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王宮のサロンから、甲高い怒鳴り声が響いてきた。
かつては淑女たちが優雅に語らう場だったそこは、今やリリア・ノエルの独壇場と化している。
「信じられないわ! このお茶、ぬるすぎるじゃない! 私を誰だと思っているの?」
ガチャン、という陶器の割れる音がした。
私はサロンの入り口で足を止め、その光景を冷ややかに見つめる。
リリアの足元では、高価な茶器が粉々に砕け散り、若い侍女が震えながら床に膝をついていた。
「も、申し訳ございません、リリア様……。すぐに淹れ直してまいります」
「もういいわ! あなたみたいな無能、今すぐこの王宮から追い出してあげる! 殿下に言えば、一瞬なんだから!」
リリアが勝ち誇ったように笑い、侍女の手にわざと紅茶をこぼそうとした。
その瞬間、私は彼女の手首を扇子で鋭く叩いた。
「……っ! 痛い! 何をするのよ!」
「王宮の静寂を乱すような騒がしい声。鳥のさえずりかと思えば、ただの野良猫の叫びでしたのね」
私は侍女の前に立ち、彼女を背後に隠した。
リリアは顔を真っ赤にして私を睨みつける。
「エリアナ様! またあなたなの!? 殿下に言いつけて、今度こそ処刑してもらうんだから!」
「あら、お聞きになりまして? 淑女が『処刑』だなんて。そんな言葉、どこのマナー講座で習ったのかしら」
私は優雅に扇子を閉じ、周囲にいた他の貴族たちへ視線を向けた。
そこには、リリアの傍若無人な振る舞いに顔を顰める夫人たちの姿があった。
「皆様、ご覧なさい。これが自称『聖女』の正体ですわ。慈愛の心どころか、礼儀作法の一つも身についていない。王太子妃の座を狙うなど、噴飯ものですわね」
「なんですって……! 私は殿下に愛されているのよ! 礼儀なんて、後からどうにでもなるわ!」
「いいえ。気品というものは、その方の魂から溢れ出るもの。泥にまみれた宝石は磨けば光りますが、ただの石ころをいくら磨いても、価値は変わりませんわ」
リリアの表情が、怒りで醜く歪んだ。
その時、サロンの入り口にセドリック様の姿が見えた。
リリアは瞬時に表情を変え、目に涙を浮かべて彼のもとへ駆け寄る。
「セドリック様! 助けてください! エリアナ様が、私を石ころだなんて……!」
セドリック様は彼女を抱き寄せたが、その視線はどこか泳いでいた。
彼は私の顔を真っ直ぐに見ることができない。
「エリアナ……。またリリアをいじめているのか」
「いじめる? 滅相もございませんわ。私はただ、彼女に王宮のルールを教えて差し上げていただけです。セドリック様、あなたが大切にしている茶器を、彼女は不注意で割ってしまいましたのよ?」
私が指差した先には、セドリック様が亡き母君から受け継いだという、薔薇の紋章が入ったカップが散らばっていた。
セドリック様の瞳が、一瞬だけ鋭く見開かれる。
「それは……母上の……」
「わざとじゃないわ! この侍女が悪いんですもの!」
リリアが必死に弁明する。
しかし、セドリック様の手は、彼女の肩から少しだけ離れた。
「……リリア。片付けは侍女に任せて、部屋に戻っていなさい。私は少し、一人になりたい」
「えっ!? でも……!」
「行きなさい」
その声には、以前のような盲目的な甘さはなかった。
リリアは信じられないといった様子で、私とセドリック様を交互に見た後、地団駄を踏んで走り去っていった。
静まり返ったサロンで、私はセドリック様の傍に寄り添う。
「セドリック様。思い出してください。あなたを守るべきなのは、そのような女ではありませんわ」
「……うるさい。私に構うな」
彼は力なく言い捨てて背を向けたが、その歩調は覚束ない。
綻びは、確実に出始めている。
私は足元に落ちた陶器の欠片を拾い上げ、確信を持って微笑んだ。
