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第27話「終極の記憶」
しおりを挟む“門”が完全に開かれた瞬間――世界が、反転した。
視界が白に染まり、次に訪れたのは、何もない虚無の空間。空も地も、上下の概念すら存在しないはずなのに、彼らの足元には確かに“地”がある。重力も風も、音も光も、本来の法則から外れた場所。
そこに、記憶の断片が降り注いでいた。
声なき声。痛みの残滓。数多の意志の残響。
それらは触れる者に“過去”を語る。
――〈記録:第一の継承者〉
「開くな! その門だけは……!」
炎に包まれる都市の中央で、叫ぶ一人の男。彼の腕の中には少女が抱かれている。だが、その少女の体は既に力なく……。
「っ……く、あああああ!!」
その男が最後に選んだのは、“門を閉じる”という意志だった。代償は――彼自身の存在。
――〈記録:第五の継承者〉
「どうして……どうして、みんな帰ってこないの……?」
涙を流す少女。その背後に、黒い瘴気の渦。仲間を信じて待ち続けた彼女は、誰も戻らぬまま、“門の守護者”へと姿を変えた。
「……これが、“記録”……」
セリアが呻くように呟く。
「これって、まさか全部……前の継承者たちの記憶?」
リィナの声が震える。見せられる記録のひとつひとつが、魂を抉るように重い。
「過去を知ることが、資格の証明か」
ルークの目が、凍てつくような静けさを宿す。
「違う」
ライゼンが、短く否定した。
「知るだけじゃ足りない。見て、選ぶんだ。“何を捨てて、何を守るか”を」
その言葉に応えるように、ライゼンの持つ《礎の石》が光を放つ。
次の瞬間、虚無に浮かんでいた“記録の記憶”が一つに集束し、彼らの前方に人影を形作る。
それは――
「……俺、なのか?」
ライゼンと瓜二つの青年。その姿は《黒き鎧》に包まれていた。
「違う。“かつて、選ばれなかったお前”だ」
仮面の存在の声が、空間の奥から響く。
「もし、お前が意志を折り、力に溺れ、ただ“門の力”を欲したとすれば……こうなっていた」
《もう一人のライゼン》が剣を抜く。それは、“門”の瘴気を纏った黒雷の刃。
「……なるほど。過去の継承者の記録だけじゃ足りず、“俺自身の記録”まで喰らわせるつもりか」
ライゼンは静かに剣を構えた。
「なら、それを超えてみせる。この意志こそが――俺の証明だ」
“黒き雷刃”と“黒き雷刃”が交差する。
剣戟が虚空を引き裂き、記憶の残響すら霧散する。
リィナ、ルーク、セリアもそれぞれが目の前に現れた“もう一つの自分”と向き合い始めていた。
迷い、過ち、後悔――それらを抱えた“選ばれなかった自分”。
その全てを断ち切ることが、継承者たちに課された“最終の意志試練”だった。
「これが……存在していたかもしれない俺……!」
ルークが、剣を交わしながら叫ぶ。
「過去も、未来も、可能性すらも乗り越える……そんな、バカみたいな試練……!」
「でも、やるしかないのよ……!ここで負けたら、ライゼンが――!」
セリアの魔法が奔る。氷の槍が、自己の闇を貫く。
そして。
雷と雷がぶつかり合う、その最後の瞬間。
「……さよならだ。俺」
ライゼンが、一閃。
黒雷を纏った偽ライゼンの刃を弾き、逆に胸元へ突き立てた。
雷鳴が鳴り響く中で、その影は砕け、光の粒となって散っていく。
同時に、“門の奥”にあった仮面の存在も、ゆっくりと消滅していく。
「よくぞ……超えたな。“意志の試練”を」
「……お前は、何者だった?」
ライゼンの問いに、仮面は静かに答えた。
「“門の記録者”……そして、かつて世界を選ばなかった一人の“継承者”だ」
その最後の言葉と共に、空間は収束し始める。
虚無が剥がれ、現実世界――あの、歪んだ玉座の間へと回帰する。
《真なる門》は、音もなく閉じた。
だがその中心には、今や新たな意志が宿っていた。
ライゼンの《礎の石》が淡く輝く。
「……これで、終わりじゃない。だが」
ライゼンは、振り返る。
仲間たちがそこにいた。全員、確かに生きていた。
「これが、始まりだ。俺たちの“――選ばれた意志”の物語の」
◇ ◇ ◇
陽が差し込む王都の大広場。
そこに集まる民衆の数は、かつてないほどだった。
魔物の襲撃、封印の門、そして黒き瘴気。――一連の事件の根を断ち切った者たちに、国は最大限の敬意を示すと決定したのだ。
空は晴れ渡り、鐘の音が響く。
玉座の前、ライゼンたちは整列していた。風に揺れるマントが、まるで過去の戦いの余韻を表しているようだった。
「……ライゼン・ヴァール殿、リィナ・エルドレード殿、セリア・フォン・グレイス殿、ルーク・カイネス殿」
王が声を発する。その声は、王都全体に届くよう魔法で拡声されていた。
「諸君らの勇気によって、我がエルディア大陸は滅びの運命を免れた。これは神託にも等しい奇跡だ」
民の間から、どよめきが起こる。
それでも、ライゼンたちは静かに頭を垂れた。
「国として、そして我が王家として――深く感謝する。よってここに、四人を“エルディアの守護者”として称え、記録と未来にその名を刻もう」
王の言葉と共に、黄金の徽章が一人ひとりに授与された。
リィナが、こそばゆそうに笑いながらライゼンを見る。
「ねえ、これって……ちょっとは有名人ってやつになっちゃった感じ?」
「ああ、だがどうだか。すぐ忘れられるだろうさ」
ライゼンの声音は淡々としていたが、その横顔はどこか安堵していた。
「……終わったのね」
セリアが静かに呟いた。
ルークは頷くと、剣を背に戻した。
「だが、これで“始まる”ものもある。――俺たちの次の冒険だ」
ライゼンは空を仰いだ。
蒼穹の彼方。かつて瘴気が揺らめいていた空には、今はただ風が吹いている。
(門は、閉じた。だが――)
その胸には、なお脈打つ《礎の石》。完全に力を失ったわけではない。ただ、今は眠っている。
いつかまた、必要とされる日まで。
「……王都にしばらく滞在して、それからラシェルに戻ろう」
「うんっ、ラシェルでまた“いつもの依頼”から始めようよ!」
「そうね。普通の依頼が、恋しくなるなんて思ってもみなかったけど」
笑い合う三人に、ライゼンは小さく頷いた。
「――ラシェルで、また冒険をしよう。俺たちらしくな」
ルークの声に風が吹く。
それはまるで、大陸全体が“新たな始まり”を祝福しているかのようだった。
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