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努力の価値
しおりを挟む「だいぶ増えたわね」
聖獣舎内を見渡したニーナがつぶやく。
馬、ワシ、狼、ゾウ、孔雀、イノシシ……、多種多様な聖獣が並んでいる。
どれも今年の学生が契約したものだ。
「肉食獣と草食獣が入り混じってんのはシュールよね~」
あははと笑うカチュアの感想にニーナも笑う。
聖獣同士は契約者の指示なしに争うことはない。逆に言えば、暴れたり逃げ出したりする聖獣は契約者が未熟と判断される。
また、契約者のいる聖獣には元々の生息域の環境を整える必要はない。全て同じ環境下で飼育でき、エサも見た目に関係なく何でも食べる。必要なのは契約者との【つながり】だ。
そのため、聖獣舎の中はまるで脈絡のない動物園か生物図鑑のようだ。
ニーナのペガサスとカチュアのクロコダイル、二匹の区画は隣同士。
クラスメイトに場所を変わってもらった。
どうせなら聖獣の世話をする間もおしゃべりしたいからという理由で。
「今年は例年より大掛かりな卒業試験になるらしいね」
学期が残り三ヶ月を切り、自然と卒業試験が話題に登る。
聖獣士を目指す学生は聖獣と契約すれば終わりではない。卒業前に厳しい卒業試験が待っている。
成績優秀者には世界各国から熱心な勧誘が来る。
卒業試験の成績が一生を決めると言っても過言ではない。
カチュアは寝そべるクロコダイルの背中をデッキブラシで洗いながら話を続ける。
「世界各国からお客さんが大量に来るんだってサ」
「そうなの?」
ペガサスのたてがみを梳いていたニーナが聞き返す。
「今までは『学生や聖獣は見せ物ではない』って外部の見学をほとんど断わってなかった? それにスキルOKの対戦もあるから危ないよ」
「う~ん、前から情報公開しろって文句言われてたみたいだし……あ!」
聖獣舎に入って来た人影に気づいたカチュアが声をひそめて断言する。
「原因、分かった」
入って来たのはゴールドドラゴンを腕に抱いたジークと院長のマクスウェルだ。
院長は上機嫌でジークに語りかけている。
「ジーク君、いや、勇者ジークよ! 全世界が君の活躍に期待しているよ」
「皆様のご期待に添えるよう頑張ります」
「うむ、頼むよ。卒業試験の表彰式に続けて称号授与式も行うことになったからね。夜は祝賀パーティーがある。西の大国ストラツファからは国王陛下を始め各方面の代表者が来る予定だ。他の国からも大使などが来られると思う。そうそう、今年は優勝者にかなりの賞金が出ることになったよ。寄付が集まってね。今から使い道を考えておいてはどうかな? はっはっは…」
すでにジークが卒業試験でトップを取ったかのような言い方だ。
ニーナとカチュアは目立たないように目配せしあって苦笑いする。
(伝説種のゴールドドラゴンが選んだ相手ですもの。優勝すると思われてて当然かな?)
院長のはしゃぎっぷりに辟易としながらもニーナがそう考えた時、
「フン!」
ペガサスのハスティノンが不満げに鼻を鳴らした。
「グルゥ…」
クロコダイルのプルアが不機嫌そうにうめく。
「ギイーッ」
「パオッ」
「ウウウゥ…」
周囲の聖獣達がざわめく。
身じろぎしたり、小さくうなったり、足を踏み鳴らしたり。
にわかに聖獣舎の中が騒がしくなる。
「ど、どうしたの?」
ニーナはあわててペガサスの顔を見た。
目が冷たく燃えている。
(怒っている…?)
首筋をなでてやると落ち着いたのか静かになる。他の聖獣達もしばらくしたら大人しくなった。
院長は聖獣達の突然の反応に驚いたようだ。
「今のは…?」
「問題ありません、院長。どうもゴールドドラゴンの存在が周りの聖獣達を怖がらせてしまうようなんです。そろそろ慣れてもらえたらと思うのですが…」
ジークの視線に気づいたニーナがふと見ると、ペガサスはジークが抱えているゴールドドラゴンから顔を背けている。
「うむ。ゴールドドラゴンは最強の聖獣だからな。彼らも格の違いを感じるのだろう」
「では院長、ゴールドドラゴンを引き続き学生寮の自室内で世話しても構いませんか?」
「その方が良さそうだな。先代勇者のゴールドドラゴンも専用の小屋で世話をされていたと聞く。エサは部屋の方に届けよう」
どうやら勇者様は院長から聖獣のエサをもらっているらしい。
島を出たら普通の動物と同じ飼料を買って与えてもいいが、島にいる間は自分で育てた野菜を聖獣に食べさせるのが学院の規則のはずだ。
でも、ズルイとは思うがうらやましくはない。
自分で育てた作物を聖獣に食べてもらうのは楽しい。
手間はかかるけど、その分、聖獣との【つながり】が強くなるような気がするから。
「ファニーナ・テラス!」
急に院長に名前をよばれた。
「はい!?」
「君、島にパーティドレスを持って来ているかね?」
「は、はい」
畑仕事や聖獣探索には必要ないが、学生は最後の卒業パーティのために精一杯のオシャレ着をひと揃い持って来ている。
ニーナのは瞳に合わせたラベンダー色のドレス。純白のペガサスと並べば良く映えるに違いない。
「うむ。君にも卒業試験後の祝賀パーティーに出席してもらいたい」
「祝賀パーティーに出られるのは上位8名までですよね。入賞できるよう、頑張ります」
「いや、そうではなく。今年の伝説種は今のところ、彼のゴールドドラゴンと君のペガサスだけなのだ。招待客がぜひとも伝説種を間近で見たいと言っていてね」
「え?……でも…」
「ファニーナ。これからもそういう機会は多いと思う。伝説種持ちの宿命さ」
笑顔のジークも説得に加わる。
「お偉い方々の接待は面倒と感じるかもしれないが大事な役割でね。それに見返りも多い。同期の中で二人だけとなれば、この先、一緒に行動する機会も増えると思うよ。君のような美しい人なら大歓迎だ」
そう言うとジークはニーナの近くまで来て耳元でささやいた。
「君さえ良ければ私生活も一緒で構わないけど?」
一瞬、何を言ってるのか分からなかった。
………私生活?
私とジークが?
すてきな王子様を夢見たことはある。けれども、
(…これは違う…)
少しもうれしくなかった。
お前を特別扱いをしてやる、と言われたのだ。
自分と聖獣を捧げて見返りを受け取れ、と。
みんなが伝説種に憧れるのは分かる。見てみたいと思うのも。
希少種と伝説種では、聖獣の能力がケタ違いだから。
それならその能力に期待して欲しい。
優遇してもらうために伝説種を手に入れた訳じゃない。
お前の努力なんか要らない・求めてない。ただの飾り物になれ。
堂々とそんな事を言う人とは一緒に居たくない。
少なくとも私生活では。
「ご心配ありがとうございます。でも私、実力で祝賀パーティーに参加しますわ」
ニッコリと微笑みながらニーナは告げた。
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