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第12話「黒の組織、動く──そして現れる“もう一つの剣”」
しおりを挟む風哭きの谷での戦闘を終えたライゼンたちは、日が暮れる前にラシェルの村へと戻ってきた。
疲労はあったが、誰ひとりとして足を止めることはなかった。
「ただいまー!」
リィナがギルドの扉を開け放つ。中では昼間と同じように、年季の入った木造のカウンターに、あの受付の男――ハイルが座っていた。
「……随分早いな。まさか戦わずして逃げてきたか?」
「ちがうよ! ちゃんとやっつけてきたもん! ほら、これ!」
リィナが肩の袋をドサリと置く。中から転がり出たのは、黒い鱗の破片と、牙喰いの角。
ハイルの目が細くなった。
「……牙喰い、三体?」
「ああ。動きがおかしかった。ひとつだけ囮で、残りが待ち伏せ。しかも、飼い慣らされた形跡がある」
ライゼンが淡々と報告する。その語調に嘘はなかった。いや、嘘の入り込む余地すらない。
ハイルはふぅと長く息を吐いた。
「お前……なぜそんなに冷静に……」
「ヴァルメルの“境界域”。常に、死ぬか殺すかの戦場だった」
その一言に、ハイルが沈黙する。
カウンターの奥から、彼は静かに一冊のファイルを取り出した。
「……少し話がある。セリア、おまえたちも残れ」
「なにかあるの?」
セリアが目を瞬かせたが、すぐに真剣な顔に変わる。
「この谷の牙喰い……誰かが飼っていた可能性があるって、お前言ったな」
「ああ」
「実は、最近この周辺で“消えた冒険者”が急増している。報告を受けた分だけで五組。……全員、風哭きの谷か、その周辺」
「それって……!」
「最初は魔物の活性化かと思ってたが、どうやら違う。情報屋の連絡でな……“黒い外套の集団”が谷の近くで目撃されたって話が出てきてな」
ハイルが机に置いたのは、冒険者たちの報告地図。
赤い印が、その行方不明の痕跡を示している。
「これ……全部、風哭きの谷の周囲で」
セリアが呟く。
「何者かがこの谷を拠点に何かを始めている……。そして、お前たちはその牙の先端に触れた。下手をすれば、次狙われるのは――」
「……だから何だ」
ライゼンの声は微動だにせず、静かに続いた。
「脅しか? あるいは忠告か?」
「違う。これは“依頼”だ」
ハイルは新たな依頼書を取り出し、カウンターに広げた。
依頼内容:
《風哭きの谷周辺に潜む“組織”の調査、およびそれに関わる危険魔物の排除》
「報酬は高くつける。だが、今後の大陸全体に関わる問題だ。……正直、ここまで生きて戻ってきたのは、お前らが初めてだ」
ライゼンは無言で依頼書に目を通す。
セリアとルークは、視線を交わすことなく頷いた。
リィナが、いつものように拳を握る。
「行こうよ、ライゼン。……また誰かが襲われる前に!」
ライゼンは、わずかに目を伏せる。
(“助ける”という行為……ヴァルメルでは捨て去ったはずの感情。だが……)
リィナたちといる時間が、少しずつ彼の中の何かを変え始めていた。
「……受けよう。だが、これは“戦争”の準備になる。覚悟しておけ」
「おっけーっ!」
リィナが笑顔で飛び跳ねる。
その横で、セリアがくすりと笑った。
「ええ。覚悟なら、とっくにできてるわ」
ルークも静かに頷く。
ライゼンは、一瞬だけ微かに口角を上げた――気がした。
その夜。
ラシェルの村の裏手、森の奥深く。
黒い外套を纏った者が、焚き火の前で膝をつく。
「――牙喰い、三体が全滅?」
「はい。報告によれば、彼らはすでに我らの存在を感じ取っております」
「……なるほど。あの男、“異邦の守護者”か。面白い」
フードの下、紅い目が光を弾いた。
「計画を前倒しする。……この大陸の“均衡”を、我らの手で崩してみせよ」
◇ ◇ ◇
翌朝。
ライゼンはギルドが用意した二階の簡素な部屋で目を覚ました。
