断罪されてたからってなんなんですの?

きららののん

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「……それで、サイラス様。この庭に突き立てられた『グランヴェル帝国領・特別租界』という看板は何かしら?」


わたくしは、ティーカップを片手に、庭の惨状を指差しました。


昨日までアストレア公爵家の別荘だったはずの庭園には、いまや隣国の国旗が堂々と翻っております。


「言葉通りの意味だ。ここはもう我が国の領土であり、外交官特権が認められる場所……つまり、この国の役人一人の立ち入りも許さん。お前はここで、誰にも邪魔されずに休めばいい」


サイラス様は、当然のことのようにわたくしの隣に座り、勝手にわたくしのスコーンを口に運んでいます。


「……お行儀が悪いですわよ。それに、外交官特権だなんて。わたくし、ただの追放された身ですのに」


「ただの追放者ではない。お前は我が帝国が喉から手が出るほど欲していた『至宝』だ。もしあのバカ王子がここに踏み込もうものなら、即座に開戦の口実にしてやる」


「物騒な愛ですわね、本当に」


わたくしが呆れていると、屋敷の門の方から騒がしい声が聞こえてきました。


どうやら、噂をすれば影。


あのおめでたい元婚約者が、騎士たちを引き連れてやってきたようです。


「リディア! そこにいるのは分かっているぞ! 出てこい!」


門の外で叫んでいるのは、アルフォンス殿下でした。


わたくしは深いため息をつき、アンに目配せをしました。


「アン、門を開けて差し上げて。ただし、看板より先には一歩も入れないように伝えてちょうだい」


「かしこまりました。バケツ一杯の水も用意しておきましょうか?」


「あら、親切ですわね。お願いするわ」


わたくしとサイラス様がテラスから見下ろす中、殿下が鼻息荒く門を潜ってきました。


しかし、庭の真ん中に立てられた看板と、そこに並ぶ帝国の精鋭騎士たちを見て、彼はピタリと足を止めました。


「な、なんだこれは!? この国旗は……グランヴェル帝国のものじゃないか! なぜこんなところに!」


「殿下、ごきげんよう。昨夜ぶりですわね。せっかく『今すぐ出て行け』とおっしゃいましたのに、わざわざ会いに来てくださるなんて、物好きなことですわ」


わたくしがテラスから優雅に手を振ると、殿下は顔を真っ赤にして怒鳴りました。


「リディア! 貴様、不法占拠も甚だしいぞ! この別邸は公爵家の持ち物だが、追放された貴様に使う権利はない! 今すぐ鍵を返せ!」


「お言葉ですが殿下、この土地は今朝、わたくしの知人が『買い取った』と聞いておりますわよ? 契約書には、殿下ご自身の署名と王印があったはずですけれど」


「な……っ!? あの時、宰相が持ってきた『緊急予算確保のための土地売却書類』の中に、ここが含まれていたというのか!」


「左様でございます、愚か……失礼、アルフォンス殿下」


サイラス様が冷酷な笑みを浮かべ、立ち上がりました。


彼がテラスの端に立つだけで、その圧倒的な威圧感に、門外の騎士たちが一斉に退きました。


「……サイラス皇帝!? なぜ貴公がここに!」


「我が国の領土に私がいて、何の問題がある? それとも何か、ヴァルクール王国は、帝国に対して領土返還の戦でも挑むつもりか?」


「そ、それは……」


殿下は、サイラス様の鋭い視線に射抜かれ、目に見えて震え出しました。


「リディアは我が国の『特別顧問』として招待した。彼女に指一本でも触れてみろ。その瞬間に、貴様の国の経済も、物流も、ついでに王宮の屋根も、すべて消し飛ばしてやる」


「ひっ……!」


殿下は情けない声を上げ、後退りしました。


「覚えていろ! リディア! 貴様のような悪女、どこへ行っても不幸になるに決まっているからな!」


捨て台詞を残して、殿下は逃げるように去っていきました。


その背中を見送りながら、わたくしは最後の一口の紅茶を飲み干しました。


「……ねえ、サイラス様」


「なんだ」


「わたくし、不幸になる予定は今のところ微塵もございませんの。ですが、一つだけ困ったことがありますわ」


「言え。金か? 権力か? それとも、あの王子の首か?」


「いいえ。……このままだと、わたくしの『有給休暇』が、国際問題の処理で潰れてしまいそうですの」


わたくしが溜息をつくと、サイラス様は満足げに、わたくしの腰を引き寄せました。


「安心しろ。お前の仕事は、俺の隣で優雅に笑っていることだけだ。それ以外は、すべて俺が片付けてやる」


断罪されてたからって、まさか最強のボディーガードが付くことになるとは。


人生、何が起こるか分かりませんわね。
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