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第23話「禁書格納区画」
しおりを挟むライゼンたちは、拘束した二人の刺客をギルドの監視下へと引き渡した。
だがその報告すらも、ギルド内部の“誰に”渡すべきか、もはや明確ではなかった。
信じられる情報筋も、仲間も――少ない。
ゆえに、疑念はますます深く、静かに根を下ろしていく。
「……動きにくくなってきたね」
リィナが吐き出すように言った。
王都の陽は傾き始め、街の影はどこか不穏な色を帯びていた。
「“門の意匠”と仮面の男。王都内部に“古のもの”を信奉する組織が潜んでるってわけね」
セリアが静かに言った。
ルークは剣の柄に手を置いたまま周囲を見回す。
「だが、俺たちの動きも読まれてる。あの追跡も、“警告”の意味を持ってた気がするな」
「脅しには屈しない。だが、次の一手はこちらが選ぶ」
ライゼンは即座に答えた。
セリアが少し目を細める。
「じゃあ、次は……どう動くつもり?」
ライゼンは短く答えた。
「――“仮面の男”の正体を暴く。その前に、“門”という存在が王都に何をもたらそうとしているのか、確かめる必要がある」
「門……」
セリアが呟く。
「エルディア大陸には記録が残っていない。でも……あの“魔石”が、それと関わるなら――」
「ヴァルメル大陸で見た遺跡と似てる。それにラシェル付近で見つけた魔導書――やはり、あの門は、“別の次元”と繋がっていた」
ライゼンの声に、一瞬、三人の視線が集まった。
「……それって、まさか……魔物の出所が、“この大陸”じゃない可能性があるってこと……?ラシェルに居るときもライゼンの居た大陸と繋がってる云々ってあったけどさ……まさか王都でも……」
リィナの問いに、ライゼンはうなずく。
「“扉”を開いた者がいる。そして――それを見て見ぬふりをする“上”がいる。なら、俺たちがやるべきことは一つだ」
ルークが頷く。
「“門”の情報を持つ者の元へ行く、か」
セリアが思案するように小さく笑った。
「……なら、王都の禁書区域にある“封印図書館”がいいわ。普通じゃ入れないけど……私なら、“鍵”を知ってる。――ふふ、ライゼン?私だってなにも準備をせずに王都へ来た訳じゃないんだから。」
ライゼンが静かに目を細めた。
「よし。夜が明けたら、そこへ向かう。今夜は準備を――そして、“監視の網”を逆手に取る」
リィナが笑みを浮かべる。
「こっちも、囁いてやろうよ。“黒”に向かってね」
「……どういう意味だ?」
「……えっ!?ちょ、あたしもライゼンみたいにかっこいいセリフ言ってみただけなんだけど!?」
「ふふ、お子様にはまだ早いみたいね」
「ちょっとセリア!?それどーゆーいみ!?」
そして――
傾く陽の中、四人はゆっくりと歩き出す。
影が伸び、王都の裏路地が再び静寂に包まれる頃、
高い塔のひとつから、その様子をじっと見つめる者がいた。
漆黒のローブ。金属の仮面。右目に刻まれた、“門”の意匠。
「……動き出したか。ならば、次は“お前たち”の番だ――」
風が吹き抜け、ローブの裾が揺れる。
そして、その男の背後には、もうひとつの影。
深紅の瞳を宿した、異形の獣が静かに跪いていた。
「門は、再び開く。すべては、あの“王”の意志のもとに――」
◇ ◇ ◇
王都・深夜。
白銀の月が、古びた石畳を淡く照らしていた。人気のない裏通りを、四つの影が音もなく駆け抜けていく。ライゼン、リィナ、セリア、ルーク――その気配は、狩る者のそれだった。
「追跡の気配は、今のところなし。目立たないルートを選んできたからね」
セリアが低く囁く。
「“鍵”って……本当に持ってるのか?」
ルークが問いかける。