陽は既に高く、窓から柔らかな光が差し込んでいた。
かつてのヴァルメルでは、こんな静かな朝など一度として訪れなかった。
(……寝過ごしたな)
だが、敵の襲撃がないと確信して眠れる環境など、何年ぶりだったか。
そんなことを考えている自分に気付き、ライゼンは眉をひそめた。
扉の外から、元気な声が響く。
「らーいーぜーんー! 起きてるー!?」
「今、行く」
手短に身支度を整え、階段を下りると、リィナ、セリア、ルークの三人がギルドホールのテーブルで朝食を囲んでいた。
リィナが手を振る。
「おはよっ!」
「ああ。……昨日の件、動きは?」
ライゼンの問いに、セリアが手元のメモを見ながら答える。
「ギルドが動き出したわ。周辺の村に連絡を入れて、目撃情報を集めてる。……でも、“黒い外套の集団”については、まだ曖昧な話ばかり」
「その集団は本当に存在しているのか?……少なくとも今まで、そんな組織は聞いた事が無い。」
ルークが渋い顔をして言う。
「少なくとも、牙喰いを使役できる力がある。組織力は未知数だが、放置はできない」
そうライゼンが言った直後――
ギルドの扉が勢いよく開いた。
「おいハイル! 緊急事態だ!」
飛び込んできたのは、隣町の冒険者ギルドの使いだった。
顔には疲労と、そして焦燥が浮かんでいる。
「何があった」
受け付けカウンターに座っていたハイルがすぐに立ち上がる。
「“黒い外套の連中”が……街道沿いの巡回隊を襲ったらしい! しかも、その現場にいた奴が言ってたんだ! “漆黒の剣を持った男”が現れたって!」
「……!」
その言葉に、ライゼンの瞳がかすかに揺れた。
「黒の剣……?」
「聞き覚えがあるの?」
セリアが尋ねる。
ライゼンは少しだけ間を置いて、口を開いた。
「ヴァルメルには、かつて“二つの剣”と呼ばれた者がいた。……俺と、もう一人。俺が冷静な刃なら、あいつは狂気の剣だった」
リィナが目を丸くする。
「それって……」
「名は、“カグラ”。ヴァルメルの元・守護者。だが……奴は任務で“仲間”を斬った。理由は明かされなかったが、上層部はそのまま揉み消した。……俺は、奴を“処分”する命を受けて動いた」
ルークが息を呑む。
「その時に、倒したのか?」
「逃げられた。戦闘中、あいつは自分の腕を斬り落として、逃げた」
重い空気が漂う。
セリアが低く呟く。
「……もし、その“カグラ”が、今こっちの大陸にいるとしたら?」
「あいつは生存本能だけで動く男だ。だが――戦場に混乱があれば、確実に顔を出す」
ライゼンはギルドの地図を手に取った。
「ハイル。奴が現れた街道の位置を教えろ」
「東の“セトラ街道”。ラシェルからは馬で半日だ」
「……出るぞ」
「ちょ、ちょっと待って!」
リィナが立ち上がり、焦ったように言う。
「その“カグラ”って人、すっごく危ない感じするけど……ライゼン、大丈夫なの?」
「……一度殺し損ねた相手だ。今度は逃がさない」
その声音は、今までのどれよりも鋭かった。
だが、対してリィナは分かりやすくため息を吐くと――「へへ」何故か嬉しそうに怯むことなく微笑んだ。
「うん! わたしたち、後ろは任せて!」
「俺たちがお前の背中を守る。……ここはヴァルメルでは無い。仲間がついている。」
ルークの言葉に、ライゼンは短く頷いた。
「……ふん」
◇ ◇ ◇
一方、セトラ街道――
焼け焦げた街道の外れ。
黒い外套の者たちが無言で並び立つ中、その中央に――
紅の瞳と、黒い片腕。
漆黒の剣を背負った男が、無造作に歩み出る。
「フン……あのつまらねえ世界からやっと出られたと思ったら、面白ぇ連中がいるじゃねえか」
“狂気の剣”、カグラ。
その口元に浮かぶのは、血の匂いを欲する獣のような笑み。
「ライゼン。……次こそは、お前を殺してやる」
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