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おいしい日課
しおりを挟む「ピョンピョンピョン! うっさぎっがピョン!」
「ギャハハハハ……」
たわいもない即興曲でバカ笑いしながら3人組の男子学生が近くの農道を歩いていく。
もちろん俺への当て付けだ。
ライゼルは無視して雑草取りを続ける。
俺がゴールドドラゴンを妬んで「ついうっかり」攻撃して返り討ちにあったというジークの作り話は、あっという間に学院中に広まった。
批判的か同情的かの違いはあるが、ほとんどの人はウワサの内容そのものを疑う事はしない。
当然だ。
だって証言したのは聖教会が勇者に選んだジークなのだから。
ジークが伝説種のゴールドドラゴンを手懐け契約したとの連絡が届くや否や、聖教会はジークに正式に勇者の称号を送ると決めたそうだ。
称号の授与式はまだ行われていないが、新聞に特集記事が載ったらしい。
学院の先生も生徒もお祭り騒ぎだ。
おそらく島の外でも大騒ぎになっているだろう。
(キュ。キュウ~)
俺の心理的な変化を読み取ったのか、チビ助がなぐさめるように声をかけてくる。
うん、それだったら同化を解除して欲しいのだが、それを頼むと聞こえないふりをされる。
あれからひと月も経ったが、俺は未だにウサギの耳をつけたままで生活している。
もう、グレそう。
真面目に畑仕事してる自分をほめたい。
好きな作業に逃げてるだけとも言えるけど。
「ライゼルー!」
俺を呼ぶ子供の声。
「ご注文の肥料をお届けに参りましたぁ!」
「おー、クオか。重かったろ?」
「リドが手伝ってくれるから大丈夫」
「バウ!」
手押し車を改良した台車を引いてるリドが吠える。
台車に積んである堆肥入りの桶は、犬の鼻でも負担が少ないように魔法の疑似結界で匂いを抑えてある。
畑番のおじさんって、こういう気遣いが細かいよな。
以前はそれほど親しくなかったリドだが、最近は割と仲がいい。
堆肥の入った桶を台車から下ろすと、リドはチラチラと俺の畑の方をうかがってる。
「よーし、一休みしよう」
「やった! 今日は何?」
「キュウリとトマトがあるけど?」
「バウ!」
「ぼくトマト!」
キュウリの苗の前でお座りしているリドにキュウリを一本取って地面に置いてやると、さっそくかじりついた。
食べごろに熟れたトマトを二つもぎり、一つをクオに渡す。
魔法で出した水で手を洗ってから、畑の脇のベンチに並んでおやつタイムだ。
この島の畑で育てる農作物は通常の数十倍のスピードで成長する。
種から育てても十日もあれば野菜ができる。早ければ数日。
その分、魔力を消費するし、肥料や水もただやればいいというものではないが、新鮮な野菜がいつでも作れるのは助かる。
聖獣と契約するには新鮮で愛情のこもった作物が必要なのだ。
「果物も採れるといいんだけどな」
「島では作れないんですか?」
「いや、野菜ならすぐに収穫できるけど、果物のなる木は成長が遅い。苗を植えてから実がなるまで何十日もかかるんだ。だから学生はあまり作ってない。課題の提出や聖獣探索に間に合わないからな。食堂で使う分とか研究用とかは学院が育ててるよ」
「あ! うちの庭にも大きな木があります! おじさんが手入れしてましたっ! 実がなったら一緒に食べましょう!」
キラキラと目を輝かせている。
「おー。楽しみにしてる」
「はい! 楽しみです! どんな味かな~♪」
クオはチビ助に負けず劣らずの食いしん坊になった。
おじさんが育てているのは花が綺麗な木かも知れないのに、食べられる実がなると決めてるようだ。
おいしいおいしいと何でも喜んで食べてくれるので、つい色々な種類の野菜を育てて食わせてしまう。
「おいしーですねー」
「うん、うまい!」
(キュウウ~)
酸味と甘味のバランスが程よく、まるで果物のような完熟トマトだ。
学院の畑で育てた野菜は成長が早いだけでなく味もいい。
聖獣様にお供えするためのものだが、自分が作ったものは自由に食べても良いことになっている。
俺が食事を味わうとチビ助も感覚を共有するらしく、美味いトマトに喜んでいるようだ。耳が勝手にピクピクと動く。
「あら、いいわね。私にもひとつ頂戴?」
「あたしも~っ」
声をかけられて振り向くと、ニーナとカチュアが並んで立ってた。
その後ろにはニーナのペガサスも居る。
「お、おう。天気が良いから豊作だしな。トマトでいいか?」
と腰を浮かすと、
「うん。でも後でいいわ。ライゼルは座って座って」
あんな騒動があったのに、この二人は相変わらず俺の畑に通ってくる。
二人の目当てはもちろん……
「やっほー。来たよ~ん」
「元気だった? チビちゃん」
聖獣様だ!!!
俺の中に引きこもったままのチビ助に毎日会いに来る。
チビ助も2人を無視するつもりはないらしく、長い耳を動かして応じている。
「どう? 少しは落ち着いた?」
「毛ヅヤは悪くないわね」
「いいお天気だよ。出ておいでよ」
「ライゼルがイジワルしたら、しかってあげるからさ」
チビ助に話しかけながら、左右から耳をなでる。
(く……くすぐったい…)
これでチビ助が同化を解除してくれるなら…と思って好きにさせているのだが、チビ助は結構ガンコだ。
それに、この方法には恐ろしい弊害があった。
「おうおう、ライゼル。今日もモテてんなぁ~」
農道を通るクラスメイトが面白がってからかう。
この体勢は、両隣に女子を侍らせて微妙なスキンシップを受けている様に見えるのだ。
「なんでアイツばっかり」
「聖獣を大事にしない奴なのに…」
「………もげろ……」
だいぶ怨念を向けられてる。
「もう! そういうんじゃないのにー」
「そうそう」
(いや、そういう風にしか見えませんて)
思わず白目になるが、他に頼るもののない俺は、されるがままで耐えるしかない。
チビ助は俺の説得には全然!、全く!、1mmも!、聞く耳を持たないのだ。
このまま一生、ウサ耳だったらどうしよう!?
「ウサギさん、もうライゼルは大丈夫ですよ。安心して出てきてください?」
クオまで俺の後ろに立って頭をなで始める。
あ、この絵面の方が女子だけよりちょっとマシかも?
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