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荒ぶる熊
しおりを挟む赤熊先輩は30分ほど走り続け、俺達は深い森の奥深くに到着する。
知らない場所だ。置いていかれたら帰れない。
「この辺りだ」
先輩はそう言って俺達を下ろす。
身体強化魔法を使ったのだろう。息も切れてない。
「ここは要注意地域に指定されているアルダの森。この近くには学院が作った祭壇がない。供物が供給されていない地域なんだ。だから…」
「……先輩ッ!!!!」
ウサギの聴力がかすかな異変をとらえた。チビ助の警戒感が俺に伝わる。
先輩の背後の茂みが揺れ、ぬっそりと巨大な影が立ち上がる。
赤い剛毛に覆われた全身。盛り上がる筋肉。爛々と光る目。太い牙。
これが赤熊先輩の名前の由来になった赤熊だろう。
顔面には深くえぐれた古い傷跡が斜めに走っている。
「グオオオオオオオオオオォ………ッ!」
熊は後ろ足で立ち上がると大声で吼えた。威嚇だ。いや、スキルの【咆哮】に違いない。
周辺の大気がビリビリと震えるほどの咆哮を浴び、俺とチビ助は動けなくなる。
「……………ッ!!」
一瞬固まったように見えた先輩だが、すぐに動き出す。
精神攻撃への耐性も高いのか。さすが先輩。
「うおおおおおおおおおぉ!!!」
負けないくらいの雄叫びをあげて赤い熊に向かいあう。
そんな先輩の姿を見た熊がニヤリと笑う。
「グウウ、クウフ、フゴーッ! コッフ、コッフ…」
「『俺には勝てぬと助っ人を呼んだか? ククク…』」
「「 は? 」」
急に棒読みのセリフを発したクオに赤熊先輩が振り返る。
体の痺れが取れた俺もクオを見る。
「今のは…」
「はい。熊さんのお話を分かりやすくしてみました」
「ええ!?」
「グオウ、オオ、ウオウ?」
「そうですよ、熊さん。ぼく、あなた達のお話が分かるんです」
今度は熊に向かって説明する。熊も驚いてる?
「グフッ、グフッ。グオオオオ、グオ、グオオオッ!!」
「『ふふふ、そうか。ここは俺のナワバリだ。人間などには渡さぬ! 欲しくば力づくで奪い取れ!』」
「あー、そういう感じのこと言ってそう!」
アルダの森には人間嫌いの聖獣が住むという。
アトラ聖獣学院は長年『神々の島』の聖獣達と交流を続け、各地に祭壇を設けお供えとして食糧を提供することで聖獣達とは良好な関係を築いている。
しかしそれを良しとしない昔気質の聖獣が多く住むのがアルダの森。
この森の聖獣達は昔の様に自然界の弱肉強食の法則で生活している。エサも自前、すなわち他の聖獣を倒して食べる。過酷な、手付かずの自然豊かな森だ。
巨大な熊と目のあったチビ助は、あわてて俺の意識の中に潜り込む。
「待ってくれ、大将。こいつらは助っ人じゃない。見届け人だ。勝負は今まで通り、一対一!」
「グフウ」
よかろう。そう答えたのが俺にも分かった。
直後————
「グオオオオオオオオオオォ………ッ!」
「うおおおおおおおおおぉ!!!」
再度、雄叫びを上げた両者がぶつかり合う。
熊が振り上げた太い腕の一撃を躱して正拳突き。拳が届く前に熊も身を避ける。
追い討ちをかける様に前に出た先輩に熊は噛みつこうとするが、それは先輩のフェイントだった様だ。口を開けて頭を前に出した姿勢になったところでアゴを蹴り上げる。
蹴りにも魔力を乗せたらしい。何百キロもありそうな熊の巨体が宙に浮く。
「危ないから離れててくれ!」
「「 はい!! 」」
先輩の忠告に、俺とクオは震え上がって後ろに下がる。
その会話のスキを見逃さず、熊の頭突きが決まった!
だがすかさず先輩が放つ膝蹴りも熊の脇腹にめり込む。
離れていても、ガツン、ガツンと肉がぶつかり合う音が聞こえる。
何コレ。ガチバトル?
訓練とは違う気迫に戸惑う。
訓練場でやってる模擬戦なんか、まるでお遊びだ。
(でも聖獣士になって島を出たら、こういう戦闘が日常になるんだよなぁ…)
軍隊でも官職でも民間でも、聖獣士に求められる役割は戦闘だ。
悪人や魔獣、もしくは道を外れた聖獣士との命がけの戦い。
競技や試合ではなく戦闘が日常になるんだ。
俺は覚悟を決めて先輩達の戦闘を、その一挙一動足を、見逃すまいと注視する。
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