5 / 30
5
「……それで、サイラス様。この庭に突き立てられた『グランヴェル帝国領・特別租界』という看板は何かしら?」
わたくしは、ティーカップを片手に、庭の惨状を指差しました。
昨日までアストレア公爵家の別荘だったはずの庭園には、いまや隣国の国旗が堂々と翻っております。
「言葉通りの意味だ。ここはもう我が国の領土であり、外交官特権が認められる場所……つまり、この国の役人一人の立ち入りも許さん。お前はここで、誰にも邪魔されずに休めばいい」
サイラス様は、当然のことのようにわたくしの隣に座り、勝手にわたくしのスコーンを口に運んでいます。
「……お行儀が悪いですわよ。それに、外交官特権だなんて。わたくし、ただの追放された身ですのに」
「ただの追放者ではない。お前は我が帝国が喉から手が出るほど欲していた『至宝』だ。もしあのバカ王子がここに踏み込もうものなら、即座に開戦の口実にしてやる」
「物騒な愛ですわね、本当に」
わたくしが呆れていると、屋敷の門の方から騒がしい声が聞こえてきました。
どうやら、噂をすれば影。
あのおめでたい元婚約者が、騎士たちを引き連れてやってきたようです。
「リディア! そこにいるのは分かっているぞ! 出てこい!」
門の外で叫んでいるのは、アルフォンス殿下でした。
わたくしは深いため息をつき、アンに目配せをしました。
「アン、門を開けて差し上げて。ただし、看板より先には一歩も入れないように伝えてちょうだい」
「かしこまりました。バケツ一杯の水も用意しておきましょうか?」
「あら、親切ですわね。お願いするわ」
わたくしとサイラス様がテラスから見下ろす中、殿下が鼻息荒く門を潜ってきました。
しかし、庭の真ん中に立てられた看板と、そこに並ぶ帝国の精鋭騎士たちを見て、彼はピタリと足を止めました。
「な、なんだこれは!? この国旗は……グランヴェル帝国のものじゃないか! なぜこんなところに!」
「殿下、ごきげんよう。昨夜ぶりですわね。せっかく『今すぐ出て行け』とおっしゃいましたのに、わざわざ会いに来てくださるなんて、物好きなことですわ」
わたくしがテラスから優雅に手を振ると、殿下は顔を真っ赤にして怒鳴りました。
「リディア! 貴様、不法占拠も甚だしいぞ! この別邸は公爵家の持ち物だが、追放された貴様に使う権利はない! 今すぐ鍵を返せ!」
「お言葉ですが殿下、この土地は今朝、わたくしの知人が『買い取った』と聞いておりますわよ? 契約書には、殿下ご自身の署名と王印があったはずですけれど」
「な……っ!? あの時、宰相が持ってきた『緊急予算確保のための土地売却書類』の中に、ここが含まれていたというのか!」
「左様でございます、愚か……失礼、アルフォンス殿下」
サイラス様が冷酷な笑みを浮かべ、立ち上がりました。
彼がテラスの端に立つだけで、その圧倒的な威圧感に、門外の騎士たちが一斉に退きました。
「……サイラス皇帝!? なぜ貴公がここに!」
「我が国の領土に私がいて、何の問題がある? それとも何か、ヴァルクール王国は、帝国に対して領土返還の戦でも挑むつもりか?」
「そ、それは……」
殿下は、サイラス様の鋭い視線に射抜かれ、目に見えて震え出しました。
「リディアは我が国の『特別顧問』として招待した。彼女に指一本でも触れてみろ。その瞬間に、貴様の国の経済も、物流も、ついでに王宮の屋根も、すべて消し飛ばしてやる」
「ひっ……!」
殿下は情けない声を上げ、後退りしました。
「覚えていろ! リディア! 貴様のような悪女、どこへ行っても不幸になるに決まっているからな!」
捨て台詞を残して、殿下は逃げるように去っていきました。
その背中を見送りながら、わたくしは最後の一口の紅茶を飲み干しました。
「……ねえ、サイラス様」
「なんだ」
「わたくし、不幸になる予定は今のところ微塵もございませんの。ですが、一つだけ困ったことがありますわ」
「言え。金か? 権力か? それとも、あの王子の首か?」
「いいえ。……このままだと、わたくしの『有給休暇』が、国際問題の処理で潰れてしまいそうですの」
わたくしが溜息をつくと、サイラス様は満足げに、わたくしの腰を引き寄せました。
「安心しろ。お前の仕事は、俺の隣で優雅に笑っていることだけだ。それ以外は、すべて俺が片付けてやる」
断罪されてたからって、まさか最強のボディーガードが付くことになるとは。
人生、何が起こるか分かりませんわね。
わたくしは、ティーカップを片手に、庭の惨状を指差しました。
昨日までアストレア公爵家の別荘だったはずの庭園には、いまや隣国の国旗が堂々と翻っております。
「言葉通りの意味だ。ここはもう我が国の領土であり、外交官特権が認められる場所……つまり、この国の役人一人の立ち入りも許さん。お前はここで、誰にも邪魔されずに休めばいい」
サイラス様は、当然のことのようにわたくしの隣に座り、勝手にわたくしのスコーンを口に運んでいます。
「……お行儀が悪いですわよ。それに、外交官特権だなんて。わたくし、ただの追放された身ですのに」
「ただの追放者ではない。お前は我が帝国が喉から手が出るほど欲していた『至宝』だ。もしあのバカ王子がここに踏み込もうものなら、即座に開戦の口実にしてやる」
「物騒な愛ですわね、本当に」
わたくしが呆れていると、屋敷の門の方から騒がしい声が聞こえてきました。
どうやら、噂をすれば影。
あのおめでたい元婚約者が、騎士たちを引き連れてやってきたようです。
「リディア! そこにいるのは分かっているぞ! 出てこい!」
