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第19話「王都より来たる使者」
しおりを挟む王都エルドラン。
それはエルディア大陸の中心にして、文明と魔法、そして欲望と策謀が蠢く場所。
門前で馬車から降り、ここまで護衛してくれた冒険者一行を見送ると、4人は待っていた王都の者に言われるまま、新たな馬車に乗り継いだ。
◇ ◇ ◇
そして一行は遂に王都の門をくぐる。豪華な馬車の窓から見える街並みは、ライゼンにとってまるで別世界だった。
石畳の道は整備され、魔導の街灯が優しく街を照らし、人々の顔にはどこか余裕すら感じる。
「すっごい……ラシェルの十倍、いや百倍すごくない……!?」
リィナが窓に張り付き、目を輝かせる。
「都会に飲まれないようにしなさいよ。王都は、情報の密度も速度もまるで違うから」
セリアが優しく忠告するも、その声にはどこか緊張が滲んでいた。
ルークは黙ったまま、目を細めて外を睨む。
「……監視されてるな。ギルドの旗がある塔の上から視線を感じる」
ライゼンは彼らの会話を聞きながら、王都の空気を一息吸った。
この街に漂う魔力は、どこか歪んでいる。人の手によって編まれすぎた力の流れ。
自然ではない魔の香り――彼の感覚がわずかに警鐘を鳴らす。
◇ ◇ ◇
ギルド中央支部は、まるで城だった。
高い天井、光る大理石の床。各所に魔法の結界と警戒魔術。
受付には豪奢な服を着た男性が立ち、冷ややかな視線をこちらに向けてきた。
「地方支部からの推薦状は……こちらですね。ふむ、“ライゼン・ヴァール”殿。例の……異大陸の出身者、ですか」
その言い方には、明らかに好奇と侮蔑が入り混じっていた。
「関係ない」
ライゼンは短く返す。が、その声には微塵も揺れがなかった。
男は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに愛想笑いを作る。
「では、異例ではありますが近くの宿の空き部屋を一室、仮住まいとしてご用意します。ただし……王都では、弱ければ見下される。それを忘れずに」
「弱ければ、死ぬ。それだけだ」
その言葉に、受付の男が言葉を失った。
部屋に通された後、3人は少し疲れた様子でベッドに倒れ込んだ。
「は~、緊張したぁ……王都って、こう……空気が重いよね……」
「ただの物見遊山じゃないから。ここでは、誰もが力と立場で相手を測る」
「ルークの言う通りよ。気を引き締めましょう」
セリアが静かに告げる中、ライゼンは窓の外を見る。
夜の王都。
どこか、冷たい風が吹いていた。
そしてその時――
「……ライゼン。なにか感じるか?」
表情ひとつ変えずに窓の外を見つめるライゼンにルークが呟いた。
「地下……南側だ。何かが蠢いている」
「魔力……いや、“瘴気”のような……」
「瘴気……?やっぱり王都にも……」
セリアの顔が強張る。
「何かが、起こる」
ライゼンの声が静かに部屋を満たした。
この街の底に、確実に“何か”が潜んでいる。
◇ ◇ ◇
朝焼けが王都の屋根を照らす頃、ライゼンはすでに宿の庭で剣を振っていた。
刃が風を裂く音。何百、何千と繰り返された動作。彼にとってはそれが呼吸のようなものだった。
「……もう起きてたのか、ライゼン」
ルークの声が背後からかかる。静かに、だが確かな歩調で近づいてきた。
「鍛錬は、日課だ」
ライゼンは答えながらも視線は剣の先に向けたまま。
ルークは無言でそれを見つめ、やがてぽつりと漏らした。
「お前の剣筋……すげえよ。速すぎて、目が追いつかない時がある」
「無駄を捨てれば、速度は自然と残る」
ルークは小さく笑った。「そういうところ、相変わらずだな」
二人の間に流れる沈黙は、居心地の悪いものではなかった。
やがて、向こうから慌ただしい足音が聞こえてくる。
「らっライゼ~ン! ごはんごはんっ! 一緒に行こー!」
元気すぎる声とともに、リィナが姿を現す。寝癖を跳ね散らかしながら手を振る姿は、どうにも抜けていた。
「……なぜ走る」
「いや~!噂で聞いたんだけどさ!ここの焼きたてパンってめっちゃおいしいらしいのっ!だから遅れると絶対すぐ無くなるの!」
「ならば早く行け。食事の効率は大事だ」
「その言い方どうなの!? ていうか一緒に来てよ!」
後ろからセリアが現れ、笑いをこらえながら肩をすくめた。
「もう、リィナったら。ライゼンも困ってるじゃない」
「もーセリアまでっ!ライゼンはいつもこんな顔なんだって!」
「ふふ、それは言えてるわね」
「……」
どこかほっとする朝のやり取り。だが、その空気を断ち切るように――。
「ライゼン・ヴァール殿。ギルド本部より召喚です」
無機質な声と共に、一人の青年が敷地に入ってきた。王都ギルドの使者だった。
「急ぎの内容とのこと。王立ギルド本部、第三会議室へ」
ライゼンの目が一瞬だけ細くなった。
「内容は?」
「――古代遺跡。エルディア大聖堂跡地への調査任務です」
その瞬間、ライゼンの背筋を何かが撫でた。
昨夜、感じた瘴気。あれと同じ“気配”が、言葉の中に滲んでいた。