かつては淑女たちが優雅に語らう場だったそこは、今やリリア・ノエルの独壇場と化している。
「信じられないわ! このお茶、ぬるすぎるじゃない! 私を誰だと思っているの?」
ガチャン、という陶器の割れる音がした。
私はサロンの入り口で足を止め、その光景を冷ややかに見つめる。
リリアの足元では、高価な茶器が粉々に砕け散り、若い侍女が震えながら床に膝をついていた。
「も、申し訳ございません、リリア様……。すぐに淹れ直してまいります」
「もういいわ! あなたみたいな無能、今すぐこの王宮から追い出してあげる! 殿下に言えば、一瞬なんだから!」
リリアが勝ち誇ったように笑い、侍女の手にわざと紅茶をこぼそうとした。
その瞬間、私は彼女の手首を扇子で鋭く叩いた。
「……っ! 痛い! 何をするのよ!」
「王宮の静寂を乱すような騒がしい声。鳥のさえずりかと思えば、ただの野良猫の叫びでしたのね」
私は侍女の前に立ち、彼女を背後に隠した。
リリアは顔を真っ赤にして私を睨みつける。
「エリアナ様! またあなたなの!? 殿下に言いつけて、今度こそ処刑してもらうんだから!」
「あら、お聞きになりまして? 淑女が『処刑』だなんて。そんな言葉、どこのマナー講座で習ったのかしら」
私は優雅に扇子を閉じ、周囲にいた他の貴族たちへ視線を向けた。
そこには、リリアの傍若無人な振る舞いに顔を顰める夫人たちの姿があった。
「皆様、ご覧なさい。これが自称『聖女』の正体ですわ。慈愛の心どころか、礼儀作法の一つも身についていない。王太子妃の座を狙うなど、噴飯ものですわね」
「なんですって……! 私は殿下に愛されているのよ! 礼儀なんて、後からどうにでもなるわ!」
「いいえ。気品というものは、その方の魂から溢れ出るもの。泥にまみれた宝石は磨けば光りますが、ただの石ころをいくら磨いても、価値は変わりませんわ」
リリアの表情が、怒りで醜く歪んだ。
その時、サロンの入り口にセドリック様の姿が見えた。
リリアは瞬時に表情を変え、目に涙を浮かべて彼のもとへ駆け寄る。
「セドリック様! 助けてください! エリアナ様が、私を石ころだなんて……!」
セドリック様は彼女を抱き寄せたが、その視線はどこか泳いでいた。
彼は私の顔を真っ直ぐに見ることができない。
「エリアナ……。またリリアをいじめているのか」
「いじめる? 滅相もございませんわ。私はただ、彼女に王宮のルールを教えて差し上げていただけです。セドリック様、あなたが大切にしている茶器を、彼女は不注意で割ってしまいましたのよ?」
私が指差した先には、セドリック様が亡き母君から受け継いだという、薔薇の紋章が入ったカップが散らばっていた。
セドリック様の瞳が、一瞬だけ鋭く見開かれる。
「それは……母上の……」
「わざとじゃないわ! この侍女が悪いんですもの!」
リリアが必死に弁明する。
しかし、セドリック様の手は、彼女の肩から少しだけ離れた。
「……リリア。片付けは侍女に任せて、部屋に戻っていなさい。私は少し、一人になりたい」
「えっ!? でも……!」
「行きなさい」
その声には、以前のような盲目的な甘さはなかった。
リリアは信じられないといった様子で、私とセドリック様を交互に見た後、地団駄を踏んで走り去っていった。
静まり返ったサロンで、私はセドリック様の傍に寄り添う。
「セドリック様。思い出してください。あなたを守るべきなのは、そのような女ではありませんわ」
「……うるさい。私に構うな」
彼は力なく言い捨てて背を向けたが、その歩調は覚束ない。
綻びは、確実に出始めている。
私は足元に落ちた陶器の欠片を拾い上げ、確信を持って微笑んだ。
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