不倫した悪役令嬢ですが冷徹な旦那様が私を離してくれません

きららののん

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「……あら。お客様かしら? 執事にしては足音が騒がしいし、旦那様にしては殺気が隠しきれていないわね」

私は、最新のファッション誌を捲りながら、部屋の入り口を見ずに声をかけた。

カチリ、と合鍵で開けられた扉の向こうに立っていたのは、純白の聖女装束に身を包んだマリアだった。

「……不潔な女。不倫という大罪を犯しながら、こんな豪華な部屋で平然と暮らしているなんて。公爵様がお可哀想だわ」

マリアの顔は、嫉妬と憎悪で般若(はんにゃ)のように歪んでいる。聖女の面影など、ミクロ単位も残っていない。

「お言葉ですが、聖女様。私はここから一歩も出してもらえない囚人なのよ? あなたが羨むような自由なんてどこにもないわ。あるのは最高級の食事と、旦那様の重すぎる愛という名の脂肪フラグだけ」

「黙りなさい! あなたがその美貌で彼を惑わせているから、彼は正気を失っているのよ! あなたさえいなくなれば……彼は正気に戻り、私の方を見てくれるはずだわ!」

マリアが懐から、鋭く光る小刀を取り出した。

「あら。そんな物騒なものを持って。聖女様なら、もっとこう……光の魔法で浄化するとか、そういう華やかな技はないのかしら?」

「あなたのような悪女を殺すのに、神聖な魔法は必要ないわ。その汚らわしい心臓を、これで突き刺してあげる!」

マリアが叫びながら私に襲いかかってきた。

私はソファから身をひるがえし、クッションを彼女の顔面に投げつけた。

「ふふっ。クッションなら、最高級の羽毛を使っているから痛くないでしょう?」

「ふざけないでっ! 死ね、エルゼ・フォン・アシュベル!」

マリアの小刀が、私の頬を掠(かす)める。

わずかに血が滲み、鉄の匂いが鼻を突いた。

(……あら。これ、旦那様に見つかったら、マリア様は一族郎党どころか、存在そのものが歴史から抹消されるわね)

私が自分の心配よりも、目の前の狂った聖女の「来世」を心配していた、その時。

「……僕のエルゼに、何をしているのかな?」

部屋の温度が、一瞬で絶対零度まで下がった。

入り口に立っていたのは、血の気の引くような無表情を浮かべたアルベルトだった。

「公、公爵様! お聞きください! この女、私を誘惑して殺そうとしたのです! 私は正当防衛で……!」

マリアは小刀を床に投げ捨て、すぐさま「被害者」の顔を作ってアルベルトに縋(すが)り付こうとした。

しかし、アルベルトは彼女に触れられることすら嫌悪するように、一歩身を引いた。

「……エルゼ。頬を怪我しているね」

「ええ、少しだけ。マリア様の美容整形のセンスは、あまり良くないみたいだわ」

私は笑って見せたが、アルベルトの瞳から光が完全に消失した。

「……マリア。君は僕の大切な『コレクション』を傷つけた。それは、この国の国宝を破壊するよりも重い罪だということを、理解しているかい?」

「あ、愛しているのです、公爵様! あなたを救いたくて……!」

「愛? 吐き気がする。君の言葉は、僕の耳を汚す騒音だ」

アルベルトはマリアの腕を掴み、そのまま床に叩きつけた。

「騎士団を呼べ。この女を、地下の一番深い場所へ連れて行け。……ああ、それから。彼女が使った小刀を研ぎ直しておけ。彼女の指を一本ずつ、丁寧に削ぎ落とすためにね」

「ひっ……! 助けて! 助けてください!」

マリアが悲鳴を上げながら連れて行かれる。

静かになった部屋で、アルベルトは私に近づき、震える指先で私の頬の傷をなぞった。

「……すまない、エルゼ。僕の管理が甘かった。まさか、ネズミが入り込む隙間があったなんて」

「……ねえ、旦那様。今、指をどうこうって言っていたけれど、それは冗談よね?」

「冗談なわけがないだろう? 僕のエルゼに傷をつけたんだ。同じだけの痛みを、千倍にして返してあげるのが僕の『誠実さ』だよ」

アルベルトは私の頬に、狂おしいほどの熱を込めて口づけした。

「……怖いわ。あなた、本当に悪役令嬢の私より悪役だわ」

「君が悪女なら、僕はその悪女に仕える魔王だよ。……さあ、傷の手当てをしよう。僕の涙で傷を洗ってあげたいくらいだが、医学的には良くないからね」

「……そこは普通に消毒液を使ってちょうだい」

私は、マリアの末路に同情しつつも、自分を抱きしめるこの男の腕から、一生逃げられないことを改めて悟った。
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