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即位式の会場であった大聖堂は、混乱の余韻を残したまま、慌ただしく騎士たちが立ち働いていた。
負傷者の手当て、そして何より、リリア・ノエルと共謀していた者たちの拘束。
私は、椅子に座らされ医師の診察を受けているセドリック様の傍らに立っていた。
「殿下、顔色は戻りつつありますが、魔力の枯渇が激しいです。数日は安静になさってください」
「わかっている。……だが、休んでいる暇などないのだ。私が招いたこの不始末を、一刻も早く片付けなければ」
セドリック様が、苦しげに眉間に皺を寄せる。
その視線は、血に汚れた大理石の床に向けられたままだ。
「セドリック様。先ほども申し上げましたが、無理は禁物ですわ。あなたが倒れては、それこそ泥棒猫の思うツボです」
私は、運ばれてきた温かい紅茶を彼の前に置いた。
「エリアナ……。君は、どうしてそんなに強いのだ? 私に裏切られ、断罪され、牢にまで入れられたというのに」
「強くなどありませんわ。ただ、あなたのことを信じていただけです。……いえ、信じていたというより、執着していたと言った方が正しいかしら」
私はわざと、意地悪な微笑を浮かべて見せた。
「執着、か。……ふっ、君らしいな。その言葉に、どれほど救われるか」
セドリック様が、ようやく微かな笑みを漏らした。
その時、聖堂の奥から足音を荒らげてカイン兄様が近づいてきた。
その表情は、先ほどまでの勝利の確信とは一変し、険しいものだった。
「エリアナ、殿下。……少々、厄介なことになった」
「お兄様? リリアは連行されたのでしょう? 何か問題でも?」
カイン兄様は、懐から一通の封書を取り出し、私たちの前のテーブルに叩きつけた。
「リリアを連行する際、彼女が隠し持っていたものだ。隣国ガルディア帝国の、皇帝直属の暗部が使う通信紙だった」
セドリック様の顔が、一瞬で強張った。
「ガルディア帝国……。我が国とは長年、国境争いを続けている仇敵ではないか」
「ええ。中身を解読させたところ、恐ろしい事実が判明しました。リリア・ノエルは、単なる野心家ではありません。帝国の工作員として、この国を内側から崩壊させるために送り込まれた『駒』だったのです」
「駒……ですって?」
私は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
あの女の傲慢な振る舞いや、無理な贅沢。
それらはすべて、王宮の財政を圧迫し、貴族たちの不和を煽るための計算だったというのか。
「さらに、リリアが先ほど飲み干した秘薬。あれは帝国の禁忌研究で作られたもので、服用者の精神を完全に破壊する代わりに、周囲の魔力を汚染し続ける毒素を撒き散らす効果がある」
「……待ってください。では、あの女を牢に入れただけでは解決しないということですか?」
「そうだ。彼女が生きている限り、牢の周辺から魔力汚染が広がり続ける。彼女を殺せば、その瞬間に体内の魔力が爆発し、王都の半分が消し飛ぶ設計になっているらしい」
聖堂内に、再び重苦しい沈黙が落ちた。
リリア・ノエルという毒婦は、去り際になお、この国に致命的な呪いを残していったのだ。
「……あいつ、最後まで……!」
セドリック様が、悔しさに拳を机に叩きつける。
私はその拳の上に、そっと自分の手を重ねた。
「落ち着きなさい、セドリック様。毒があるなら、解毒すればいいだけのことですわ」
「しかし、エリアナ。帝国の禁忌だぞ? 我が国の魔導師たちでも、解読には数年かかるかもしれないんだ」
「数年も待つ必要はありませんわ。私に、一つ考えがあります」
私は、カイン兄様とセドリック様を交互に見つめ、不敵に言い放った。
「泥棒猫さんの飼い主を、直接引きずり出して差し上げましょう。帝国が用意した『毒』なら、その製法を知る者に吐かせるのが一番早いですわ」
「エリアナ、まさか……帝国に乗り込むつもりか?」
「あら、お兄様。公爵令嬢の『外交』を、甘く見ないでいただけますか?」
私の瞳には、新たな闘志が宿っていた。
