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第15話「北部の村へ――忍び寄る影」
しおりを挟むエルディア大陸、北部地方。山と森に囲まれた村――【ロルン】
ライゼンたちは、ギルドから支給された馬車で数日かけて村へ向かっていた。
車内では珍しく、リィナが静かだった。
「……なんだ、騒がしくないな」
ライゼンの淡々とした一言に、リィナは肩をすくめる。
「ふぇ……? なんか、森が静かすぎて……ね」
彼女の目には、遠くの木々が映っていた。
まるで何かを警戒するように。
動物の鳴き声も風の音も、どこか歪んでいる。
「――“気配”が消えているな。森が、息を潜めている」
ライゼンは馬車から身を乗り出し、周囲の気配を探る。
ルークが剣に手をかけた。
「瘴気の影響か?」
「……可能性はある。ただし、ヴァルメルにいた魔物と違い、この地では魔力が干渉している」
セリアも馬車の横から身を乗り出し、静かに魔力の流れを探った。
「おかしいわ……この辺り、本来は“生命力の濃い”土地なのに、魔力が濁ってる」
ライゼンは森を見据えたまま呟く。
「――腐っている。根本から」
それは、ヴァルメルでも感じた“死の気配”に似ていた。
……だが、もっと複雑で、異質。
「なぁ、ライゼン。これ……本当に“瘴気”だけの問題か?」
「違う。誰かが意図的に――“汚染”している」
その答えを聞いた瞬間、馬車の進行方向から突如、魔物の咆哮が響いた。
重く、濁った声。
森の中から飛び出してきたのは、鋭い牙と鎧のような鱗を持つ“異形の狼”。
「っ、来たっ!」
リィナが弓を引き絞りながら跳び下りる。
ルークもすでに剣を構え、森の地形を確認する。
セリアが詠唱に入ろうとした瞬間――
「下がれ。俺がやる」
冷たい声と共に、ライゼンが静かに前へ出た。
足元の土を蹴り、一直線に突っ込む。
敵の喉元に一撃を放つかと思われた瞬間、地面を斬った。
――ズン。
その一撃で、地面が崩れ、魔物の足が沈む。
「地中を削った……!」
リィナが声を上げる。
足場を失った魔物がバランスを崩した隙を突き、ライゼンの剣が“喉の一点”に突き刺さる。
「終わりだ」
刹那。
蒼黒い血が吹き出し、魔物は絶命した。
静寂。
セリアが口を開く。
「……さすが、としか言いようがないわね」
リィナが駆け寄ってくる。
「もう、ほんっとすごい! ねぇ、今の地面の使い方、どうやったの!?」
「……その辺の構造を見てただけだ」
「ねぇねぇ、それって教えてくれる? それとも“気が向いたら”?」
「“必要になったら”だな」
リィナは嬉しそうに笑い、隣でルークがふっと目を細める。
「でも、これは一体……。森全体が、腐ってるようだったな」
「問題は、“誰が”これを仕組んだのか……だな」
ライゼンの目が、遠くの空を睨む。
――その空の向こう、森の奥深く。
そこでは、黒いローブに身を包んだ男が、魔石をかざしていた。
「やはり……来たか、“ヴァルメルの亡霊”」
男の口元が歪む。
「だが――遅すぎた」
黒煙が天に昇り、新たな魔獣の咆哮が、森に響き渡った。
◇ ◇ ◇
ロルンの村は、山と森に囲まれた静かな集落だった。
……いや、“静かすぎた”。
ライゼンたちが馬車を降り、村の入り口に立った瞬間から、空気に張り詰めたものを感じていた。
人気がない。
扉の閉まった家々。
窓から恐る恐る外を覗く視線。
まるで、全てが“何か”に怯えている。
「ねぇ……ここ、本当に人が住んでるの?」
リィナが小さく呟いた。
その声も、空気に呑まれていくようにかき消えた。
「森の瘴気は、ここまで影響しているってことか」
ルークが低く言う。
「瘴気……というより、“何かが潜んでる”気配ね」
セリアが額に手を当て、薄く目を細める。
彼女の魔力感知にすら、ノイズのようなものが混ざっている。
ライゼンは、一歩踏み出した。
土の感触。
草の揺れ方。
獣の足跡――ない。
「……死が、染み込んでる」
それはヴァルメルで何度も見た光景に似ていた。
ただし、違うのは“まだ手遅れではない”という点だ。
そのとき、扉の一つがわずかに開き、老いた村人が顔をのぞかせた。
「……あんたら、ギルドの者か?」
「あぁ」
ライゼンが頷くと、老人はかすれた声で言った。
「だったら、村長のところへ行ってくれ。……もう、時間がねぇかもしれん」
老人の顔は、恐怖と諦めに染まっていた。
◇ ◇ ◇
村長の家は、村の中央にある石造りの建物だった。
中に通されると、やせ細った老村長が疲れ切った顔で椅子に座っていた。
「……ご足労、感謝する。ギルドから応援が来るとは……正直、思っておらなんだ」
ライゼンは席に着かず、短く問う。
「何が起きている?」
村長は沈黙の後、口を開いた。
「……三日前だ。森で薬草を採っていた娘が、戻ってこなかった。翌日、探索隊を出したんだが、見つかったのは“空っぽの村人服”だけだった」
「遺体じゃなくて?」
ルークが驚いたように眉を動かす。
「あぁ……まるで、中身だけが消えたように、皮だけが地面に落ちておった。まるで……“溶かされた”ようにな」
室内の空気が重くなる。
セリアが、ゆっくりと口を開いた。
「それって……“魔法的な痕跡”は?」
「わからん……だが、誰も、森に近づこうとはせん。次に行った者も、同じく消えた。森の奥からは、今でも奇妙な“歌声”のようなものが聞こえてきてな……」
“歌声”。
ライゼンの脳裏に、ヴァルメルで聞いた魔物の“召喚詠唱”がよぎる。
――術式か。しかも、かなり洗練された“誘導型”の。
「場所は?」
ライゼンが問うと、村長は地図を取り出し、震える指で一つの場所を示した。
「この“腐れ谷”と呼ばれる森の窪地……そこから“全て”が始まっておる」
リィナが息を呑む。
「ねぇ、ライゼン……行くつもりでしょ?」
「当然だ。“異常”の中心を絶たなければ、村も、ギルドも守れない」
その答えに、ルークが静かに頷いた。
「俺も行く。……これは、俺たち4人の任務だからな」
セリアもまた、微笑んだ。
「“ライゼンに出会う前”には荷が重い任務だけど……ライゼンがいるなら、やってみようって思えるわ」
リィナは拳をぎゅっと握り、言った。
「よーし! 絶対やってやるんだから!」
そんな彼女たちの言葉を聞きながら、ライゼンはただ一つ、心に決めていた。
――これを“始まり”にする。
この世界に来て、ずっと探していた意味。
その意味を――己がここで生きる意味を見出すための、“戦い”だ。
「夜明けと同時に出る。準備は各自で整えろ」
静かに告げ、ライゼンは窓の外――闇に沈む森を見つめていた。
その奥で、何かが“笑って”いる気がした。
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