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地下牢から這い上がってきたザハール侯爵は、まるで数十年も老け込んだような足取りだった。
王宮の正殿では、中断されていた即位式のやり直しを求める声と、事態の把握に追われる貴族たちが騒然と詰めかけていた。
「静粛に!」
セドリック様の凛とした声が広間に響き渡る。
その声には、もはやリリアに操られていた頃の弱々しさはない。
王座の横には、私が毅然とした態度で控えている。
「これより、ガルディア帝国との緊急和平交渉の結果を報告する」
セドリック様が、先ほど侯爵に無理やり署名させたばかりの条約案を掲げた。
広間が水を打ったように静まり返る。
「帝国は、リリア・ノエルを用いた我が国への内政干渉を認めた。これに伴い、国境沿いの魔導鉱山の利権を我が国へ譲渡、ならびに莫大な賠償金の支払いに合意した」
貴族たちの間に、激しいどよめきが走った。
それは驚愕であり、そして何より、絶望的な状況を覆したことへの歓喜だった。
「……信じられない。あの強硬な帝国が、これほど屈辱的な条件を呑むなんて」
「すべては、エリアナ様が物証を押さえていたおかげだというのか?」
ヒソヒソという囁きが、私への賞賛へと変わっていく。
私は扇子をそっと閉じ、セドリック様の隣で優雅に一礼した。
「皆様。私は一度、この場所で罪人として断罪されましたわ。……ですが、真実を捻じ曲げることは、誰にもできはしませんの」
私は、列席している貴族たちを一人ひとり見据えた。
かつて私に罵声を浴びせ、リリアを聖女と崇めた者たちは、一様に顔を青ざめさせて視線を逸らす。
「エリアナ・フォン・ローゼンバーグ」
セドリック様が、私の名前を呼んだ。
彼は大勢の貴族たちの前で、ゆっくりと私に向き合い、その場で膝をついた。
「な、殿下!? 王太子が跪くなど……!」
「構わない。私は、この女性(ひと)に万死に値する無礼を働いた。……エリアナ、改めて皆の前で誓わせてほしい」
セドリック様が、私の右手を取り、震える指先を絡ませる。
「私はもう二度と、君の手を離さない。君の誇りを、君の愛を、私の命を懸けて守り抜くことを、ここに宣言する」
「セドリック様……」
「君こそが、この国の真の国母に相応しい女性(ひと)だ。私の、唯一無二の婚約者として……そばにいてほしい」
会場中から、地響きのような拍手と歓声が沸き起こった。
かつてリリアに向けられたものとは違う、真実の絆に対する祝福の音。
私は、溢れ出しそうな涙をグッと堪え、公爵令嬢としての最高の微笑みを浮かべた。
「……ふふ。そこまでおっしゃるのなら、もう一度だけ、信じて差し上げてもよろしいですわよ?」
私は彼の手を取り、力強く引き寄せた。
「ただし、今度浮気などなさったら……帝国よりも厳しい制裁が待っていると思ってくださいませ?」
「ああ、望むところだ」
セドリック様が、幸せそうに目を細めて笑った。
断罪の舞台は、いつの間にか、私たちの愛を再確認するための最高の舞台へと塗り替えられていたのだ。
しかし、遠く去りゆく侯爵の背中を見送りながら、私はふと思った。
リリアという駒を失った帝国が、果たしてこれで大人しく引き下がるだろうか。
愛を取り戻した後の戦いは、より高度な政治の舞台へと移ろうとしていた。
王宮の正殿では、中断されていた即位式のやり直しを求める声と、事態の把握に追われる貴族たちが騒然と詰めかけていた。
「静粛に!」
セドリック様の凛とした声が広間に響き渡る。
その声には、もはやリリアに操られていた頃の弱々しさはない。
王座の横には、私が毅然とした態度で控えている。
「これより、ガルディア帝国との緊急和平交渉の結果を報告する」
セドリック様が、先ほど侯爵に無理やり署名させたばかりの条約案を掲げた。
広間が水を打ったように静まり返る。
「帝国は、リリア・ノエルを用いた我が国への内政干渉を認めた。これに伴い、国境沿いの魔導鉱山の利権を我が国へ譲渡、ならびに莫大な賠償金の支払いに合意した」
貴族たちの間に、激しいどよめきが走った。
それは驚愕であり、そして何より、絶望的な状況を覆したことへの歓喜だった。
「……信じられない。あの強硬な帝国が、これほど屈辱的な条件を呑むなんて」
「すべては、エリアナ様が物証を押さえていたおかげだというのか?」
ヒソヒソという囁きが、私への賞賛へと変わっていく。
私は扇子をそっと閉じ、セドリック様の隣で優雅に一礼した。
「皆様。私は一度、この場所で罪人として断罪されましたわ。……ですが、真実を捻じ曲げることは、誰にもできはしませんの」
私は、列席している貴族たちを一人ひとり見据えた。
かつて私に罵声を浴びせ、リリアを聖女と崇めた者たちは、一様に顔を青ざめさせて視線を逸らす。
「エリアナ・フォン・ローゼンバーグ」
セドリック様が、私の名前を呼んだ。
彼は大勢の貴族たちの前で、ゆっくりと私に向き合い、その場で膝をついた。
「な、殿下!? 王太子が跪くなど……!」
「構わない。私は、この女性(ひと)に万死に値する無礼を働いた。……エリアナ、改めて皆の前で誓わせてほしい」
セドリック様が、私の右手を取り、震える指先を絡ませる。
「私はもう二度と、君の手を離さない。君の誇りを、君の愛を、私の命を懸けて守り抜くことを、ここに宣言する」
「セドリック様……」
「君こそが、この国の真の国母に相応しい女性(ひと)だ。私の、唯一無二の婚約者として……そばにいてほしい」
会場中から、地響きのような拍手と歓声が沸き起こった。
かつてリリアに向けられたものとは違う、真実の絆に対する祝福の音。
私は、溢れ出しそうな涙をグッと堪え、公爵令嬢としての最高の微笑みを浮かべた。
「……ふふ。そこまでおっしゃるのなら、もう一度だけ、信じて差し上げてもよろしいですわよ?」
私は彼の手を取り、力強く引き寄せた。
「ただし、今度浮気などなさったら……帝国よりも厳しい制裁が待っていると思ってくださいませ?」
「ああ、望むところだ」
セドリック様が、幸せそうに目を細めて笑った。
断罪の舞台は、いつの間にか、私たちの愛を再確認するための最高の舞台へと塗り替えられていたのだ。
しかし、遠く去りゆく侯爵の背中を見送りながら、私はふと思った。
リリアという駒を失った帝国が、果たしてこれで大人しく引き下がるだろうか。
愛を取り戻した後の戦いは、より高度な政治の舞台へと移ろうとしていた。
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