹、膝裏──一瞬で三か所を斬りつける。

 そして──最後に、顎の下から喉元へ。

 《ズガンッ!!!》

 血と魔力が爆ぜ、獣は絶命する。

「……完璧、すぎる……」

 リィナがぽつりと漏らす。
 ルークは静かに剣を鞘へ戻す。

「“動きの意味”がすべてある……無駄が一つもない」

 戦闘が終わった後、セリアが何かに気づいたように奥へと歩き出した。

「──見て。あの扉」

 そこには、魔術式で封印された鉄の扉。
 明らかに他とは違う。
 古びているが、術式の密度が異常に濃い。

「これ……多分、ここの最深部。“何か”を閉じ込めてるわ」

「解けるか?」

 ライゼンの問いに、セリアはじっと文様を見つめる。

「少し時間がかかるけど……できる。ただ──」

 彼女の表情が曇る。

「これは……防御のためじゃない。“中にあるもの”を絶対に外に出さないための封印よ。つまり──中には“脅威”がいるってこと」

 その言葉に、しんと空気が張り詰めた。

 だが、ライゼンは一歩、扉に近づく。

「構わない。“脅威”なら、それを知る価値がある」

 そう言い残し、彼は扉の前に立った。

(俺は──この世界を知らない。魔法も、文化も、歴史も)

 (だが、知ることはできる。戦場に立つ限り、“あらゆる可能性”を)

「セリア。準備が整ったら、封印を解け」

「……了解」

 遺跡最深部──そこに彼らは足を踏み入れようとしていた。
 
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