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第9話だぞ【この気持ちが恋だと言うのなら】
しおりを挟むそれから数十分後に風呂から出た我は、その後部屋の前まで車で送ってもらい、それからひとりの時間が続いていた。
ぐぅ……
狭い部屋の中で、我の腹から胃がそう低い唸り声をあげる。
「腹、減ったな」
今まではこんな事無かったんだが……まぁ今日はまだ食べていないし、何時もとは違い1日通して動いたしな、流石に腹も減るのだろう。
よし、近くのコンビニに食べ物を買いに行くか。
ふっふ、どうやら我の働いているところは、日給制という、働いたその日に報酬を渡されるらしくてな、決して多くは無いらしいが銭湯の帰り道渡されていたのだ。
1000、と書かれた紙が6枚……これは少ないのか?今まで値段なんて全く見ずに食べ物を取っていた我からしたらよく分からんが、まぁ良い。とりあえず行ってみる事にしよう。
「っし……!」
そうして我は薄く硬い布団から身体を起こすと、もらった報酬を封筒に詰め、それを持って部屋から出た。
♦♦♦♦♦
「よし、では入るとするか……!」
そうして来たコンビニは、我がこの世界に来てからしばらく使っていた場所だった。
ここは一度食べ物を取ろうとしてバレた1件から、一度も来ていない。
す、少し緊張するぞ……
だが、大丈夫。今日はちゃんと対価を支払って食べ物を買うのだ。
そして我は店内に入る。――すると、
「いらっしゃいませ~――って、お、お前……ッ!?」
「あ」
これも何かの縁なのか、その時店内に居た店員は奇しくも我がミスをして取ろうとしているのをバレた時の人間だった。
「ま、まさかまた盗みに来たのか……!?」
「いや、流石に一度バレている店にそんな事はしに来ない。今日はちゃんと対価を支払う。安心しろ。」
「いや、安心しろって……それが当たり前なんだぞ……?まぁちゃんと払うなら問題ないが」
会計をするところで肘をつき、ため息を吐きながらそう言う店員。そんな店員を横目に、我は早速今晩の食べ物を棚から選び始めた。
「……」
って、言ったものの……我、実はまだほとんど食べ物の種類を知らないんだよな……「サンドイッチ」くらいだ。
まぁじゃあとりあえず、今日はこれで良いだろう。(考えるのもめんどくさいのだ、とにかく、今は早く食べたいぞ)
「値段は……」
サンドイッチの置いてある場所の下に、250という値札がある。って、あれ?今日もらったのは確か6000だよな?
そんなに安い物なのか?まぁ良いが。
「おい、このサンドイッチはひとつ250で買えるのか?」
「ん?あぁ、ひとつ250円だ。――って、お前、そんな事も知らずに盗んでたのかよ……」
「我は値段なんて気にせん」
もっとも、前の世界に居た頃は、欲しいと思った物は手下たちがすぐに手に入れて持って来てくれていたからな。
自分から買うなんて事はする必要が無いのだ。
「だがまぁ、250ならそれで良い。」
そのまま我は店員の前にサンドイッチをひとつ持った状態で近付くと、封筒から1000と書かれた紙ひとつを取り出し、会計のカウンターに置いた。
「はい、お買い上げありがとうございます~じゃあお釣りは750円です。」
すると、そこで店員はそう言い、我に数枚の硬貨を渡してきた。
そうか、当たり前だが、我は1000を出し、このサンドイッチは250。もちろん残りの750が返ってくる。
だが……どうやらこの世界の通貨は1000以下の場合硬貨になるらしい。
そして今、我は紙を入れる為の封筒しか持っていないしな……うーん……――って、あ
「残りの750は要らん。もらっておけ。今まで食べ物を取っていた分を今払う。」
そう、我は思い出したのだ。前に、えなに怒られた日の事を。
『とにかく魔王さん!絶対あんな事しちゃダメですからね!!』
あの時えなは、いつもの可愛い笑顔では無く真剣な顔で――本気で怒っていた。
この世界の事はまだ知らない事がたくさんだが、それでもひとつだけ分かる。
きっとあの行為は、それだけダメな事なんだろう。(当然、盗みは前の世界でもダメな事だしな)
だから、少し遅れはしたが今こうして返すのも悪くは無いだろう。
「ん?あ、あぁ、別にそれなら良いが……」
「よし、じゃあな。また来てやる」
こうして我は、初めて自分の稼いだ通貨で食べ物を買ったのだった。
♦♦♦♦♦
そしてそれから数十分後、あれから部屋に戻り、サンドイッチを食べ終えた我は中心に広げた布団の上に寝転がり、考え事をしていた。
「――はぁ……」
内容はもちろん――というのも恥ずかしいが、えなの事だ。
我はもう何百年も生きてきたが、その間にも何人もの女を我のものにして来た。
そして、その中にももちろん、えなと同じ様に我からの誘いに悪い反応を示した者も居たが、その場合我はすぐに興味を無くし、別の女の方へ行っていたのだ。
――だが、今回の女――えなだけは違う。
あんなに何度も拒否をされたというのに、何故か諦め切る事が出来ないのだ。
全く……我らしくないぞ。
「……」
そこで、我は怒られたあの日の事を思い出す。
『あのですね魔王さん……この世界に来てから~とか言うのは自由ですが、犯罪はダメですよ……そんな事なら私の家に来て大丈夫ですのに』
「考えれば、今まで我にあの様な言葉をかけてくれた女は他にいなかったな。」
魔王という肩書きを持つ我に対しても、本気で怒り、そして共に、横に並んで笑ってくれた。
『はは、ほんとアンタ、えなに恋してるなぁ~』
そして、喫茶店でのゆうりの言葉。
もしかすると、この、例え可能性が低いとしても、ダメだとしても諦めきれなくて、ただ自分の為だけでは無く、相手を幸せにしたい、守りたいという気持ちが「恋」なのだとしたら――
我は――えなに恋してるのかもしれんな。
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