「……了解した」
ライゼンの短い返答を最後に、使者は再び沈黙し、先導するように背を向けて歩き出す。王都ギルド本部の使者──無駄な言葉ひとつない所作と、研ぎ澄まされた歩調。一目でわかる、精鋭の動きだ。
「第三会議室はギルド本部棟の東側です。着いてきてください」
ライゼンは頷きだけを返し、使者の後を無言で追う。背後でリィナの不安げな声が響いた。
「ライゼン、ひとりで大丈夫? あたしたちも行った方が――」
「……問題ない」
ライゼンは、振り返らずにそう言った。その声に迷いはない。ただ一点を見据えた、鋼のような冷たさが宿っていた。
しかし、その一瞬。リィナは見逃さなかった。ライゼンの瞳が、ごく僅かに揺れたことを。
(昨夜の瘴気のこと……感じてるんだ)
リィナは唇を噛みしめる。セリアも横目でライゼンを見送りながら、静かに呟いた。
「ライゼンは……今でも独りで戦おうとしているのね。でも――」
その先は言葉にならなかった。
◇ ◇ ◇
王都ギルド本部、第三会議室。重厚な扉が静かに開かれる。
中にいたのは、ローブ姿の幹部たち。そして、その中央に座すのは――王都本部の執政官、《ギルド管理局・第五席》フルド。
「ライゼン・ヴァール殿。遠路ご苦労だった」
フルドの声は低く、抑制された威圧を含んでいた。だが、ライゼンは怯まない。むしろ、空気の違和感に敏感に反応していた。
「調査任務と聞いている。詳細を」
「率直に言おう。三日前、エルディア大聖堂の地下区画にて、“古代式の転移陣”の起動反応が確認された」
その言葉に、ライゼンの眼光が鋭く光った。
「転移陣……? 何が起きた?」
「不明だ。ただ、過去数百年にわたり沈黙していた古代陣が、突如として反応を示したのだ。現場にいた術士が“黒い瘴気に包まれた空間が開いた”と証言している」
(黒い瘴気――やはり、昨夜の“気配”はこれだ)
フルドは資料を一枚、机の上に滑らせる。ライゼンはそれを一瞥し、内容を即座に読み取る。
「この任務は……探索ではない。浄化、あるいは排除を前提とした“戦闘任務”だな?」
「察しが早くて助かる。――補助のため、適任と思われる者たちを随伴させる手配をしてある」
フルドが指を鳴らすと、扉の外から軽やかな足音が聞こえてきた。
「おまたせしましたっ!」
弾む声と共に、リィナが飛び込んできた。その後ろにセリア、そしてルークの姿も。
「へっへん!びっくりした!?着いてきてたんだよ~!――――ギルドの人たちに聞いたの。あたしたち、補助要員として任務に参加するって!」
「お前たちが……?」
ライゼンの声がわずかに低くなった。しかし、それは怒気ではない。驚きでもない。ただ、冷静な再確認。
セリアが一歩前に出る。
「ライゼン。あなたが何を警戒しているのか、私に全部理解は出来ない。でも――独りで全部背負うのは、もう終わりにして」
ルークも静かに続いた。
「俺たちはまだ未熟だ。けど、あんたと行動を共にして、ずっと見てきた。だから信じてくれ。後ろは、俺たちが守る」
ライゼンの目が、彼ら三人をゆっくりと見渡す。
その視線の奥に、一瞬だけ揺れるものがあった。
「……そうか」
それだけ言って、ライゼンは再びフルドへ向き直った。
「出発は何時だ?」
「出発は明朝。詳細な地図と補給物資は、後ほど別室で受け取ってくれ」
会議は粛々と進み、やがて解散となった。
廊下に出ると、リィナが不安そうにライゼンを見上げた。
「ライゼン……やっぱり、なんか変じゃない?裏がありそうだよ……」
「……ああ。だが、依頼の目的はともかく、俺たちのやることは変わらん」
「うん……分かった!」
「……にしても、ギルドの上層部、何か隠してるようにしか見えなかったな」
ルークが隣でぼそりと呟くと、セリアが優しく頷く。
「ええ。王都って、表の顔が多すぎるのよ。裏の事情に触れようとすると……痛い目に遭うこともあるわ」
ライゼンは一言も返さなかった。ただ、彼の歩みに迷いはなかった。
◇ ◇ ◇
その夜。
ライゼンはひとり、宿の屋上に立っていた。
星の見えない王都の夜空。だが――風の流れが微かに語っていた。
「……やはり、同じ“瘴気”か」
夜風に呟くその声音は、鋭く、そして静かだった。
ふと、後ろから足音が近づいた。リィナだ。
彼女は珍しく真面目な顔で、隣に並ぶ。
「……ライゼン。明日、危ない任務かもだけど……わたしたち、ちゃんと力になれるかな……?」
「お前は弓を撃て。ルークは剣を振るい、セリアは魔法を放つ。それで十分だ」
「それって……」
「俺が敵を斬る。お前たちは、自分の役割を全うしろ。それが“力になる”ってことだ」
リィナは数秒、目を見開いたまま、ぽかんと彼を見つめた。
そして、すぐに笑った。
「へへっ、……なんか、そういうとこ、やっぱ好きかも」
ライゼンは何も答えなかった。ただ、目を閉じ、風の音に耳を澄ませる。
夜の王都に、瘴気の気配が、また微かに揺れていた。
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