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第25話「開門と継承」
しおりを挟むカテドラ砂漠――
乾いた風が吹き抜け、太陽の灼熱が容赦なく降り注ぐ中、ライゼンたちは進んでいた。
周囲は一面の白砂。地平線の向こうまで何もなく、ただ“沈黙”と“熱”だけが支配する世界。
「……人が入った形跡、皆無ね」
セリアが周囲の魔力を探る。
「動物もいない……生態系が死んでる」
ルークが膝をついて、砂を掬う。その手のひらに、微かに“瘴気”が反応していた。
「これ……王都で感じたのと、同じ瘴気……でも、もっと“深くて古い”感じ」
リィナが顔をしかめる。
ライゼンは地面に膝をつき、指先を砂に当てた。
瞬間、彼の瞳が鋭く光る。
「……ここだ。地下に、何かある」
彼の声に、隊の者たちが即座に動く。
数人の術師が展開魔法を構築し、砂を切り裂く。
――そして、現れたのは、朽ちた石の階段。
「遺跡だわ。……“サン=アルカナ”の入口」
セリアが小さく震えるように言った。
「ここが……門の根源……」
ライゼンが階段を見下ろすと、そこから吹き上がる冷気と共に、“何か”の気配が立ち昇る。
――それは明らかに、“生き物”ではなかった。
「魔力反応、急速上昇。……来るわよ!」
セリアの叫びと同時に、闇が地中から噴き出した。
咆哮。
それは“音”ではない。“脳に直接響く絶叫”だった。
階段の奥から姿を現したのは、異形の存在。
人の形を取りながらも、骨がねじれ、皮膚が黒く腐り落ち、目には虚無と瘴気が宿っている。
「“融合型魔物”……! 生きていた人間に、瘴気が取り憑いて変質した個体だ!!」
「あ、あんなの見た事無いぞ……ッ!?」
隊の者たちが口々に叫ぶと同時に、ルークが剣を構えた。
「来るぞ、構えろ!」
魔物が地を這い、異常な速度で迫る。
しかし、ライゼンはその瞬間、何も言わずに踏み出した。
右手に纏うのは、黒雷の刃――。
目にも止まらぬ速さで跳躍し、魔物の背後に着地。
「……遅い」
刹那、空間が光に裂けた。
黒雷が弧を描き、異形の首が宙を舞う。ただでさえ己の力だけで生き残ってきた騎士。魔力を扱い出した今、まともにやり合える者すら稀有だ。
だが、次の瞬間――その“首”が空中で“逆再生”するように胴体へ戻っていく。
「再生……!? いや、これ……!」
ライゼンの目が鋭く細まる。
「“門の影”――本体じゃない。これは“鍵を守る偽体”だ」
魔物は吠えながら、体を“二体”に分裂させてきた。
「数が増えた!? 分裂……!」
「全員、囲まれるな。冷静に一体ずつ仕留めろ。」
ライゼンの指示に従い、パーティは即座に散開する。
ルークは前線で攻撃を引き受け、セリアが魔術で支援、リィナが高台から援護射撃を行う。
「――屠る」
ライゼンの刃が地面を打ち、魔物の動きが一瞬止まる。
「今よ!《氷牙連槍》!」
セリアの魔術が空間を貫き、氷の槍が魔物を穿つ。
「リィナ、もう一体、後ろ!」
「わかってるっての――《貫通射・六連》!」
矢が雷のように放たれ、魔物の頭部を貫いた。
――断末魔。
黒煙が上がり、魔物は崩れ落ちる。
「……終わったか」
ルークが息を吐く。
「いや……まだよ」
セリアが震えた声で言う。
ライゼンがすでに“下へ”視線を向けていた。
階段の奥――瘴気の本流が、そこにある。
「“門の根源”は……まだこの先だ」
その時、セリアの懐の“礎の石”が微かに光を放った。
「反応してる……やっぱり、ここが“門”の中心……!」
ライゼンが静かに言った。
「行くぞ。この先に、“真実”がある」
そして、彼らは踏み出す。
“封じられた扉”の向こうへ――
◇ ◇ ◇
カテドラ砂漠・地下遺跡《サン=アルカナ》、最深部――
空間が歪む。時すらも沈黙するような重圧。
