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勇者の役割
しおりを挟む「バウッ バウッ バウッ!」
いつもと違うリドの鳴き声。クオは急いで小屋の外に出る。
日が落ちた道を小屋に向かって歩いて来るのはウティホだ。大きなお盆にいくつもの器。それをねだってリドが大はしゃぎをしている。
「おじさん!」
「ご馳走の余りをもらって来たぞ。さ、食べよう。崩れてるがケーキもある。リドには脂のついた骨をやるから、ちょっと待て!」
ご馳走や骨のいい匂いが我慢できないんだろう。リドは尻尾を振りながらウティホにまとわりついている。
「リド、“おうち”!」
カチュアに教わった命令で指示を出す。リドは渋々と寝床にしている古毛布に移動する。
“おすわり” と “まて” の後、ようやく骨がエサの器に置かれた。
「このスープおいしい! 空豆のポタージュかな?」
「淡い緑色が綺麗だ。こっちのごった煮もうまいな」
「ラタトゥイユって言うんだって。これはマリネ。キッシュ、フライドポテト、パイナップルのパウンドケーキ!」
「料理の名前なんか気にしたことなかったわい」
「ライゼル達が教えてくれるんです」
うれしそうなクオの笑顔を見て、ウティホは少しホッとする。
神界から人間界に落とされて、慣れない生活につらい思いをしてやしないかと心配していた。だが、若いクオは思ったよりも新しい生活を楽しんでいるようだ。
「ああ、おいしかった。ぼくがお茶をいれますね」
ミントとレモンバームの葉に乾燥したショウガの根のかけらを少し入れ、サッパリとした香り高いハーブティーを準備する。
金色がかった薄緑のお茶の色は、クオの瞳の色によく似ている。
「明日から……卒業試験、ですね……」
「うむ」
それきりクオは何も言わない。
けれどもウティホにはクオの気持ちが痛いほど分かった。
卒業試験を終えたら、アトラ聖獣学院の学生達は卒業する。卒業して島を出て行く。ライゼルも、ニーナもカチュアも、彼らの聖獣もみんな。
クオの友達は一度に全員居なくなってしまうのだ。
「ぼく……みんなの応援に行きたいんです」
うつむいたままクオが言う。
「確か、学院の関係者として観覧席に入れるはずだ。スタート地点で見送ったら、すぐにゴールのセザンテ高原まで移動するといい。学院が観客用の転移魔法陣を準備している。特設会場には途中の様子が見られる魔道具が設置してあるそうだ。明日は仕事もない。ゆっくり見ておいで」
「はい!」
ようやく顔を上げ、クオは笑った。
「でもきっと、そんなに時間はかからないです。ライゼルとウサギさんのジャンプはすごいし、カチュアのワニさんはとっても元気だし、ニーナのペガサスさんなんか空を飛べるんですから!」
まるで自分のことのように誇らしげに語るクオ。
「毎年、初日の競走は馬と飛べる聖獣が強いな」
「ライゼルだって、本当は空を飛ぶ聖獣だったんですよ? ゴールドドラゴンと契約する所だったんです。それをあのジークが邪魔をして……。彼は勇者なのに、何であんなヒドイことをするのかなぁ?」
「何だって!?」
突然、大声を出すウティホ。恐ろしい形相でクオに向き直る。
「ヒドイでしょう!? 契約直前のゴールドドラゴンを奪って、ライゼルをガケから落としたんです!」
「そこじゃない。勇者……そのジークって学生は勇者と名乗ってるのか?」
「ゼナス様の聖教会が称号を送ったんです。有名ですよ? 聞いてないです?」
「わしは人間社会のウワサには興味がなくてな。知らなんだ」
首を振るウティホは、少し青ざめている。
「勇者…、勇者か」
「実は……そのゴールドドラゴンの横取りに、ゼナス様が協力してるみたいなんです」
「そりゃそうだろう。勇者というのはゼナスが作り出すものだ」
「?」
キョトンとするクオ。
「わしとて古の神のひとり。信者達を守る戦は経験している。利害がぶつかれば、人々は争うものだ。時には大きな戦争になる。その中で、多くの敵を倒し仲間を守る者が勇者と呼ばれた。始まりは自然なものさ。だがな…」
ウティホは天を気にするように声をひそめる。
「いつしか、ゼナスは気づいたのだ。戦争を起こせば霊力が増す、と」
「えっ!?」
「神の霊力は信者の祈りと供物に支えられている。信者が増え、祈りと供物が増えれば神も強くなる。それは分かるな?」
うなずくクオ。
クオは神界にいる時も大した霊力を持っていなかった。それは彼に祈る民がいないから。彼のような神が存在する事すら、人間は気づいていないだろう。
「戦争になれば人が大量に死ぬ。そうすれば人々は憂い、悲しみ、嘆き、……そして神に祈る。そこへ自作自演の『勇者』を遣わすのだ。ゼナスの名のもとに『勇者』が活躍すると、人々はこう思う…『ゼナス様のおかげで助かった。慈悲深きゼナス様こそ最高の、唯一の我らが神。ゼナス!、ゼナス! 正しきゼナス様に逆らうものは悪だ!』…と」
「そんな……」
「そうして他の神々は徐々に力を失っていったのだ。わしはそれを諫めて悪神とされた。信者を奪われ、霊力が弱ったところで言いがかりをつけられて神界追放よ」
ゼナス様がそんな事を……?
信じたくはない。
でも、クオには理解できてしまった。
自分も霊力を奪われて追放されたのだから。
「勇者が現れたのなら、近いうちに戦争が起こる。大きなやつだ。ゼナスが戦争を起こす…自分のために。全ての民に自分の名前を呼ばせ、褒め称えさせるために。ゼナスは人間がどれだけ死のうが気にも止めぬ。100年前と同じ。あの時も、わしにはどうする事もできなかった…」
ウティホが低くうなりながら目を閉じる。
クオは途方に暮れる。
知恵も経験もあるウティホでさえ、どうしようもないと言う。未熟な自分に何ができるだろう?
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