不倫した悪役令嬢ですが冷徹な旦那様が私を離してくれません

きららののん

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「……思い返せば、あの頃の私たちは『会話』という概念をどこかに置き忘れてきた民族のようだったわね」

私は、監禁部屋のふかふかソファで、アルベルトが剥いてくれたリンゴを頬張りながら呟いた。

「手厳しいね。僕は僕なりに、君との時間を大切にしていたつもりだったんだが」

「どの口が言うのかしら。結婚して半年間、あなたが私にかけた言葉の八割は『ああ』と『いや』と『好きにしろ』だったじゃない」

そう、あの頃のアルベルトは、今のような「狂愛ストーカーモード」を完全に隠し、鉄面皮の「冷徹公爵」を演じきっていた。

当時の私は、彼に噛みついたあの日以来、なんとかして彼を振り向かせようと躍起になっていたのだ。

『ねえ、旦那様。今日の私のドレス、どうかしら? 流行の最先端を行く、毒々しい紫にしてみたのだけれど』

『……ああ』

『……。じゃあ、この新しく雇った庭師、すごくイケメンだと思わない? 筋肉が彫刻みたいで素敵よね』

『……いや』

『……。もういいわ! 私はこれから、隣国の騎士様と夜通しお茶会(意味深)に行ってくるから!』

『……好きにしろ』

私はその言葉を聞くたびに、心の中で「この氷の塊! 溶かしてバケツに入れて流してやろうかしら!」と憤慨していた。

彼が無関心だと思い込んだ私は、寂しさを埋めるために、そして何より「彼を怒らせてでも私を見てほしくて」、不倫という名の火遊びに足を踏み入れたのだ。

しかし、アルベルトの視点は、私の想像を絶する斜め上を爆走していたらしい。

「あのね、アルベルト。あの時どうしてあんなに冷たかったの? 少しは嫉妬してくれてもよかったじゃない」

「嫉妬? していたよ。毎晩、君が名前を出した男たちの暗殺計画を練るくらいにはね」

「……さらっと怖いこと言わないで」

「君がドレスを自慢した時は、『あまりの美しさに心臓が止まりそうで、声を出す余裕がなかった』んだ。庭師の話の時は、『今すぐそいつをバラの肥料にしたいという衝動を抑えるのに必死だった』。そして……」

アルベルトは私の腰に手を回し、少しだけ困ったように眉を下げた。

「君がお茶会に行くと言った時は、『追いかけて引きずり戻したいけれど、それをしたら君に嫌われる』と思って、寝室で枕を噛んで耐えていたんだよ」

「……何その可愛いけど可愛くない理由」

「僕は、君の自由を尊重したかったんだ。君を愛しすぎて、自分の本性を出せば君を怖がらせてしまう。だから、必死に『無関心な夫』のフリをしていた。……大失敗だったけれど」

「大失敗どころじゃないわよ! 破滅的よ! 私はあなたの沈黙を『ゴミを見るような冷ややかな無関心』だと思っていたわ」

「言葉が足りなかったのは認めるよ。だから、今はこうして、言葉の代わりに鎖と壁で君を囲んでいるだろう?」

「そこは言葉を尽くす努力をしてちょうだいよ!」

私は彼の胸を叩いたが、アルベルトはそれを心地よさそうに受け止めている。

愛が深すぎて沈黙した男と、愛が欲しくて不倫に走った女。

今なら笑い話……には到底ならないけれど、ようやく彼の「冷徹さ」の正体が、単なる「極度の照れ隠しと執着の隠蔽」だったことが判明した。

「……でもね、エルゼ。おかげで分かったよ。君を自由にさせておくと、すぐに他の男が君を汚そうとする。……もう二度と、君に『好きにしろ』とは言わない」

アルベルトの瞳が、ふっと暗い悦びに濡れる。

「これからは、僕の許可なしに呼吸することも許さないよ。……いいだろう?」

「……許可制の呼吸なんて、苦しくて死んじゃうわよ、この変態」

「死なせない。僕が人工呼吸で、ずっと君に空気を送り続けてあげるから」

「……もう、黙ってリンゴ剥いてて」

私は呆れ果てながら、差し出されたリンゴを口に放り込んだ。

かつてのすれ違いは解消されたけれど、代わりに「逃げ場のない愛」という名の、物理的な塞がりが私を待ち受けていた。
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