門の外で叫んでいるのは、アルフォンス殿下でした。
わたくしは深いため息をつき、アンに目配せをしました。
「アン、門を開けて差し上げて。ただし、看板より先には一歩も入れないように伝えてちょうだい」
「かしこまりました。バケツ一杯の水も用意しておきましょうか?」
「あら、親切ですわね。お願いするわ」
わたくしとサイラス様がテラスから見下ろす中、殿下が鼻息荒く門を潜ってきました。
しかし、庭の真ん中に立てられた看板と、そこに並ぶ帝国の精鋭騎士たちを見て、彼はピタリと足を止めました。
「な、なんだこれは!? この国旗は……グランヴェル帝国のものじゃないか! なぜこんなところに!」
「殿下、ごきげんよう。昨夜ぶりですわね。せっかく『今すぐ出て行け』とおっしゃいましたのに、わざわざ会いに来てくださるなんて、物好きなことですわ」
わたくしがテラスから優雅に手を振ると、殿下は顔を真っ赤にして怒鳴りました。
「リディア! 貴様、不法占拠も甚だしいぞ! この別邸は公爵家の持ち物だが、追放された貴様に使う権利はない! 今すぐ鍵を返せ!」
「お言葉ですが殿下、この土地は今朝、わたくしの知人が『買い取った』と聞いておりますわよ? 契約書には、殿下ご自身の署名と王印があったはずですけれど」
「な……っ!? あの時、宰相が持ってきた『緊急予算確保のための土地売却書類』の中に、ここが含まれていたというのか!」
「左様でございます、愚か……失礼、アルフォンス殿下」
サイラス様が冷酷な笑みを浮かべ、立ち上がりました。
彼がテラスの端に立つだけで、その圧倒的な威圧感に、門外の騎士たちが一斉に退きました。
「……サイラス皇帝!? なぜ貴公がここに!」
「我が国の領土に私がいて、何の問題がある? それとも何か、ヴァルクール王国は、帝国に対して領土返還の戦でも挑むつもりか?」
「そ、それは……」
殿下は、サイラス様の鋭い視線に射抜かれ、目に見えて震え出しました。
「リディアは我が国の『特別顧問』として招待した。彼女に指一本でも触れてみろ。その瞬間に、貴様の国の経済も、物流も、ついでに王宮の屋根も、すべて消し飛ばしてやる」
「ひっ……!」
殿下は情けない声を上げ、後退りしました。
「覚えていろ! リディア! 貴様のような悪女、どこへ行っても不幸になるに決まっているからな!」
捨て台詞を残して、殿下は逃げるように去っていきました。
その背中を見送りながら、わたくしは最後の一口の紅茶を飲み干しました。
「……ねえ、サイラス様」
「なんだ」
「わたくし、不幸になる予定は今のところ微塵もございませんの。ですが、一つだけ困ったことがありますわ」
「言え。金か? 権力か? それとも、あの王子の首か?」
「いいえ。……このままだと、わたくしの『有給休暇』が、国際問題の処理で潰れてしまいそうですの」
わたくしが溜息をつくと、サイラス様は満足げに、わたくしの腰を引き寄せました。
「安心しろ。お前の仕事は、俺の隣で優雅に笑っていることだけだ。それ以外は、すべて俺が片付けてやる」
断罪されてたからって、まさか最強のボディーガードが付くことになるとは。
人生、何が起こるか分かりませんわね。
あなたにおすすめの小説
お姉さまは最愛の人と結ばれない。
りつ
恋愛
――なぜならわたしが奪うから。
正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――
年下の婚約者から年上の婚約者に変わりました
チカフジ ユキ
恋愛
ヴィクトリアには年下の婚約者がいる。すでにお互い成人しているのにも関わらず、結婚する気配もなくずるずると曖昧な関係が引き延ばされていた。
そんなある日、婚約者と出かける約束をしていたヴィクトリアは、待ち合わせの場所に向かう。しかし、相手は来ておらず、当日に約束を反故されてしまった。
そんなヴィクトリアを見ていたのは、ひとりの男性。
彼もまた、婚約者に約束を当日に反故されていたのだ。
ヴィクトリアはなんとなく親近感がわき、彼とともにカフェでお茶をすることになった。
それがまさかの事態になるとは思いもよらずに。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。
そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。
たった一つボタンを掛け違えてしまったために、
最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。
主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?
【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね
との
恋愛
離婚したいのですか? 喜んでお受けします。
でも、本当に大丈夫なんでしょうか?
伯爵様・・自滅の道を行ってません?
まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。
収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。
(父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる)
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・