「持ってるのは“知識”よ。――封印図書館の結界は、王家直属の術式で管理されてる。でも、それを施した初代術師の記録が残されていてね。――ふふ、お昼は″準備″なんてカッコつけた事言ったけど、本当は偶然、若い頃に一度だけ見たの」
セリアは静かに笑った。
「偶然で片付けられる話ではないな……」
ルークが小さく呟くが、それにライゼンが応じる。
「運命にしては、できすぎている。だが、今は利用するまでだ」
彼らが立ち止まったのは、王都中央の旧大聖堂の裏手。崩れかけた石像と苔むした庭園――そのさらに奥に、重厚な鉄扉が存在していた。扉には無数の封印符と、魔力の鎖。
「……これが“封印図書館”?」
リィナが驚いた声を漏らす。
「正式名称は《禁書格納区画 第三階層》。表向きは存在すら知られていない。……けど、門に関する文献はここにしか残っていないはず」
セリアが懐から古びた羊皮紙を取り出す。それを扉の中心にある鍵紋へと重ねると、魔力の光が淡く広がり、封印がひとつ、またひとつと解除されていく。
――カチリ。
音を立てて、巨大な扉がゆっくりと開いた。
重い空気が溢れ出す。
「行こう」
ライゼンが静かに言い、誰も頷きながらその闇の中へと足を踏み入れる。
中は、思った以上に広大だった。吹き抜けの回廊、積み上げられた禁書の山。空間全体が、時間の流れから切り離されたかのように静かで冷たい。
「この階層は……魔術的に“保護”されてる。本の劣化も、時間の侵食も起きない」
セリアが先導しながら、目的の書棚へと進んでいく。そして、一冊の分厚い本を引き抜いた。
『大陸交差論――異界と“門”の理』
ライゼンが覗き込む。
「門とは、世界の“境界”を破るための装置。古代ヴァルメルの術者たちは、“世界の繋がり”を操作しようとしたが、暴走した」
「つまり、門は……“境界”そのものを、物理的に開けてしまう」
セリアの声に、リィナとルークが息を呑んだ。
だが、さらにページをめくった先で、ライゼンの指が止まる。
「……この章」
『門の番人』
そこには、不可解な文様と共に、一枚の図が描かれていた。
黒き仮面の男。そして、その背後に、二つの世界を繋ぐ“巨大な輪”の姿。
「こいつ……間違いない。仮面の男は、“門の番人”を自称する存在の代理。つまり――」
「……“門”そのものを、操ろうとしている」
セリアの声が震える。
だがその瞬間――図書館全体が震えた。
「……っ! 誰かが外から、封印を操作してる!」
セリアが叫んだ。
「見つかったか」
ライゼンが剣に手をかける。
ドォン――!
外からの衝撃。扉が一気に吹き飛ばされ、黒衣の集団が雪崩れ込む。仮面の従者たち――そして、その中心に立つ一人の影。
「よくぞ、辿り着いた。“門の継承者”よ」
仮面の男ではなかった。だが、その“声”には、あの仮面と同じ、狂気を秘めた響きがあった。
「ここで死ねば、門は静寂のまま。だが……選べ。“越える”か、“潰える”かをな」
ライゼンは、静かに剣を抜いた。
「――答えは、戦場で語る」
「ふっ、なるほど。それならば“継承者”たち。では歓迎の儀を始めよう」
その声に、ぞわりと肌が粟立つ。仮面の下から漏れ出す魔力が、空間そのものを歪ませていた。
「数は十数……全員が魔術兵か。こっちの動き、完璧に読まれてたわけね」
セリアが低く唸る。
「包囲してきたか。だが――場所が分かっているだけ討ちやすい」
ルークが剣を引き抜き、壁を蹴って飛び出した。
「ッは、出迎えにはちょうどいいねッ!」
リィナが矢を放つ。先頭の従者の肩口に突き刺さり、魔力の煙を吹き上げる。
「問題は無い。――これも計算の範囲内だ。三手で崩す。セリア、右から回れ」
ライゼンの指示が響いた刹那、戦闘が始まった。
図書館という閉鎖空間の中で、雷光と炎が交錯する。
「散れ」