愛する人を守り、国を救うための戦いは、まだ終わってはいなかったのだ。
負傷者の手当て、そして何より、リリア・ノエルと共謀していた者たちの拘束。
私は、椅子に座らされ医師の診察を受けているセドリック様の傍らに立っていた。
「殿下、顔色は戻りつつありますが、魔力の枯渇が激しいです。数日は安静になさってください」
「わかっている。……だが、休んでいる暇などないのだ。私が招いたこの不始末を、一刻も早く片付けなければ」
セドリック様が、苦しげに眉間に皺を寄せる。
その視線は、血に汚れた大理石の床に向けられたままだ。
「セドリック様。先ほども申し上げましたが、無理は禁物ですわ。あなたが倒れては、それこそ泥棒猫の思うツボです」
私は、運ばれてきた温かい紅茶を彼の前に置いた。
「エリアナ……。君は、どうしてそんなに強いのだ? 私に裏切られ、断罪され、牢にまで入れられたというのに」
「強くなどありませんわ。ただ、あなたのことを信じていただけです。……いえ、信じていたというより、執着していたと言った方が正しいかしら」
私はわざと、意地悪な微笑を浮かべて見せた。
「執着、か。……ふっ、君らしいな。その言葉に、どれほど救われるか」
セドリック様が、ようやく微かな笑みを漏らした。
その時、聖堂の奥から足音を荒らげてカイン兄様が近づいてきた。
その表情は、先ほどまでの勝利の確信とは一変し、険しいものだった。
「エリアナ、殿下。……少々、厄介なことになった」
「お兄様? リリアは連行されたのでしょう? 何か問題でも?」
カイン兄様は、懐から一通の封書を取り出し、私たちの前のテーブルに叩きつけた。
「リリアを連行する際、彼女が隠し持っていたものだ。隣国ガルディア帝国の、皇帝直属の暗部が使う通信紙だった」
セドリック様の顔が、一瞬で強張った。
「ガルディア帝国……。我が国とは長年、国境争いを続けている仇敵ではないか」
「ええ。中身を解読させたところ、恐ろしい事実が判明しました。リリア・ノエルは、単なる野心家ではありません。帝国の工作員として、この国を内側から崩壊させるために送り込まれた『駒』だったのです」
「駒……ですって?」
私は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
あの女の傲慢な振る舞いや、無理な贅沢。
それらはすべて、王宮の財政を圧迫し、貴族たちの不和を煽るための計算だったというのか。
「さらに、リリアが先ほど飲み干した秘薬。あれは帝国の禁忌研究で作られたもので、服用者の精神を完全に破壊する代わりに、周囲の魔力を汚染し続ける毒素を撒き散らす効果がある」
「……待ってください。では、あの女を牢に入れただけでは解決しないということですか?」
「そうだ。彼女が生きている限り、牢の周辺から魔力汚染が広がり続ける。彼女を殺せば、その瞬間に体内の魔力が爆発し、王都の半分が消し飛ぶ設計になっているらしい」
聖堂内に、再び重苦しい沈黙が落ちた。
リリア・ノエルという毒婦は、去り際になお、この国に致命的な呪いを残していったのだ。
「……あいつ、最後まで……!」
セドリック様が、悔しさに拳を机に叩きつける。
私はその拳の上に、そっと自分の手を重ねた。
「落ち着きなさい、セドリック様。毒があるなら、解毒すればいいだけのことですわ」
「しかし、エリアナ。帝国の禁忌だぞ? 我が国の魔導師たちでも、解読には数年かかるかもしれないんだ」
「数年も待つ必要はありませんわ。私に、一つ考えがあります」
私は、カイン兄様とセドリック様を交互に見つめ、不敵に言い放った。
「泥棒猫さんの飼い主を、直接引きずり出して差し上げましょう。帝国が用意した『毒』なら、その製法を知る者に吐かせるのが一番早いですわ」
「エリアナ、まさか……帝国に乗り込むつもりか?」
「あら、お兄様。公爵令嬢の『外交』を、甘く見ないでいただけますか?」
私の瞳には、新たな闘志が宿っていた。
愛する人を守り、国を救うための戦いは、まだ終わってはいなかったのだ。
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