事前の話通り、隊の者たちは地上で待機。ライゼンたちは、石造りの長い階段をゆっくりと降りていた。
「……空気が変わったわね」
セリアの声が震える。
「ここだけ、時間が止まってるみたいだ」
ルークが剣を抜いたまま、辺りに視線を走らせる。
天井の高い広間が、彼らの前に現れる。
壁には古代語が刻まれ、床には複雑な魔法陣。
その中央に、黒曜石の祭壇があり――その上に、あの“石”が鎮座していた。
《礎の石》。
それは、まるで“鍵穴”のように見えた。
「……あそこにはめろって、絶対そういうことじゃん、っ」
リィナが緊張の面持ちで呟く。
ライゼンが一歩、前に進む。
「……ここが、“門”の根源だ。奴らが導こうとしていた場所」
セリアが、懐からもう一つの《礎の石》を取り出す。
それを掲げると、祭壇の魔法陣が静かに発光し始めた。
「魔力反応が一致してる。……この石、鍵の一部だったのよ」
ライゼンが祭壇に手を伸ばす。
だが、その瞬間――
――“空間が裂けた”。
黒き瘴気が爆発のように噴き出し、広間全体を包み込む。
「来たか」
現れたのは、先ほどの魔物とは異なる“真の存在”。
それは、仮面をつけた人型の影。だが、肉体は存在せず、全身が“瘴気の集合体”だった。
「……継承者か」
仮面の口元が動き、低く唸るような声が響く。
「“門”を開くに値する者。ならば試そう。――その意志の強度を」
影が両手を広げた瞬間、空間が崩壊する。
広間の壁が音もなく砕け、異界の風が吹き込んだ。
「っ……これは、“門”……!?」
セリアが叫ぶが、その言葉は風に掻き消される。
ライゼンは無言で自身の剣に稲妻を纏わせる。
「……来い。“真の試練”なら、超えてみせる」
力強い踏み込みに地面が爆ぜ、ライゼンが疾走する。
だが、影は“干渉を拒む空間”に包まれていた。
「物理も魔術も通らない……!」
まるで元からそこに居ないかの様に、ライゼンの斬撃が空を斬るの見たルークが唸る。
「違う、これは“干渉する資格”を持つ者以外を排除する結界。それなら――」
ライゼンが目を閉じる。
「資格を試す“門”。ならば――問え」
その瞬間、祭壇の礎の石が強く光を放ち、影が問いかける。
『汝は何を選ぶ。力か、意志か』
「――意志だ。力は使い捨てでも、意志は決して捻じ曲がらない」
空気が止まった。
次の瞬間――影が一歩、後退する。
『ならば見せろ。その意志で“世界を越える資格”を』
空間の中心に、光の輪が現れる。
それは、門の原型――“空間転移の核”だった。
「……門が、開くわ、」
セリアが涙のような声を漏らす。
「でも、これは……一方通行かもしれないわ」
「ま、待って、戻れないかもしれないってこと……?」
リィナが凍りつく。
ライゼンは一度、皆の顔を見る。
「……行きたい者だけでいい。これは選択だ」
「なにを言っている」
ルークが低く唸る。
「俺たちでここまで来たんだ。行かない理由なんてない」
「う、うん、行こう! あたしは怖いけど……それ以上に、仲間を見捨ててまで自分を選ぶ気は無いっ!」
リィナも笑って頷く。
「あらリィナ。初めてかっこいいセリフ、言えたんじゃないかしら」
セリアもそっと微笑んだ。
ライゼンが、祭壇に手をかざす。
――門が開かれる。
光が広がり、重力が消え、彼らの身体は光の粒子へと変わっていく。
最後に、ライゼンは呟いた。
「“門”の向こうで、何が待つかは知らない。だが――」
「それでも、俺たちは行く。真実の先へ」
そして。
ライゼンたちは、“世界を超えた”。
次の瞬間――視界は闇に包まれ、重力の方向も、空間の軸すらも失われていく。
目を開けたその先にあったのは、見たこともない空と、歪んだ大地。
“世界の裏側”が、ついにその姿を現した。
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