8 / 30
8
「……もう限界だ。わが騎士団は、本日をもって解散する!」
王宮の訓練場に、騎士団長ガルドの悲痛な叫びが響き渡りました。
目の前には、空腹で頬がこけ、錆びついた剣を杖代わりにしている屈強な男たちが並んでいます。
「団長! あちらを見てください! 隣国領となったアストレア別邸の煙突から、信じられないほど香ばしい肉の焼ける匂いが……!」
「ああ、分かっている。風下(かざしも)にいる我らにとって、これはもはや精神的な拷問だ」
騎士たちは、恨めしそうに王宮の貧相な厨房を見やりました。
昨晩の食事は、薄い塩味のスープに浮いた、一切れの乾燥したパンのみ。
一方、塀の向こう側からは、連日のように「高級ワインの栓を抜く音」や「楽しげな笑い声」が聞こえてくるのです。
「諸君、聞け! 我々の忠誠心は、この国と王家にある! ……だが、胃袋の忠誠心は、すでにリディア様に奪われた!」
「「「おおお……っ!!」」」
「これより我々は、アストレア別邸へ向かう! これは侵略ではない、再就職活動だ!」
騎士団総勢五十名。彼らは統制の取れた動きで、一斉に王宮の門を飛び出しました。
「待て! 貴様ら、どこへ行くつもりだ!」
そこに立ちはだかったのは、寝癖だらけの頭を抱えたアルフォンス殿下でした。
「殿下、お退きください。我々は今から、ホワイトな職場環境を求めて旅立ちます」
「馬鹿なことを言うな! 騎士が主君を捨てて、あんな悪女のもとへ行くというのか!」
「殿下……。リディア様は、我々の給与を私財で三倍にしてくださり、防具の修繕費もすべて肩代わりしてくださっていました。あの方が悪女なら、この世に聖女など存在しません」
ガルド団長は、殿下を哀れみの目で見つめると、彼を軽々と避けて行進を再開しました。
さて、一方のわたくし。
別邸のテラスで、サイラス様に「あーん」をされそうになり、必死に回避していたところでした。
「リディア、なぜ避ける。この肉は、俺が自ら火加減を調整した最高傑作だぞ」
「……陛下、ご自身の手でお食べくださいませ。わたくし、五体満足ですので自力で摂取可能ですわ」
「お前の口が動くのを見ているのが、俺の至福なのだ。ほら、開けろ」
「嫌ですわ。……あら、何か来ましたわね」
わたくしが視線を向けると、庭の入り口に、武装を解いた騎士たちが整列していました。
彼らは一斉に膝をつき、地響きのような声で叫びました。
「リディア様! 我ら王宮騎士団、本日をもって殿下との契約を破棄いたしました! どうか、こちらで雇っていただけないでしょうか!」
わたくしは、手に持っていたフォークをそっと置きました。
「……アン、聞こえましたかしら? 騎士団が丸ごと転職を希望しているようですわ」
「左様でございますね。ちょうど、庭の警備を強化したいと思っていたところでした。お給料は、以前の五倍でよろしいでしょうか?」
「ええ、それくらい出さないと、あのボロボロの装備が直せませんものね」
わたくしが頷くと、騎士たちは「聖女様万歳!」と涙を流して喜びました。
しかし、隣に座るサイラス様の不機嫌さは最高潮に達しています。
「リディア。こいつら、全員処刑していいか? 俺とお前の静かな時間を邪魔した罪は重い」
「陛下、物騒な冗談はやめてくださいまし。彼らは有能な労働力ですわよ。……あ、ガルド団長。そこの看板より先は帝国領ですので、入る前にしっかり泥を落としてくださいな」
「はっ! 喜んで洗車ならぬ洗身してまいります!」
こうして、王宮からはついに「武力」すら消失したのでした。
断罪されてたからって、まさか国軍をそのまま引き抜くことになるとは思いませんでしたわ。
「さて、サイラス様。お肉、冷めてしまいましたわね。焼き直しをお願いしてもよろしい?」
「……ふん。お前の願いなら、何度でも焼いてやる」
わたくしの隠居生活は、さらに賑やかになりそうですわ。
王宮の訓練場に、騎士団長ガルドの悲痛な叫びが響き渡りました。
目の前には、空腹で頬がこけ、錆びついた剣を杖代わりにしている屈強な男たちが並んでいます。
「団長! あちらを見てください! 隣国領となったアストレア別邸の煙突から、信じられないほど香ばしい肉の焼ける匂いが……!」
「ああ、分かっている。風下(かざしも)にいる我らにとって、これはもはや精神的な拷問だ」
騎士たちは、恨めしそうに王宮の貧相な厨房を見やりました。
昨晩の食事は、薄い塩味のスープに浮いた、一切れの乾燥したパンのみ。
一方、塀の向こう側からは、連日のように「高級ワインの栓を抜く音」や「楽しげな笑い声」が聞こえてくるのです。
「諸君、聞け! 我々の忠誠心は、この国と王家にある! ……だが、胃袋の忠誠心は、すでにリディア様に奪われた!」
「「「おおお……っ!!」」」
「これより我々は、アストレア別邸へ向かう! これは侵略ではない、再就職活動だ!」
騎士団総勢五十名。彼らは統制の取れた動きで、一斉に王宮の門を飛び出しました。
「待て! 貴様ら、どこへ行くつもりだ!」
