追放守護者の影光譚〜用済みだと追放され、平和な大陸に流れ着くもスローライフなんてする訳ない。〜

カツラノエース

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第9話「魔力の源と、歪む真実」

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 三日間──それは、短いようで長い、嵐の前の静けさだった。

 ライゼンは、その間ひたすら剣を振っていた。
 ラシェルの外れ、木々に囲まれた空き地。誰も寄り付かないその場所に、静かな斬撃の音が響く。

(……魔導暴走。魔力というものが暴走し、人を、環境を巻き込む現象。そんなものが、この“光の大陸”には存在するのか)

 剣を振るたび、冷たい思考が巡る。
 彼の背には、かつて守護者として幾万の魔物を葬ってきた“黒鉄の大剣”。
 だが今は、その鋼すらも何かを求めているように鈍く鳴った。

「……ふーん、また来てたんだ」

 草むらを分ける足音と共に、明るい声が届いた。
 リィナだ。水色の外套に、軽やかな弓を背負って駆け寄ってくる。

「そんなに剣、振ってて疲れないの? ……って、聞くだけ無駄か」

 ライゼンは剣を収め、短く答える。

「疲労は感じる。だが、怠れば死が待つ」

「もー……そーいうとこだよねー。ちょっとは人間らしく休もうよ。ほら、差し入れ。ルークとセリアが焼いたパン」

 布に包まれた小さな袋を、彼女は差し出す。
 ライゼンは迷いなくそれを受け取り、静かに口に運んだ。

「……うまい」

「でしょ? ……あ、今の、ちゃんと“うまい”って言ったよね!? 記録しとこ!」

 リィナは嬉しそうにノートを取り出そうとして、ライゼンに止められた。

「……無駄な記録は、戦闘に支障をきたす」

「ひっどい!」

 だがその声にも怒りはなく、ただどこか穏やかな空気が流れる。

「ねぇライゼン……怖くない? “魔導暴走”の村って、今までとレベルが違うよ」

「怖い? ……俺は、恐怖を知っている。ただ、それを受け入れているだけだ」

「……そっか。でも、私たちがついてるから。あなただけが、戦わなくていいんだからね」

 その言葉に、ライゼンはわずかに目を細めた。

(……この世界には、“守るべきもの”が、あるのかもしれない)

