追放守護者の影光譚〜用済みだと追放され、平和な大陸に流れ着くもスローライフなんてする訳ない。〜

カツラノエース

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第20話「崩れたエルディア大聖堂」

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 王都三日目の朝。

 空はまだ薄曇りだったが、気温は穏やかで、風は静かだった。だが、ライゼンの内心には、初日の夜の“違和感”が、静かに尾を引いていた。

「じゃあ、いよいよ大聖堂跡地ってわけだね……!」

 リィナが意気込んだ声で言いながら、荷物のベルトをぎゅっと締める。その目には不安よりも好奇心が強く灯っていた。

「よしっ!忘れ物はなし!セリア?」

「ええ、大丈夫。ルークは?」

「確認済みだ。ルートも頭に入ってる」

四人の冒険者は、王都の南門を抜け、石畳の道から徐々に草の混じる古道へと入っていく。

 対してライゼンは、何も言わずに先頭を歩いた。

――やはり、この空気は不自然だ。

道中、木々のざわめきが妙に耳に残った。鳥の声が、明らかに少ない。そして、風の流れすらも、歪んでいるような気がした。

「なあ、ライゼン」

不意に、ルークが隣に並んで言った。

「……何か感じたか?」

ライゼンの足が一瞬止まりかけたが、すぐに歩き続ける。

「――お前もか」

「はっきりとは言えない。ただ……風の流れと、空気の重さが……変だった」

「敏いな。……悪くない」

ライゼンが小さく呟いた。

セリアとリィナは、少し後ろで二人の様子を見ながら会話を交わす。

「なんか、二人とも難しい顔してるね」

「うん……でも、ライゼンの言葉、ルークはちゃんと理解してたわ。さすが、剣士同士ってとこかしら?」

「ずるいー。私もカッコいい会話に混ざりたいなあ」

「リィナはそのままでいいのよ。癒し枠だから」

「え~!?」

笑い声が一瞬だけ空気を和ませたが、空気の“芯”は、変わらず張り詰めていた。

やがて、道は開けた丘の上へと続いた。そこから見下ろせば、かつて大聖堂があったという広大な石の平原――

いや、もはや“跡地”と呼ぶのが正しい、崩れた柱と瓦礫の海が、そこに広がっていた。

「……ここが、エルディア大聖堂の跡地……」

セリアが、無意識に息を呑んだ。

「なんか、風が……嫌な感じ」

リィナが、弓に手を伸ばす。

ライゼンはその場で立ち止まり、目を閉じた。

風を、空気を、地の“ざわめき”を聴く。

――居るな。

あの瘴気と、同じ気配。
地の底から這い出ようとする何かが、この土地を蝕んでいる。

「戦闘準備。……すぐ来る」

「えっ、え? もう!?」

「……見えない敵が近づいてくるの。気配が分からないけど……絶対に何かがいるわ」

セリアも、すぐに魔導書を手にした。ルークは剣を抜き、無言でライゼンの背中を預ける。

「……準備完了」

その瞬間、大地が震えた。

裂け目のように石畳が割れ、その中心から――

「くるぞッ!」

ライゼンの叫びと同時に、瘴気に包まれた魔物の影が、地中から這い出した。

牙を剥き、黒く染まった異形の存在。

「出たな……!」

 それは人の姿すら思わせない、瘴気の塊――ねじれた骨と肉、無数の黒い目玉、そして鎖のように絡む触手が全身を覆う。

「な、なんなのコイツ……っ!」

リィナの声に、恐怖がにじむ。それも無理はない。今までの魔物とは、根本的に“異質”だった。

「落ち着け……リィナ、右から回れ。セリアは支援。ルーク、俺の左を取れ」

 冷徹な声が、空気を切り裂いた。ライゼンは一歩も引かず、異形と真正面から対峙する。

「了解!」