そこに立ちはだかったのは、寝癖だらけの頭を抱えたアルフォンス殿下でした。
「殿下、お退きください。我々は今から、ホワイトな職場環境を求めて旅立ちます」
「馬鹿なことを言うな! 騎士が主君を捨てて、あんな悪女のもとへ行くというのか!」
「殿下……。リディア様は、我々の給与を私財で三倍にしてくださり、防具の修繕費もすべて肩代わりしてくださっていました。あの方が悪女なら、この世に聖女など存在しません」
ガルド団長は、殿下を哀れみの目で見つめると、彼を軽々と避けて行進を再開しました。
さて、一方のわたくし。
別邸のテラスで、サイラス様に「あーん」をされそうになり、必死に回避していたところでした。
「リディア、なぜ避ける。この肉は、俺が自ら火加減を調整した最高傑作だぞ」
「……陛下、ご自身の手でお食べくださいませ。わたくし、五体満足ですので自力で摂取可能ですわ」
「お前の口が動くのを見ているのが、俺の至福なのだ。ほら、開けろ」
「嫌ですわ。……あら、何か来ましたわね」
わたくしが視線を向けると、庭の入り口に、武装を解いた騎士たちが整列していました。
彼らは一斉に膝をつき、地響きのような声で叫びました。
「リディア様! 我ら王宮騎士団、本日をもって殿下との契約を破棄いたしました! どうか、こちらで雇っていただけないでしょうか!」
わたくしは、手に持っていたフォークをそっと置きました。
「……アン、聞こえましたかしら? 騎士団が丸ごと転職を希望しているようですわ」
「左様でございますね。ちょうど、庭の警備を強化したいと思っていたところでした。お給料は、以前の五倍でよろしいでしょうか?」
「ええ、それくらい出さないと、あのボロボロの装備が直せませんものね」
わたくしが頷くと、騎士たちは「聖女様万歳!」と涙を流して喜びました。
しかし、隣に座るサイラス様の不機嫌さは最高潮に達しています。
「リディア。こいつら、全員処刑していいか? 俺とお前の静かな時間を邪魔した罪は重い」
「陛下、物騒な冗談はやめてくださいまし。彼らは有能な労働力ですわよ。……あ、ガルド団長。そこの看板より先は帝国領ですので、入る前にしっかり泥を落としてくださいな」
「はっ! 喜んで洗車ならぬ洗身してまいります!」
こうして、王宮からはついに「武力」すら消失したのでした。
断罪されてたからって、まさか国軍をそのまま引き抜くことになるとは思いませんでしたわ。
「さて、サイラス様。お肉、冷めてしまいましたわね。焼き直しをお願いしてもよろしい?」
「……ふん。お前の願いなら、何度でも焼いてやる」
わたくしの隠居生活は、さらに賑やかになりそうですわ。
あなたにおすすめの小説
お姉さまは最愛の人と結ばれない。
りつ
恋愛
――なぜならわたしが奪うから。
正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――
年下の婚約者から年上の婚約者に変わりました
チカフジ ユキ
恋愛
ヴィクトリアには年下の婚約者がいる。すでにお互い成人しているのにも関わらず、結婚する気配もなくずるずると曖昧な関係が引き延ばされていた。
そんなある日、婚約者と出かける約束をしていたヴィクトリアは、待ち合わせの場所に向かう。しかし、相手は来ておらず、当日に約束を反故されてしまった。
そんなヴィクトリアを見ていたのは、ひとりの男性。
彼もまた、婚約者に約束を当日に反故されていたのだ。
ヴィクトリアはなんとなく親近感がわき、彼とともにカフェでお茶をすることになった。
それがまさかの事態になるとは思いもよらずに。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。
そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。
たった一つボタンを掛け違えてしまったために、
最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。
主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?
【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね
との
恋愛
離婚したいのですか? 喜んでお受けします。
でも、本当に大丈夫なんでしょうか?
伯爵様・・自滅の道を行ってません?
まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。
収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。
(父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる)
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・