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「リディア! リディア・フォン・アストレア! そこにいるのは分かっているぞ、出てこい!」
別邸の門前で、聞き覚えのある、けれど以前より随分と力のない叫び声が響きました。
わたくしがテラスから覗き込むと、そこにはボロ布のような服を纏い、髪に枯れ草をつけたアルフォンス殿下が立っていました。
かつての王子の面影はどこへやら、今の彼は、空腹で理性を失った迷い犬のようです。
「……まあ。アン、あの方はどこのどなたかしら? わたくしの知っている王子殿下は、もっとこう……無駄にキラキラして、鼻持ちならない自信に満ちていたはずですけれど」
「おそらく、その『劣化版』かと思われます、リディア様。門を叩く力も残っていないようですので、放置しておいてもよろしいかと」
「リディア! 聞こえているんだろう! 戻ってこい! 貴様がいないせいで、城のトイレが詰まって直らないんだぞ!」
わたくしは、思わず持っていた扇子を落としそうになりました。
「……アン。今の、聞こえました? 王太子が元婚約者に求婚……ではなく、配管修理の依頼をしに来たのですか?」
「左様でございますね。よほど切実な事情があるのでしょう」
わたくしは仕方なく、テラスの縁まで歩み寄りました。
「殿下、ごきげんよう。あいにくですが、わたくしは水道業者ではございませんの。詰まったのはトイレではなく、殿下の頭の回転ではありませんこと?」
「リディア! 貴様、よくもそんな口を……っ! いいから戻れ! マリアンヌも『リディア様がいないと自分でお風呂も沸かせない』と泣いているんだ! 婚約破棄は取り消してやる! 感謝して戻ってこい!」
わたくしは、呆れを通り越して感動すら覚えました。
この期に及んで「取り消してやる」という上から目線の物言い。
この方の厚顔無恥さは、もはや国宝級ですわね。
「お断りいたしますわ。わたくし、今の生活がこの上なく気に入っておりますの。美味しいフォアグラを食べて、サイラス様に甘やかされて、詰まったトイレを気にする必要もない……これ以上の幸せがどこにありまして?」
「なっ……サイラスだと!? あの冷酷な皇帝に、貴様のような女が相手にされるはずが……」
「……誰が、なんだって?」
殿下の言葉を遮るように、低く、冷え切った声が響きました。
わたくしの背後から、サイラス様がゆらりと現れました。
彼はわたくしの腰を力強く引き寄せると、門の外にいる殿下を、ゴミを見るような目で見下ろしました。
「アルフォンス。お前、まだ生きていたのか。我が領土の門前で騒ぐとは、死に場所を探しに来たのか?」
「サ、サイラス皇帝……! なぜリディアとそんなに親しげに……!」
「親しげ? 違うな。俺は彼女を、我が帝国の『心臓』として迎えた。お前がドブに捨てた宝を、俺が拾い上げて磨き直しただけのことだ」
サイラス様は、見せつけるようにわたくしの頬に指を滑らせました。
「リディア。こいつ、今すぐ首を撥ねて庭の肥やしにするか? お前を不快にさせた罪は万死に値するが」
「サイラス様、物騒ですわ。……でも、そうですわね。殿下、一つだけ教えて差し上げますわ」
わたくしは、最高の微笑みを浮かべて告げました。
「『真実の愛』は、魔法でトイレを直してはくれませんわよ。どうぞ、マリアンヌ様と仲良くバケツで水を運んでくださいまし。……アン、門を閉めてちょうだい。野良犬が迷い込まないように」
「かしこまりました」
重厚な門が、殿下の絶叫を遮るようにして閉ざされました。
断罪されてたからって、今さら戻るわけがありませんわ。
だってわたくし、ゴミ箱から拾い上げられる趣味はございませんもの。
別邸の門前で、聞き覚えのある、けれど以前より随分と力のない叫び声が響きました。
わたくしがテラスから覗き込むと、そこにはボロ布のような服を纏い、髪に枯れ草をつけたアルフォンス殿下が立っていました。
かつての王子の面影はどこへやら、今の彼は、空腹で理性を失った迷い犬のようです。
「……まあ。アン、あの方はどこのどなたかしら? わたくしの知っている王子殿下は、もっとこう……無駄にキラキラして、鼻持ちならない自信に満ちていたはずですけれど」
「おそらく、その『劣化版』かと思われます、リディア様。門を叩く力も残っていないようですので、放置しておいてもよろしいかと」
「リディア! 聞こえているんだろう! 戻ってこい! 貴様がいないせいで、城のトイレが詰まって直らないんだぞ!」
わたくしは、思わず持っていた扇子を落としそうになりました。
「……アン。今の、聞こえました? 王太子が元婚約者に求婚……ではなく、配管修理の依頼をしに来たのですか?」
「左様でございますね。よほど切実な事情があるのでしょう」
わたくしは仕方なく、テラスの縁まで歩み寄りました。
「殿下、ごきげんよう。あいにくですが、わたくしは水道業者ではございませんの。詰まったのはトイレではなく、殿下の頭の回転ではありませんこと?」
「リディア! 貴様、よくもそんな口を……っ! いいから戻れ! マリアンヌも『リディア様がいないと自分でお風呂も沸かせない』と泣いているんだ! 婚約破棄は取り消してやる! 感謝して戻ってこい!」
わたくしは、呆れを通り越して感動すら覚えました。
この期に及んで「取り消してやる」という上から目線の物言い。
この方の厚顔無恥さは、もはや国宝級ですわね。
「お断りいたしますわ。わたくし、今の生活がこの上なく気に入っておりますの。美味しいフォアグラを食べて、サイラス様に甘やかされて、詰まったトイレを気にする必要もない……これ以上の幸せがどこにありまして?」
「なっ……サイラスだと!? あの冷酷な皇帝に、貴様のような女が相手にされるはずが……」
「……誰が、なんだって?」
殿下の言葉を遮るように、低く、冷え切った声が響きました。
わたくしの背後から、サイラス様がゆらりと現れました。
彼はわたくしの腰を力強く引き寄せると、門の外にいる殿下を、ゴミを見るような目で見下ろしました。
「アルフォンス。お前、まだ生きていたのか。我が領土の門前で騒ぐとは、死に場所を探しに来たのか?」
「サ、サイラス皇帝……! なぜリディアとそんなに親しげに……!」
「親しげ? 違うな。俺は彼女を、我が帝国の『心臓』として迎えた。お前がドブに捨てた宝を、俺が拾い上げて磨き直しただけのことだ」
サイラス様は、見せつけるようにわたくしの頬に指を滑らせました。
「リディア。こいつ、今すぐ首を撥ねて庭の肥やしにするか? お前を不快にさせた罪は万死に値するが」
「サイラス様、物騒ですわ。……でも、そうですわね。殿下、一つだけ教えて差し上げますわ」
わたくしは、最高の微笑みを浮かべて告げました。
「『真実の愛』は、魔法でトイレを直してはくれませんわよ。どうぞ、マリアンヌ様と仲良くバケツで水を運んでくださいまし。……アン、門を閉めてちょうだい。野良犬が迷い込まないように」
「かしこまりました」
重厚な門が、殿下の絶叫を遮るようにして閉ざされました。
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だってわたくし、ゴミ箱から拾い上げられる趣味はございませんもの。
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