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恐怖と勇気
しおりを挟む「うわっ、何だこれ!?」
ライゼルは大声をあげる。
湖からヴォスラ火山の中腹を越えて向こう側へ続くルートは非常に混雑していた。
混雑というか、混乱している。
細い山道が渋滞しているなら岩場を飛びながら進もうと近づいたのだが、そこにあったのは太い道。
誰かが急勾配の山肌を何度もズリ落ちながら無理矢理突き進んだらしい。
「所々に残る爪痕………大将が通った跡だろコレ……」
(キュキュウ……)
思わず半眼になる。チビ助も同意見のようだ。
どうやら先輩と大将は気合と根性で上位を爆進中らしい。
地面を掻き壊すように通ったため、踏み固められていた道がグズグズになってしまっている。後から来た人達が歩きにくそうだ。
「やっぱりジャンプだな、ジャンプ!」
(キュウ!)
峠に向かう道は何度か折れ曲がってZ型になっているが、ジャンプで進むならショートカットできる。
トン、トン、と小さめのジャンプをテンポ良く繰り返して峠に向かう。
「よし、後は下り………っと!?」
強い殺気を感じて飛び退く。
砂利が飛び散る。今まで居た場所が鋭い爪でえぐられる。
飛びかかって来たのは、
「グルゥ……」
トラの聖獣だ。
連れているのは、あの三人組の最後の一人。
「何すんだよ!」
「フン。ウサギ臭いからエサと間違えたんだろ。ああ臭い臭い!」
何でコイツらってわざわざ構って来るんだろう。
嫌がらせする奴ってヒマ人だよなぁ。
相手にしないで先に進もうとすると、トラが道をふさぐ。
「待て! これ以上、ニーナ嬢に近づくな!」
「はあ?」
確かにペガサスに乗ったニーナは先に行ってるが、目的地は同じなんだから近づくも近づかないもない。
卒業試験とニーナに何の関係が……ああ!
「お前、ニーナが好きなんだ?」
「なっ!?」
俺の問い掛けにあからさまに動揺する。
「そ、そういう意味で言ってるんじゃない! お前みたいなウサギ野郎がニーナ嬢に近づくなど、身の程をわきまえろ!」
いや、そのニーナ嬢がウサギちゃんに寄って来るんですが。
「今すぐ試験をリタイアしろ! 消えろ!」
そう言いながら手の平に雷球を発生させる。
雷系の攻撃魔法の一種だ。手の上でボールのように丸めた雷を投げつけてくる。
ケガする程の大きさじゃないが、アレは当たると痺れて痛い。
「おっと」
軽く飛び上がって避けた瞬間、
ドガッ!!
横合いから激しい衝撃。
「な……っ!?」
目の端に黄色と黒の縞模様が映る。トラだ!
雷球に気を取られていた俺は、横から飛びかかってきたトラの聖獣に弾き飛ばされた。
かなりの勢いで、数十m離れた岩肌に叩きつけられる。
油断した。
起きあがろうとすると足元が崩れ、さらに数m滑り落ちる。大岩に引っかかって何とか停止する。
「ザマァ見ろ! そこで震えてな!」
言い捨ててトラにまたがり、男子学生は消えた。
段差があるため峠越えの山道からこちらは見えない。
何人かが通過する物音が聞こえたが、ライゼルに気付く人はいない。
「くそ……何とか上に…」
ガラガラ……パラパラ……
体を動かすと、足元の砂利が滑って落ちてゆく。
大岩にしがみついているだけなので、ジャンプして移動するための足場がない。
(キュ!? キュウキュウゥ…)
「下から話し声が聞こえるって?」
意識を集中すると、かなり下から会話らしき声がかすかに聞こえる。
ウサギの聴力は数㎞先の物音もとらえるらしい。助けを呼んで聞こえる距離ではないが、確かに何人もの声がする。
「第三チェックポイントかな? なら、下に移動は………うっ!」
恐る恐る下を見るとあまりの高さにめまいがする。
(キュウ? キュキュッ、キュ。 キュキュッ、キュ?)
「う、うん…分かるよ。あの岩に滑り降りて、あっちの岩にジャンプして、その下の岩に………分かるけどさ!」
怖い。
垂直に近い岩場。
今の俺なら崩れそうにない岩を選んでジャンプしながら下へ降りるのは可能だろう。
けれども、どうしようもなく怖い。
あの、ジークに突き落とされた時の恐怖が甦ってくる。
宙に浮き、岩に叩きつけられ、激痛と共に血を吐いて……
(キュ、キュ!)
「だ、ダメだ………できない。跳べないよ…」
(キュウ、キュウキュウ)
「そりゃ、いつまでもココにしがみついてはいらんないけど…」
(キューッ!!)
「あっ!」
突然、手が岩を離した。
体をひねりながら最初の岩に滑り落ちる。
岩を蹴って体勢を立て直し、次の岩へジャンプ。
(キュウッ! キュッ! キュッ!)
チビ助が、跳ぶ。
ライゼルの意識を上書きし、いや、大事に抱え込むようにして、ライゼルの体を動かしていた。
着地、周囲の確認、ジャンプ、風魔法で姿勢を制御しながら着地……
訓練で何度も繰り返したジャンプ。
できる、できる、できる……チビ助がそう念じながら跳んでいるのが伝わってくる。
できる、できる、できる……他の事は一切考えない。
できる、できる、できる……ただひたすらに岩壁を降りてゆく。
あの時も、こうだったんだろうか?
死にかけた俺を見つけて、失敗したらどうしようとかは考えず、【同化】してただひたすらに【治療】をかけ続けた。俺が助からなかったら自分も死ぬところだったのに。
チビ助が小さな体から絞り出せた勇気を、俺が出せなくてどうする!
(ウキュ!?)
一瞬、チビ助が次の座標を見失う。
ウサギは本来、目が弱い。【同化】して俺の視力を使っていたが、疲れて集中力が切れたのだろう。
「まかせろ!」
俺が見る。チビ助が跳ぶ。
二つの意識は次第に溶け合い、一つの生命体になってガケの下に降り立った。
第三チェックポイントのカウンターがすぐそこに見える。
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