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王宮の最果てにある、手入れの行き届いた秘密の庭園。
そこはかつて、幼い私たちが初めて出会い、将来の誓いを立てた場所だった。
月明かりに照らされた白薔薇が、幻想的な香りを辺りに漂わせている。
「……懐かしいですわね。あの頃のあなたは、今よりもずっと泣き虫でしたのに」
私は生い茂る薔薇のアーチを指先でなぞりながら、隣を歩くセドリック様を見上げた。
「よしてくれ。……まあ、否定はできないが。君に初めて会った時、私は迷子になって泣いていたんだからな」
セドリック様が、困ったように眉を下げて笑う。
あの日、茂みの奥で震えていた小さな王子様に、私は「情けない方ですわね」と言い放って手を差し出した。
それが、すべての始まりだった。
「あの時、君が差し出してくれた手の温かさを、私は一生忘れないと思っていたのに。……リリアの術にかかっていたとはいえ、その手を振り払ってしまった」
セドリック様が立ち止まり、池のほとりで深く頭を垂れる。
「謝罪はもう聞き飽きましたわ。……セドリック様、顔をお上げなさいな」
「エリアナ。私は、君に相応しい男になれるだろうか。君の誇りを傷つけ、泥を塗ったこの私が」
彼の声は、夜風に消えてしまいそうなほどに弱々しかった。
私は迷わず、彼の頬をパチンと軽く叩いた。
「なっ……」
「いつまでも過去を振り返って、めそめそと立ち止まっている暇などありませんわ。私が愛したのは、泣き虫の迷子ではありません」
私は彼の胸ぐらを掴むようにして、その碧い瞳を至近距離で覗き込んだ。
「前を向きなさい。そして、私だけを見ていなさいな。あなたがどれほど泥にまみれようと、私がそのすべてを洗い流して差し上げますわ」
「エリアナ……」
「公爵令嬢の愛を、甘く見ないでくださいませ。私は、あなたが王として輝く姿を見るまで、絶対に死んでも離して差し上げませんから」
凛と言い放つ私の言葉に、セドリック様の瞳にようやく力強い光が宿った。
彼は私の手を包み込み、そのまま静かに引き寄せて、額を合わせた。
「……ああ。君の言う通りだ。私は、君が惚れ直すような最高の王になってみせる。この命が尽きるまで、君の騎士でいさせてくれ」
「よろしい。その言葉、違えたら次は本当に牢獄行きですわよ?」
「ふふ、肝に銘じておこう」
月夜の下、私たちは再会の誓いを新たにした。
歪んでいた歯車が、ようやく正しい音を立てて回り始めたのを感じる。
けれど、その静寂を破るように、カイン兄様が慌ただしく庭園に姿を現した。
「エリアナ、殿下! 夜分にすまないが、急報だ!」
「お兄様? そんなに血相を変えて、どうなさいましたの?」
「……リリア・ノエルが、監獄の中で消えた。魔法の痕跡はない……内部に手引きした者がいる!」
平和な夜の帳が、一瞬にして冷たい緊張感に塗り替えられた。
そこはかつて、幼い私たちが初めて出会い、将来の誓いを立てた場所だった。
月明かりに照らされた白薔薇が、幻想的な香りを辺りに漂わせている。
「……懐かしいですわね。あの頃のあなたは、今よりもずっと泣き虫でしたのに」
私は生い茂る薔薇のアーチを指先でなぞりながら、隣を歩くセドリック様を見上げた。
「よしてくれ。……まあ、否定はできないが。君に初めて会った時、私は迷子になって泣いていたんだからな」
セドリック様が、困ったように眉を下げて笑う。
あの日、茂みの奥で震えていた小さな王子様に、私は「情けない方ですわね」と言い放って手を差し出した。
それが、すべての始まりだった。
「あの時、君が差し出してくれた手の温かさを、私は一生忘れないと思っていたのに。……リリアの術にかかっていたとはいえ、その手を振り払ってしまった」
セドリック様が立ち止まり、池のほとりで深く頭を垂れる。
「謝罪はもう聞き飽きましたわ。……セドリック様、顔をお上げなさいな」
「エリアナ。私は、君に相応しい男になれるだろうか。君の誇りを傷つけ、泥を塗ったこの私が」
彼の声は、夜風に消えてしまいそうなほどに弱々しかった。
私は迷わず、彼の頬をパチンと軽く叩いた。
「なっ……」
「いつまでも過去を振り返って、めそめそと立ち止まっている暇などありませんわ。私が愛したのは、泣き虫の迷子ではありません」
私は彼の胸ぐらを掴むようにして、その碧い瞳を至近距離で覗き込んだ。
「前を向きなさい。そして、私だけを見ていなさいな。あなたがどれほど泥にまみれようと、私がそのすべてを洗い流して差し上げますわ」
「エリアナ……」
「公爵令嬢の愛を、甘く見ないでくださいませ。私は、あなたが王として輝く姿を見るまで、絶対に死んでも離して差し上げませんから」
凛と言い放つ私の言葉に、セドリック様の瞳にようやく力強い光が宿った。
彼は私の手を包み込み、そのまま静かに引き寄せて、額を合わせた。
「……ああ。君の言う通りだ。私は、君が惚れ直すような最高の王になってみせる。この命が尽きるまで、君の騎士でいさせてくれ」
「よろしい。その言葉、違えたら次は本当に牢獄行きですわよ?」
「ふふ、肝に銘じておこう」
月夜の下、私たちは再会の誓いを新たにした。
歪んでいた歯車が、ようやく正しい音を立てて回り始めたのを感じる。
けれど、その静寂を破るように、カイン兄様が慌ただしく庭園に姿を現した。
「エリアナ、殿下! 夜分にすまないが、急報だ!」
「お兄様? そんなに血相を変えて、どうなさいましたの?」
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平和な夜の帳が、一瞬にして冷たい緊張感に塗り替えられた。
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