ライゼンの雷撃が如き斬撃が前衛を貫き、黒衣の魔術兵が吹き飛ぶ。
ルークの斬撃がその隙を突くように次を斬り裂き、リィナの矢が後方を牽制する。
セリアの詠唱が終わると同時に、床一面が青白い氷で覆われ、従者たちの足を絡め取った。
「いい連携ね……流石ライゼン。ちゃんと相手を見ながら私たちに指示を出しているわ――でも、まだ本命が動かない」
セリアの視線の先。仮面をつけた“声の男”が、ただ静かにこちらを見つめていた。
「お前が“門の番人”の代理か」
その男までの″道″を切り開いたライゼンが踏み出す。
「代理……? 違うな。私は“先導者”。門を開く、その意志を継ぐ者」
男が一歩前に出ると、図書館の中央にあった封印の台座が淡く脈動し始めた。
「“境界の鍵”は、すでにこの地に揃いつつある……あと一つ、“意志”が満たされれば、門は再び開く」
「ふざけるな。門の開放がもたらすのは、“世界の崩壊”だ」
「いや――“進化”だ」
男の手が天井を指す。
次の瞬間、封印図書館の上階――天井が轟音と共に崩れ落ちる。
落ちてきたのは、一体の“異形”。
巨大な四肢。獣とも人ともつかぬ姿。だが、どこかヴァルメル大陸の魔物に酷似した気配――否、“あの”大聖堂跡地で戦った魔物と同質の瘴気を纏っていた。
「ここで“門の魔物”を解き放つ気か……!」
「儀式の最終段階に必要なのは、“継承者の証明”だ。さあ、抗ってみせろ。この魔獣を超えられるなら――お前こそ“門”を開く資格があるのだと」
ライゼンが剣を構える。
「……なら、証明してやる。お前たちの“進化”とやらが、いかに愚かかをな」
叫ぶことなく、走った。
異形の魔物と、黒きオーラを纏った剣が正面からぶつかり合う。
セリアの結界が即座に展開され、仲間たちの背後を守る。
リィナが魔獣の動きに合わせて矢を放ち、ルークが空いた左側面から斬り込む。
だが――
「ッ……再生してる!?」
斬り裂いたはずの肉体が、数秒で修復されていく。
「こいつ……まさか相手の言う“門”の影響で再構築されているとでも言うの……!?」
「……っ、」
ライゼンの額に、一筋の汗。
「……すまないセリア。数日前にお前からの教えで魔法の練習を始めた今の俺の魔力じゃ、“一撃”で抜けない。魔力転送、できるか」
魔力転送――それは名前の通り魔力を相手に流す方法。しかし、今回の対象はまだ魔力を扱う事に慣れていないライゼン。
「できるけど、あまりに無理をすれば……!」
「問題ない」
言い切ったライゼンの瞳は、冷たく研ぎ澄まされていた。
「“あの門”の先を知るためにも――ここで、止まるわけにはいかない」
セリアが頷く。魔力の糸が、彼と繋がった。
リィナが全ての魔力を込めて、矢を一本放つ。
ルークがその隙を作るため、命を削る斬撃を浴びせる。
その一瞬を、ライゼンは逃さなかった。
「――《ザイ=レガルド》」
呟きと共に剣先に稲妻が宿った。そして瞬間――
「――屠る」
雷鳴とともに閃光が爆ぜる。
巨大な魔獣が、雷の奔流の中で粉砕され、崩れ落ちた。
戦場に、一瞬の静寂。
「……証明は、済んだ」
仮面の男は何も言わなかった。ただ、笑ったような気がした。
そして、淡く光を帯びる石を一つ――その場に落とし、姿を消した。
セリアがそれを拾い上げる。
「これは……“門の礎”……」
ライゼンが一歩、前に出る。
「次の目的地は、ここじゃない。――門の“根源”へ行く」
「いよいよ、本当に“開こう”としてるんだね……あいつら」
リィナが呟く。
「なら、俺たちは――それを“止める者”になるだけだ」
ルークが剣を握り直す。
封印図書館。沈黙の回廊に、再び灯がともる。
そして物語は、次なる“深層”へと進む。
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