 ◇ ◇ ◇

 三日後、彼らはラシェルの門を越えた。
 東へ三日、山岳を抜けた先にある小さな村──“クレイフ”。そこが、次なる任務の地。

「魔導暴走が発生してるって話だったけど……ただの荒れた土地、じゃないよね?」

 セリアが険しい表情で地図を確認する。

「数週間前から、魔力の流れが異常になり、村人が数人消えた。空間が歪み、魔物化が進んでるという報告もある」

 ルークが淡々と状況を説明する中、リィナがそっとライゼンを見た。

「ライゼン、初めて魔法の“暴走”に向かうんだよね。怖い?」

「……問題ない。敵の理が変わろうと、“殺す”ことは変わらない」

 その言葉は冷酷でありながら、不思議と安心感をもたらす。
 まるで、“絶対に背中は任せていい”と、そう語っているような信頼。

 ◇ ◇ ◇

 三日目の夕刻、ついにクレイフの村に到着した一行は──異様な“気配”を感じ取った。

 風が重い。空気が、まるで水を含んだように鈍い。

「……ここが“暴走”の中心……?」

 セリアが眉をひそめたその時、空気が“跳ねた”。

 ひゅ、と風が逆流し──突如、空間に“歪み”が走る。

 現れたのは、黒紫の瘴気に包まれた異形の魔物。
 骨のような腕、獣のような脚。魔力の暴走が生み出した、“世界の捻れ”。

「くっ……! 魔導障壁、張るわ!」

 セリアが詠唱を始める。
 リィナが素早く矢を番える。
 ルークが剣を構え、一歩前へ──だが、その瞬間。

「下がれ」

 冷たい声が響いた。ライゼンだ。

 彼は一歩、前へ出る。

 空間が震える。魔物が唸り声を上げる。

 だが──それより速く、彼の体が動いていた。

「──『零閃』」

 黒鉄の剣が、光を断つように横薙ぎに閃く。
 地面が裂け、空気が引き裂かれ、魔物の身体が真っ二つに叩き割られた。

 刹那。誰も、声を出せなかった。

 ただ、そこにあったのは──“圧倒的な一撃”。

 リィナがぽつりと呟いた。

「……あの人が、本気になったら……何が起きるのか、想像できないね……」

 ライゼンは振り返らず、ただ前を見据えていた。

「これは……始まりにすぎん」

 そう──ヴァルメルの闇が、エルディアに滲み始めている。
 光の大陸に、戦いの影が忍び寄る。

 そして、“守護者”はまた、一歩──この世界の真実に踏み込んでいく。

 ◇ ◇ ◇
 
 魔物の断末魔が、濁った空気に吸い込まれていった。
 地に崩れ落ちた異形の骸は、黒紫の靄を放ちながら、じわじわと地面に溶けていった。

 その場に残されたのは、ライゼンが振り下ろした一閃の跡と、言葉を失った仲間たちだけ。

「……お、おわった、の?」

 リィナが震える声で言った。
 先ほどまで彼女が矢を射抜こうとしていた相手は、文字通り“見る間”に斬り伏せられていた。

 セリアが魔力を収めながら、唇を噛んだ。

「……速すぎる……詠唱どころか、構える暇すらなかったわ……」

 ルークもまた剣を下ろし、呟く。

「まるで、戦場で生きてきた獣だな……。どうやったら、あそこまで“読み”と“技”が研ぎ澄まされるんだ……」

 それは、畏怖と──敬意。

 だが当のライゼンは、既に視線を“次”に向けていた。

「まだ終わっていない。瘴気の流れが沈静化していない。中心が別にある」

 淡々とした声。その意味を、三人はすぐに理解する。

「……じゃあ、あれは“前座”ってこと?」

「ここの村、魔物化の中心じゃないのか……?」

 ライゼンは頷き、足元の土をすくい上げる。
 黒ずんだ砂が、じくじくと湿っていた。まるで、見えない毒素が地面に染みているような。

「ここから魔力が湧き上がってきている。魔導知識が存在しない、俺の居た大陸にはない現象だ。」

 セリアが顔を上げる。

「……え?それって“魔力の湧点”があるという事……?魔力が自然発生する……でも、制御されずに渦を巻き続ける土地……。そんなの、記録では数百年前に封印されたはず……!」

 ライゼンは静かに目を細める。

「封印が破られたか、もしくは……何者かが“開けた”」

 その言葉に、空気が凍る。

「つまり……誰かが意図的に、魔力を暴走させてるってこと!?」

「魔物が自然発生してるんじゃなくて、誰かが“作ってる”のか……」

 ルークの言葉に、ライゼンは小さく頷いた。

「この場所を調べる。周囲を警戒しろ」

 即断。即行動。
 その動きに、三人も自然と続いていた。

(……気付けば、ついてきてるんだよね、私たち。なんでだろ)

 リィナは歩きながら、自分の胸に芽生えた疑問に気づく。

 ――守られてるから?
 ――強いから?
 それだけじゃない。

 彼の背を見ていると、どこか安心できるのだ。
 決して揺らがず、惑わず、ひたすらに“進む”背中に。

(……この人が焦ったら、きっと本当に世界が終わるんだろうな)

 それくらいの、絶対的な信頼。もはや彼の言葉が“命令”に聞こえたとしても、きっと彼女たちは従うだろう。

 ◇ ◇ ◇

 調査の末、村の奥──崩れた祠のような場所にたどり着いた。

「……なにこれ。魔力が……渦巻いてる」

 祠の中からは、濃密な魔力の流れが感じられた。
 内部には、歪んだ魔法陣。そしてその中心に、歪んだ“黒水晶”が据えられていた。

「……これは、“転写核”……?魔力を増幅し、周囲に垂れ流す装置……?――って待って、っ!?」

 本来そこにはある筈のない、いや、あってはならない物にセリアが目を見開いた。

「そんなの……禁術級よ!? 魔法の王国ですら、取り扱いは禁止されてるはず……!」

 ライゼンはゆっくりと剣を抜く。

「……ならば、破壊するまでだ」

「待って、ライゼン! それ、下手に壊したら周囲に魔力が暴発して──」

 言い終えるより前に、ライゼンの剣が“風”を裂いた。

 斬撃。だが、単なる力任せではない。
 風圧を利用し、核心部だけを斬り裂く。暴発は、発生しない。

「……終わった。中心は潰した」

「お、おいおい……ほんとに壊したのか、今ので……」

「最小限の切断。暴発の起点を“封じた”だけだ」

 魔導士のセリアが驚くほどの精密な斬撃。
 それはもはや、剣技というより“術”だった。

「魔法を知らないはずなのに……どうしてそんなことがわかるの……?」

「……実戦だ。見て、感じて、繰り返した。それだけだ」

 その言葉は、あまりにも“現実的”だった。

 彼は、ただ戦い、生き延びてきた。

 血の中で、死の中で、何百何千の戦場を越えてきた。
 だからこそ、彼の知識は“経験”に裏打ちされている。

「やっぱり……あんた、すごいよ」

 リィナが、ぽつりとそう言った。
 しかし、ライゼンは何も答えなかった。
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