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王宮の廊下に、硬質な靴音が響き渡る。
牢に入れられていたはずの私が、悠然と歩く姿を見て、衛兵たちが驚愕に目を見開いた。
「エ、エリアナ様!? なぜここに……」
「道をお開けなさい。陛下より、再調査の間は謹慎というお達しをいただきましたわ」
私は兄から受け取った書状を、扇子を広げるように鮮やかに突きつける。
実際には父と兄が根回しをしてくれたおかげだが、今はその権力を最大限に利用させてもらう。
目指すは、セドリック様の執務室。
扉を乱暴に開けるような真似はしない。
私は三回、正確なリズムでノックをした。
「……入れ」
中から聞こえてきたのは、聞き慣れた、けれど酷く疲弊した声。
失礼しますわ、と告げて足を踏み入れると、そこには地獄のような光景が広がっていた。
セドリック様の膝の上に、我が物顔で座るリリア・ノエル。
彼女は私の姿を見るなり、わざとらしく肩を震わせた。
「ひっ……! セドリック様、エリアナ様が……殺される、私、殺されてしまいますわ!」
「リリア、大丈夫だ。私がついている」
セドリック様が彼女を抱きしめる。
その視線が私に向けられた瞬間、温度が氷点下まで下がった。
「エリアナ、貴様。牢を抜け出して、まだリリアを害そうというのか」
「ご挨拶ですわね、セドリック様。害する? いいえ、私はただ、大切な『落とし物』を回収しに参っただけですわ」
私は優雅に微笑みながら、二人の至近距離まで歩み寄る。
リリアの身体から、微かに甘ったるい、吐き気を催すような魔力が漂っているのがわかった。
「落とし物だと? ここにはお前の物など何一つない!」
「あら、そこにいらっしゃるではありませんか」
私は真っ直ぐに、セドリック様の瞳を見つめた。
「世界で一番格好良くて、誠実で、私だけの騎士様だった……私の婚約者が」
「なっ……」
「その男は、私のものですわ。リリア・ノエル。汚らわしい手で触れないでいただけますか?」
静かな、しかし重みのある言葉に、部屋の空気が凍りつく。
リリアが顔を引きつらせ、勝ち誇ったような笑みを一瞬だけ見せた。
「エリアナ様、往生際が悪いですわ……。殿下は、真実の愛に目覚めたとおっしゃったのですよ?」
「真実の愛? 笑わせないで。あなたの安っぽい魔法で、その言葉を汚さないでほしいわ」
私は一歩、さらに距離を詰める。
リリアの耳元で、私にしか聞こえない音量で囁いた。
「泥棒猫さん。今のうちに、その席を温めておくといいわ」
リリアの瞳に、初めて明確な動揺が走る。
「次に私がここへ来るときは、あなたの首に繋がれた見えない鎖を、根こそぎ引きちぎって差し上げますから」
「……っ、セドリック様! 怖い、エリアナ様が、恐ろしい呪いを……!」
「エリアナ! 出て行け! 二度とその不吉な口を開くな!」
セドリック様の怒号が響く。
けれど、私は満足だった。
激昂する彼の瞳の奥で、ほんの一瞬だけ、困惑の色が混じったのを私は見逃さなかった。
「それでは、失礼いたしますわ」
私は完璧な一礼をして、背を向けた。
扉を閉める間際、背後でリリアが必死に縋り付く声が聞こえる。
「さあ、お兄様。作戦開始ですわよ」
廊下で待機していたカイン兄様に、私は冷徹な笑みを向けた。
「まずは、あの女が聖女ではないという『証拠』を、一欠片も残さず集めましょう」
牢に入れられていたはずの私が、悠然と歩く姿を見て、衛兵たちが驚愕に目を見開いた。
「エ、エリアナ様!? なぜここに……」
「道をお開けなさい。陛下より、再調査の間は謹慎というお達しをいただきましたわ」
私は兄から受け取った書状を、扇子を広げるように鮮やかに突きつける。
実際には父と兄が根回しをしてくれたおかげだが、今はその権力を最大限に利用させてもらう。
目指すは、セドリック様の執務室。
扉を乱暴に開けるような真似はしない。
私は三回、正確なリズムでノックをした。
「……入れ」
中から聞こえてきたのは、聞き慣れた、けれど酷く疲弊した声。
失礼しますわ、と告げて足を踏み入れると、そこには地獄のような光景が広がっていた。
セドリック様の膝の上に、我が物顔で座るリリア・ノエル。
彼女は私の姿を見るなり、わざとらしく肩を震わせた。
「ひっ……! セドリック様、エリアナ様が……殺される、私、殺されてしまいますわ!」
「リリア、大丈夫だ。私がついている」
セドリック様が彼女を抱きしめる。
その視線が私に向けられた瞬間、温度が氷点下まで下がった。
「エリアナ、貴様。牢を抜け出して、まだリリアを害そうというのか」
「ご挨拶ですわね、セドリック様。害する? いいえ、私はただ、大切な『落とし物』を回収しに参っただけですわ」
私は優雅に微笑みながら、二人の至近距離まで歩み寄る。
リリアの身体から、微かに甘ったるい、吐き気を催すような魔力が漂っているのがわかった。
「落とし物だと? ここにはお前の物など何一つない!」
「あら、そこにいらっしゃるではありませんか」
私は真っ直ぐに、セドリック様の瞳を見つめた。
「世界で一番格好良くて、誠実で、私だけの騎士様だった……私の婚約者が」
「なっ……」
「その男は、私のものですわ。リリア・ノエル。汚らわしい手で触れないでいただけますか?」
静かな、しかし重みのある言葉に、部屋の空気が凍りつく。
リリアが顔を引きつらせ、勝ち誇ったような笑みを一瞬だけ見せた。
「エリアナ様、往生際が悪いですわ……。殿下は、真実の愛に目覚めたとおっしゃったのですよ?」
「真実の愛? 笑わせないで。あなたの安っぽい魔法で、その言葉を汚さないでほしいわ」
私は一歩、さらに距離を詰める。
リリアの耳元で、私にしか聞こえない音量で囁いた。
「泥棒猫さん。今のうちに、その席を温めておくといいわ」
リリアの瞳に、初めて明確な動揺が走る。
「次に私がここへ来るときは、あなたの首に繋がれた見えない鎖を、根こそぎ引きちぎって差し上げますから」
「……っ、セドリック様! 怖い、エリアナ様が、恐ろしい呪いを……!」
「エリアナ! 出て行け! 二度とその不吉な口を開くな!」
セドリック様の怒号が響く。
けれど、私は満足だった。
激昂する彼の瞳の奥で、ほんの一瞬だけ、困惑の色が混じったのを私は見逃さなかった。
「それでは、失礼いたしますわ」
私は完璧な一礼をして、背を向けた。
扉を閉める間際、背後でリリアが必死に縋り付く声が聞こえる。
「さあ、お兄様。作戦開始ですわよ」
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「まずは、あの女が聖女ではないという『証拠』を、一欠片も残さず集めましょう」
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