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第14話「決着と、再会と、戦士の誓い」
しおりを挟む斬撃と斬撃が交錯する。
風が裂け、大地が砕ける。
瘴気に満ちた森の中、ライゼンとカグラは誰にも踏み込めない速さで剣を振るっていた。
爆音と共に木々が吹き飛び、空気はまるで刃のように切り裂かれる。
「なぁライゼン。今の俺、ちょっとは面白いか?」
「否。お前は変わった。“斬るために生きる者”じゃなくなった。ただの壊れた兵器だ」
ライゼンの剣筋は無駄がない。刃の流れはまるで水のように滑らかで、だが、瞬間的に鋼鉄の破壊力を生む。
一方のカグラは、狂気と直感が交差したような戦い方。常識を逸脱した軌道から、獣じみた斬撃を放ってくる。
「クク……その目がいい。冷めてるくせに、俺にだけは殺意を隠せてねぇ。やっぱお前は最高だよ!」
「……黙れ」
瞬間、ライゼンの足元が爆ぜた。
瘴気の罠。それを察知していたライゼンは、寸前で空中へ跳躍。
だが――それを読んでいたかのように、カグラの刃が跳躍軌道へと伸びる!
「読み切ったァア!!」
斬撃がライゼンの左肩をかすめる。
血が舞った――だが、ライゼンはその瞬間に右足を枝へと引っ掛け、逆に落下軌道を切り替えた。
「甘いな」
カグラの視界の端に、既にライゼンの黒い影がいた。
「なっ――」
轟音と共に、剣が腹部に突き刺さる。
吹き飛ぶカグラ。数メートル後方の大木に叩きつけられ、そのまま地面を転がった。
「ぐ、は……ッ!」
「――終わりだ。立てないなら、もう刃を振るうな」
静かに、だが突き放すような声。
それはかつて、ヴァルメルで敵味方問わず命を刈ってきた守護者の、断罪の声だった。
リィナが、セリアが、ルークが――その場の空気に呑まれ、言葉を失って見つめていた。
それほどまでに、ライゼンの“戦い”は重く、恐ろしく、美しかった。
「……やっぱ、いいよな。お前はさ」
倒れたカグラが血を吐きながら笑った。
「俺はな、ずっと羨ましかったんだ。任務のために、誰よりも速く、誰よりも多く、誰よりも……綺麗に殺していくお前が」
ライゼンの目が、僅かに揺れた。
「だけど俺は、恐れたんだ。死ぬのが。だから、“進化”に縋った。瘴気を取り込めば、生き残れるってな……」
「……その結果がこれか」
「そうだ。俺は、俺でなくなった。けど、お前に斬られるなら……悪くない」
静かに、ライゼンが剣を構え直す。
――だが、その刃は振るわれなかった。
「……お前の剣は、もう折れてる。俺が斬る意味はない」
ライゼンが背を向けた。
「っ……逃がすのかよ、俺を……!」
「逃げろとは言っていない。次に会った時、お前がまだ戦場に立っていたら――その時は、斬る」
カグラの瞳に、確かな震えが宿った。
「は……ハハ……やっぱ、お前だな」
ライゼンはその背中に何も言わず、ただ仲間たちの方へと歩いていく。
彼の剣が、もう一度振るわれる日は――まだ、先だ。
◇ ◇ ◇
「……ねぇライゼン」
村へ戻る道。沈黙の中、セリアがぽつりと声をかけた。
「どうして、あの人を殺さなかったの?」
「……殺す価値が、なかった」
それは冷酷にも思えたが、そこにあったのは“人を斬ってきた男”の覚悟だった。
「ふーん……なんか、難しいことはわかんないけど……」
リィナが苦笑して、ぽん、とライゼンの背を軽く叩いた。
「カッコよかったよ、すっごく!」
「……そうか」
ライゼンは何も言わなかったが、その目はわずかに穏やかだった。
それに気づいたのは、隣を歩くルークだけだった。
「(こいつ……“変わり始めてる”)」
冷たく、誰も寄せつけなかった剣が、今――仲間というものを、ほんの少しだけ、受け入れ始めていた。
◇ ◇ ◇
戦闘の報告を終えたギルドの一室。
ライゼンは窓際に立ち、静かに外を見つめていた。木漏れ日が差し込む午後の光。遠くの子供たちの笑い声が、平穏を演出する。
「ふぅ……」
椅子に崩れ落ちるように座り込んだのはルークだ。
「はっきり言って、あんな戦い……一歩間違えれば死んでたな」
「俺たちだけだったら、確実に全滅してたよ……」
「本当に、助かったわ。ありがとう、ライゼン」
セリアも苦笑混じりに言いながら、ライゼンに目を向ける。
リィナはというと、既にライゼンのすぐそばで、彼の腕をつついている。
「ねぇねぇ、ライゼン。あの最後の剣、どうやったの? 風を斬ったみたいだった!」
「風は斬っていない。ただ、地形を使っただけだ」
「そーいうのがカッコいいんだってばー!ねぇ、今度教えてよ!」
「……気が向いたらな」
リィナは嬉しそうににっこり笑う。
その笑顔を、ライゼンはちらりと見ただけで、また窓の外へと視線を戻した。
(……穏やかだ。今は)
けれど、どこか胸の奥がざわつく。
カグラの背後にあった“瘴気の核”、そして尋常ではない変化。
それらは単なる暴走ではなく――もっと大きな何かの前触れだった。
「ライゼン」
声をかけたのはルークだった。
「何か思い当たることがあるのか?」
「……わからん。ただ、ヴァルメルにはなかった魔力の干渉を感じた」
「魔力……」
セリアがわずかに眉を寄せる。
「それが意味するのは……“こちらの魔法”の力を、誰かが操っていた可能性があるということ?」
「可能性の話だ。だが、今後の依頼にも注意しておけ」
その瞬間、ギルドの扉がノックされた。
「失礼する」
現れたのはギルドの受付、フレイという初老の男だ。
温厚そうな表情をしているが、その目には確かな観察力が光っていた。
「ハイルから常々話は聞いている。それに君たちは時の人でもあるしな。先程の件、ご苦労だった。……実は、次なる依頼を検討していてね」
「依頼……?」
「君たちが対処した“瘴気の異変”――似た現象が、エルディア北部の村でも発生しているとの報告が入った」
場の空気が、変わる。
セリアが口を開く。
「偶然、じゃない……かもしれない」
フレイは頷き、真剣な表情で告げた。
「詳細な調査のため、ギルドとしても冒険者を送りたい。だが、君たち――特に“ライゼン君”の力は必要だと判断した」
「……行く。問題ない」
即答だった。
ルークが目を細める。
「行動が早いな」
「“脅威”は、立ち止まらない」
その言葉に、誰も反論できなかった。
――まだ分からない。だが確実に、何かが動き始めている。
戦いの嵐は、まだ終わっていなかった。
◇ ◇ ◇
その夜、宿の部屋に戻ったライゼンは、久しぶりに眠りにつこうとしていた。
ふと、窓の外から、リィナの声が聞こえる。
「……ねぇ、セリア。ライゼンって、昔どんな生活してたのかなぁ」
「そうね……きっと、とっても辛いことが多かったと思う。あの目、ずっと……戦場にいた人の目だった」
「でもさ、最近ちょっと柔らかくなったと思わない? ほら、今日も私のこと“うるさい”って言いながら怒らなかったし」
「ふふ、確かに」
「きっとね、少しずつ変わってるんだと思うな、ライゼンって」
――それを、窓越しに聞いていた男の唇が、僅かに動いた。
「……うるさいな」
その夜の空は、満天の星に包まれていた。
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