 ルークが無言で剣を構え、影のようにライゼンの左へ。セリアがすでに魔力を練り上げ、詠唱に入る。

「氷よ、澄み渡る刃と成りなさい――《アイスランス》!」

氷の槍が空を貫き、異形の腕を弾いた。その瞬間、リィナが横から矢を放つ――が。

「効いてない……!? 矢が、瘴気に飲まれてる……!」

黒い靄が、まるで生きているかのように矢を包み、霧散させた。

「瘴気が防御に使われている……これは、ただの魔物じゃないな」

ライゼンの眼が細められる。

「その通りです、ライゼン・ヴァール」

――不意に、声が響いた。

丘の上、崩れた柱の影。そこに立っていたのは、王都のギルド使者――ではなく、見慣れぬローブの男。

「誰だ……!」

ルークが剣を構える。セリアも魔導書を構え直す。

「申し遅れました。私は“瘴気学派”の者。大聖堂跡地の研究を任されております……もっとも、皆様には“監視者”と呼ばれる立場の方が伝わりやすいでしょうか」

「ど、どういう事、これって調査なんじゃ……?」

リィナが訝しげに問いかける。

「ええ、ギルドには“大聖堂跡地の調査”とだけ伝えてあります。ですが、実際は――この“異形”の存在を試す場でもありました」

「……試す?」

ライゼンの声に、わずかな苛立ちが混じる。

「ええ、彼らがどこまで瘴気に“適応”できるか。それを知るために、こうして放ったのです。忌まわしき過去の遺産が、いかに“進化”を遂げたのかをね」

「なにそれ、っ……あたしたちを最初から、囮に……!」

リィナが矢をつがえ、怒りのままに叫んだ。だが、ローブの男は肩をすくめる。

「囮ではありません。試金石、です」

その瞬間、魔物が咆哮を上げた。

「――来るぞッ!」

ライゼンの声と同時に、異形の魔物が跳んだ。地面がえぐれ、触手が空を舞う。

「リィナ、伏せろ!」

ルークが身を投げてリィナを庇う。触手がかすめ、石壁を破壊した。

「……セリア、支援魔法を。リィナ、狙撃を任せる。ルーク、突撃の援護を」

「分かってるわ、ライゼン!」

「おう!」

三人が即座に動き、連携が生まれる。

そして、ライゼンは――

「……右上、弱点。瘴気が薄い。そこを穿つ」

足に力を込め、地を蹴る。瘴気の嵐を突き抜けて、異形の身体へ飛び込んだ。

斬撃――一閃。

「斬り裂く」

 刃が、魔物の右肩を断ち割った。瘴気が悲鳴を上げるように空へと散った。

「今だ、リィナ!」

「いっけえええええっ!」

リィナの矢が、ライゼンの斬撃跡をなぞるように刺さる。続けて、セリアの詠唱。

「“凍てつけ、世界を閉ざす牢”――《フロスト・ケージ》!」

異形の魔物が、凍結した瘴気に包まれ、動きを鈍らせた。

そこに――ルークの一撃。

「――仕留める!!」

剣が、氷の隙間を貫いた。

魔物の咆哮が空に響き、そして……崩れ落ちる。

黒い瘴気は風に流れ、跡形もなく消えていった。

静寂が、戻る。

「……終わった……?」

リィナが呟いた。

「いや――まだだ」

ライゼンがローブの男を見据える。

「説明してもらおうか、“監視者”とやら。これは、どういう実験だった?」

男は静かに笑う。

「貴方たちは、想像以上の成果を見せてくれた。いずれギルド本部は、その事実を知るでしょう」

「逃がさないよ。あんた、絶対に――」

だが、男の姿は、風と共に掻き消えた。

「……転移魔法……!」

セリアが歯噛みする。

「まさか、ギルドの中に……瘴気を利用する者が……」

ライゼンが拳を握る。

――これは、単なる調査では終わらない。

そして、“瘴気”とは何か。その裏にある意図とは何か。

物語は、より深く、闇の中へと進み始めていた。
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